戦友
鬱蒼と樹木が茂る広大な森、その中でも比較的木々の少ない場所を三人の男が歩いてゆく。
長崎旗男、高嶺悠人、そして飯島克己。
悠人は思っていた。
俺は絶対にファンタズマゴリアへ戻る。
そして光陰と今日子と、佳織と一緒に元の世界に帰るんだ。
そう、俺がこの世界でやるべきことは、もう結論が出ている。
なら、くよくよするのはもうやめだ。
幸いというか、今は目的を同じくできそうな同行者も二人いる。
お互いに軽く自己紹介をしてから全然会話が無いが、今後の為にもコミュニケーションをとっておくべきだろう。
…よし。
「しっかしこの森、どこまで行っても代わり映えしない景色だねぇ」
「………」
「………」
返事はない。
数秒、ただ三人の足音だけが聞こえる。
「…あ〜…」
いきなりくじけそうだ。
会話のキャッチボールを期待していた悠人は、何とか場を繋ごうと口を開きかけるが、
「…そうでもないようだぞ、高嶺」
それをさえぎるように先頭を行く飯島が口を開き、足を止めた。
「え?」
「見てみろ」
飯島が指差す先、前方の少し開けた場所に小屋があるのが見えた。
「完全に廃屋だな」
誰か人がいるのではないかと期待して小屋へとやってきた一行だったが、その期待はあっさりと裏切られた。
小さなその丸太小屋は、正面から見れば割と頑丈そうにできているものの、側面が酷かった。
壁の一部が欠損し、破片がそこら中に散らばっている。
中には生活の気配が見当たらない。
人がいなくなってから随分たっているようだった。
飯島は思う。
(だが、これなら少々手を入れれば風雨はしのげるな。それに…)
小屋の裏手に視線を移す。近くまで来て初めて分かったが、裏手に川が流れているのだ。
(水の心配も無し。拠点としてはアリだな)
そんなことを考えていると、悠人がじっと小屋の欠損部分をにらんでいるのが目に映った。
「…?」
眉をひそめて訝しげな顔をしてやると、悠人の方が気づいて話しかけてくる。
「飯島さん、この傷跡どう思う?」
「なに?」
言われて、壁の傷跡を見る。飯島は悠人の言いたいことにすぐに気づいた。
「傷跡がまだ新しい…か」
外壁は風雨に晒されて変色しているというのに、傷跡にはその痕跡が全く見られないのだ。
しかも、乱雑にえぐられたその傷跡は、人によるものではないということが容易に見て取れた。
「大型の獣、熊か何かがいるんだと思う」
「だとしたら相当な巨体だな。戦場なだけかと思えばこんなのまでいるとは…できれば出会いたくないものだ」
この世の全てが気に入らないかのような不機嫌な顔で飯島がぼやく。
「…熊ではないかもしれん…」
今まで黙っていた旗男が口を開く。
見ると、少し離れた地面から何かを拾い上げたところだった。
「…羽だ…」
言って、二人に差し出してくる。
「なんだこの羽は」
唖然としたような飯島の言葉。
それもそのはず、今まで見たこともないような巨大な羽なのだ。
その付け根は人を傷付ける凶器にすらなるだろう。
「まあ何にせよ、やっかいなものがいるのは間違いなさそうだな。この場所は覚えておくとして、遭遇する前にとっとと先へ進むと…」
セリフの途中でいきなり日が陰った。
全員反射的に空を振り仰ぐ。
何かがものすごい勢いで急降下してくるのが見えた。と同時に、
「散れっ!!」
飯島の号令と共にめいめいの方向へ跳びすさる。
そして盛大に大地を揺るがし、その巨大な何かは一瞬前まで三人のいた場所に降り立った。
キュイイイイイイイイィィィン!!!
高く高く咆哮する。
そこでようやく三人はその何かの全貌を確認できた。
猛禽の頭と翼、肉食獣の胴体を持ったその異形の魔獣は、ばさりと一度翼をはためかせると、一瞬後には地を蹴って超低空飛行で獲物の一人に向かって突進を開始した。
「って、俺かよ!」
叫んで身構える悠人。
一瞬回避しようかと考えるが、それをするには相手があまりにも速すぎる。
(オーラフォトン展開、間に合うかっ!?)
『求め』を構えて強く念じる。
激突の寸前、ぎりぎりでオーラフォトンの障壁が完成した。
そして激突。ガシイイイィィンと硬いものを打ち付けたような音がする。
「ぐうっ!!」
しかしそれまでの勢いと質量がものを言った。
数メートルも吹き飛ばされ、背中から地面に叩き付けられて大きくバウンドする。
だが、予想外の反発を受けた魔獣の方も、悲鳴を上げてその場でたたらを踏んだ。
と、僅かな風切り音と共に空中に微かなきらめきが走る。
次の瞬間、魔獣の翼から羽が数枚弾け飛んだ。
(ちっ、浅い!)
あまりの手応えの無さに舌打ちする飯島。
(羽毛がクッションになってやがるな。こいつじゃ翼を狙っても無駄か!?)
巧みな指の動きで極細のワイヤーを拳の中に戻す。
続けて横合いから旗男が突進し銃剣を突き出すが、その前に魔獣は一声鳴くと空高く飛び去ってしまった。
「高嶺がやられたか」
「…ああ」
飯島は淡々と、旗男は無念そうに会話を交わす。
あれだけの巨体で、しかもスピードの乗った突進を受けたのだ。生きているとは思えない。だが、
「いや、死んでないんだけど…いてて」
二人の予想を完全に裏切ってむくりと起き上がる悠人。
それを見て、二人ともぎょっとした顔を見せた。
だが旗男はすぐに安堵したように悠人に声をかける。
「…身体は何ともないのか、高嶺」
「ん、まあ結構衝撃で息が詰まって頭がくらくらして節々痛いけど、おおむね無事だよ」
大丈夫だと証明するかのように、多少おどけて答える。
「そうか…なによりだ…もう私は戦友(とも)が死ぬところなど見たくはない…」
「戦友?」
「ああ…共に戦場で命を懸けて戦っているのだ…ならば、お前は俺の戦友だ…」
大真面目にそんなことを言われて、どう返答したらいいかと視線を泳がせた悠人だったが、
「あ、ありがとう」
結局照れてそんなことしか言えなかった。
「まぁそれはともかく。貴様、一体どんな手品を使った? なぜそんなにピンピンしていられる?」
その戦友とやらには俺も入っているのかと内心げんなりしながら飯島が問う。
「ああ、それは――」
悠人は飯島と旗男に永遠神剣の力を説明する。
身体能力の増加、オーラフォトンを利用した攻撃・防御・サポート、強力な自己治癒能力など――
「…なるほどな。その剣といいさっきの獣といい、まるっきりファンタジーの世界というわけだ」
やれやれと大仰な身振りで嘆息する。
「佳織…妹が読んでいた本に同じ様なのが出ていたよ。確か、グリフォンとか言ってたかな」
「フン、グリフォン…か。巨大熊の方がまだ可愛げがあったな」
相変わらず不機嫌そうな顔で鼻を鳴らし、上空を見上げる。
「しかもしつこいと来ている」
「…ああ…また、来るぞ…」
上空を旋回していたグリフォンが翼をたたんで降下姿勢に入ったところだった。
「行くぞ、こっちだ!」
飯島が走り出し、二人が続く。
比較的木が密集して生えている場所に逃げ込むと、グリフォンは悔しそうに一声鳴き、また上空を旋回しだした。
どうやら、自由に飛びまわれる場所でないと襲う気はないらしい。意外と知能は高いのか。
「…見逃してくれる気はあるかな?」
旋回するグリフォンを見上げてつぶやく悠人。
それを聞いた飯島はフンッと鼻を鳴らした。
「貴様はそう考えて動くべきだと思うのか? 夜になっても諦めなかったらどうする? 奴は俺達が疲れて寝入ったところをゆっくりいただこうと考えているかもしれん。その時になって後悔しても遅いというのは分かるな? ならば、ここで完全に潰しておくべきだ。」
ぐ、と言葉に詰まる。半分馬鹿にされているのは分かるが、正論だけに言い返せない。
「…だけど、どうする? 空に逃げられたらどうしようもないし、地上でもあのスピードだ」
そのスピードが殺される場所では戦わない。正しい選択だが、今はやっかいなだけだ。
ぽん、と飯島が悠人の肩を叩く。
「それについては俺に考えがある。そこでだ、悠人君」
……いやな予感がした。
「うおおおおおおおおおおおっ!!!」
ガシイィィィィィン!
激突音と共に悠人の身体が宙に舞う。
吹き飛ばされながらも何とか『求め』を大地に突き立て、飛ばされた勢いを遠心力へと変えて『求め』を支点にグリフォンに向かってUターンする。
「いくぞバカ剣!」
『求め』を引き抜いた勢いそのままに上段から振り下ろすが、グリフォンは一瞬早く大地を蹴って跳躍、前脚をかするだけに終わった。
「くそっ!」
また上空に退避し、急降下の隙をうかがうグリフォンに悪態をつく。
(まだか……早くしてくれよ飯島さん!)
悠人が一人でグリフォンと戦っている訳。
それは先ほど飯島から受けた指示にあった。
「三分でいい、奴を引き付けろ。罠を張る」
簡潔にそれだけ言うと、しっしっと空き地へ向けて追い払うようなしぐさをする。
「何で俺が!」と反論すると、「奴の攻撃を食らって平気でいられるのが貴様だけだからだ」と返ってきた。反論終了。
あげく、旗男にまで「…頼む」と頭を下げられてはやるしかなかった。
たとえ断っても、「では貴様にはこの状況を打開する有効な策があるんだな?」とか言われて、言い負かされるに決まっている。
結局、簡単な説明だけ受けてすごすごと囮になりに出てきたのだった。
(防御が間に合っているから無事なだけで、食らっても大丈夫なわけじゃないんだけどな)
上空を警戒しつつ、内心でため息をつく。
展開さえ完了してしまえば、オーラフォトンの防御は絶大な効果を生む。
だが間に合わなければ、強化されているとはいえ生身の身体で直接攻撃を食らうことになるのだ。
(内臓の二つや三つは軽く破裂しそうだよなぁ)
きっと骨もすごいことになるんだろうな、などと考えていると、近くの地面にどすっと音を立てて石が投げ込まれた。
合図だ。
「ようやくか!」
思わず声を上げ、打ち合わせた場所に向けて走り出す。
グリフォンが雄叫びを上げて背後に迫るのが分かった。
オーラフォトンを展開し、振り向く。
(来い!)
今日何度目かの激突。また盛大に弾き飛ばされるが、今度はその勢いを利用して地面を転がり、起き上がって一目散に逃げだした。
グリフォンは上空に退避しかけていたが、悠人が逃げていくのに気づいて雄叫びを上げた。
今までしつこく向かってきていた獲物が逃げていく。自分の勝ちだ!
そのまま向きを変え、今度こそしとめてやろうと低空飛行で後を追う。
と、獲物がまた足を止めて武器を構えた。何度も何度もしつこいにも程がある。まあいい、倒れるまで跳ね飛ばしてやればいい。
無様に地面に這い蹲らせ、動けなくなったところで喰らって―――
――ぞぶっ
―――!!!!??
グリフォンの両目が見開かれた。
何だ、何が起こった? なぜ先へ進めない? すぐ目の前に獲物がいるというのに、なぜ!!
それに、首がうまく動かせない。息ができない。なぜ、なぜ!なぜ!!なぜ!!!
何が起きたのか確かめようと、霞み始めた目で必死に辺りを見回す。
と、視界に一条のきらめきが見えた。
右にそびえる木から自分の首へ、反対側を抜けて左の木へ。
これだ、これに……自分から突っ込んでしまったのか…?
バカな! こんなものはすぐにはずして、獲物を喰らって――!
後ろに下がろうとしたところで、どんっ、と何かが背中に飛び乗ってきた。
――ズシュッ
――ドシュッ
首の根元から何かが身体に埋まっていく感触、胸元に獲物の武器が突き込まれる感触。
ありえない! 自分は狩るものでこいつらは狩られるもののはずだ! こんな――
首元に刺さっていた何かが抜け、先ほどに倍する力で背に打ち込まれる。
魔獣グリフォンの意識が認識できたのは、そこまでだった。
「ふう」
ようやく終わったと息をつく悠人に、グリフォンの背から降りた旗男が声をかける。
「…すまなかった…高嶺」
「え、何が?」
謝られるようなことをされた覚えは無い。
「…お前にばかり負担をかけてしまった。囮は…私がやるべきだったかもしれん」
目を伏せ、神妙に言う旗男。
「…何言ってるんだよ、長崎さん」
戦場で鍛えあげられているとはいえ、旗男は悠人のように超常的な力を持たない。
グリフォンの一撃を受けてはひとたまりも無かったはずだ。
この戦闘における各人の役割は、悠人自身は適材適所だったと思っている(そりゃあ、最初は文句を言ったかもしれないが)。
「…私は死に場所を探している……それが戦場なら……本望だ」
「……」
「…戦場で散って…戦友のところに――」
「ちょっとまった、長崎さん」
何を言っているんだこの人は。悠人は旗男の言葉をさえぎって声を上げる。
「あんた、さっき俺を戦友だと言ったよな。もう戦友が死ぬのは見たくないとも」
「……ああ」
「でもあんたが戦友の目の前で死ぬのはいいのかよ。ちょっと自分勝手すぎやしないか」
「……」
旗男は黙り込んだ。悠人はさらに言葉を続ける。
「それにな、俺だって仲間が死ぬのなんて見たくないんだよ。だから、俺の見てる前で死なれてもらっちゃ困るんだ」
「私に…生きろというのか…」
「ああ、そうだよ」
「しかし…私は…」
悠人の頭に血が上る。なんでそんなに命を捨てたがるんだ。
自分と共に戦っていたスピリット達の姿が浮かぶ。
彼女達の中にも、自分の命を命とも思わない、戦って死ぬのが当然だと考えている者達がいた。
「しかしもかかしも無い! 大体戦場で死んだっていうあんたの戦友達、そいつらがあんたの死を願ってるとでも思ってんのか!」
「………」
「もし戦場で死んだのがあんただったら、あんたは生き残った戦友の死を願うのかよ!」
「………」
「…そいつらは、あんたに生きて欲しいと願ってるんじゃないのか」
自分なら、そう思う。彼女達が、光陰が、今日子が、そして佳織が生きて幸せになって欲しいと。
死んだことはもちろん無いが、確信がある。そう思うはずだ。
「…………………………そう…なのだろうか……?」
長い沈黙の後、旗男がぽつりと呟いた。
その表情は相変わらずの無表情だが、悠人には旗男の中で何かが変わり始めているように思えた。
「ああ、きっとそうだ」
だから笑顔を見せ、大きく頷く。
そして振り返ってもう一人の同行者にも同意を求める。
「なあ、飯島さんもそう思うだろ?」
「くだらん」
笑顔のまま凍り付く。
(こ、ここでそういうこと言うか…この人は)
せっかくのいいシーンが台無しだ。
そんな悠人の様子を歯牙にもかけず、飯島はせっせとワイヤーの回収作業を行い続ける。
「それより貴様等も手を貸せ。ええい、思いっきり突っ込みやがって! 奥まで食い込みすぎだ!」
回収が思うようにはかどらないのか、いらついた声を上げる。
(……なんで俺の周りはこう、どっかに問題抱えた奴が多いんだ……)
心で泣く悠人のそばを、旗男が歩き過ぎる。
「高嶺」
飯島と反対方向に回って回収作業を手伝い始めながら、旗男は言う。
「…もう少しだけ、生きてみようと思う……先ほどの言葉を…よく考えたい」
「……ああ」
安堵の息を吐き、自分も手伝おうと歩き始める悠人。
それが聞こえてきたのは、そんな矢先だった。
――女性の、悲鳴――
【高嶺悠人@永遠のアセリア(ザウス) 狩 状態○ 所持品:永遠神剣第四位『求め』】
【長崎旗男@大悪司(アリスソフト) 狩 状態○ 所持品:銃剣】
【飯島克己@モエかん(ケロQ) 狩 状態○ 所持品:なし(数分でワイヤー回収可能)】
【魔獣グリフォン@魔獣枠 状態死亡 所持品:なし】
【全体放送前】
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