一瞬の邂逅:始まりの鐘
「ほう・・・それでは君は郁美君の体に間借り人ということだね」
「ああ、郁美の身体にあまり負担はかけたくないから緊急時以外は引っ込んでいたいのだがな」
ナナス、忠介、郁美・・・というより良門の3人は直人の襲撃の後、当初の予定通り忠介が見たという建物に向かっていた。
道中良門はナナスと忠介に、自分と郁美の関係を説明する。
本来なら良門の出る幕は終わっているのだが。
「郁美の奴・・・強く頭をぶつけすぎたな。全く目覚める気配がないというのはどうもな」
「僕らも迂闊だったね、この状況だからこそ警戒しておくべきだった」
ナナスは郁美の身を危険に晒してしまったことに責任を感じているようだった。
「ナナス君、失敗したなら次にしなければいいだけの事だよ・・・まあ僕が言えた事ではないのだが」
(一国の将と民の運命を双肩に背負っているだけあって責任感はある・・・か。しかしあまり思いつめて欲しくないものだな)
忠介の言葉は普段の調子とは違う軽い感じであった。
ナナスもその言葉の意図を察したのか苦笑する。
「そうだね、肝に命じておくよ」
「そういえば僕らを襲ったのは、郁美・・・良門さんの話を聞く限り僕らを召喚した人間の仲間ではないだろうけれど・・・」
やはり一度襲撃を受けた場所に留まるというのは得策ではない。
それにイレギュラーとはいえ予定通り郁美が目覚めたため行動を開始したのだ。
ナナスの言葉を聞いて忠介は自分達が叩き起こされたのを思い出したらしい。
「しかし次はもう少々やさしく起こしてくれると助かるな。それに仮にも君の体は郁美君の物であるわけだし
僕ら以外の人間に同じような真似をすると郁美君のイメージというのが崩れる恐れもある」
どんな起こされ方をしたのかは彼らの前髪が濡れていることから察していただきたい。
「次は余裕がある状況で郁美にでも起こしてもらうのだな」
それを聞いてナナスと忠介は苦笑するしかなかった。
「・・・ほう、これはまた派手にやったものだ」
忠介が見た建物にあと少しと迫った所で忠介が嘆息する。
目の前には辺りの木々が薙ぎ倒されていて、まるで嵐の後でもあるかのようだ。
「さすがの俺でもこんな化け物には勝てんぞ」
良門がいかに強いといってもそれは常識の範囲での強さである。
木を数本まとめて薙ぎ倒すような生物には勝てない。
「引き返すべきなのか・・・」
もしかしたら召喚者側が建物に護衛をつけて近づくものを排除しているのかもしれない。
疑問を口にしたナナスであったが悩んでいた時間は一瞬であった。
「ここは一端引き帰して様子を・・・」
「またお客さんか・・・正直そろそろ勘弁して欲しい所なんだがな」
「───!?」
3人の前に声をかけたのは一見普通の青年であった。
「この自然破壊をしたのは君かい?まあ、君以外にはいないだろうが、それにしても乱雑なものだ。
これでは君の部屋が伏魔殿になっているんじゃないかと危惧を覚えてるが」
いち早く忠介が状況から立ち直り相手に質問・・・時間稼ぎを行った。
「・・・あんたらは今までの連中とは違うようだな、それとこれでも俺の部屋は片付いてる。見た目で判断するんじゃねえ」
忠介の質問に答えたとも無視ともいえない回答して青年は改めてナナス達の姿を観察する。
「そっちの嬢ちゃんは何者だ?化け物みたいな気配がするが・・・」
「ほう、俺の存在に気づくとは貴様の方こそ何者だ・・・一応俺はこの体に間借りしている身分なのでな。
できたらこの身を危険に晒したくはないが・・・」
「俺と同じようなもんか・・・まあ、俺もあんたも同じようなもんだってことか。
俺の方はなぜかここに来てから襲われてばっかりだ。そっちにその気がないならとりあえずその物騒なもんをしまってくれないか」
「おや、これは失礼」
忠介はいつの間にか構えていた改造エアガンをゆっくり下ろす。
「すまないね、こちらもなんか襲われてばかりなもので警戒してしまって」
ナナスは相手を信用するに足ると判断したようだ。
今まで黙って相手の観察に徹していたがそれをやめる。
「互いに何者かに襲われっぱなしというわけか」
「どうも最初の相手は俺の中の奴が知ってる見たいだがな・・・さっきからだんまりを決め込んでやがる」
青年──八雲辰人は、心底くたびれているようであった。
「ついさっきの奴は全く知らねえ・・・というか犬に知り合いなんかいねえ」
あまりにも巨大なそれ───フェンリルを犬と言い張る辰人は疲れているようにも見える。
話を聞くと周りの木々もその辰人が言う「犬」のせいらしい。
「辰人君はこれからどうする?僕らは仲間を探してここから帰る方法を探すけど」
ナナスの言葉は暗に一緒に行こうと促す物でもある。
「お誘いはありがたいが・・・どうもとんでもない奴に目をつけられちまった見たいでな。あんたらの方が危ないぜ?
まあそっちの嬢ちゃんだけなら守ってやってもいいが」
「郁美は俺が守るのでな、心配はいらん」
「・・・だそうだ。俺は一人が気楽でいいんでな、頑張ってそっちも帰る方法を見つけてくれや。俺は俺で勝手にやる」
「いいのか?我等と一緒の方が大事な者の所に帰れる可能性は高いと思うが」
「じゃあもしあんたらだけが日本に帰ったら美空によろしく言っといてくれや」
「そうか・・・八雲辰人とやらまた会おう」
「今度は嬢ちゃんの方の人格の時にな」
最後の言葉は笑っていた。
「本当によかったのかな」
「そうは言ってもねナナス君、彼が来ないと言ったんだ無理強いもできないし。君が悩んでもしょうがないことだよ」
「良門さん・・・?どうかしたんですか?」
良門はなぜか辰人と別れた後から口を開いていない。
「あの男馬鹿なのか、正義感なのか全く読めん・・・しかしなんといったかあの男が口にした名前・・・」
「美空、かな?」
「ああ、それだ。覚えて置かねばな・・・」
「?」
「良門さん、それってどういう意味・・・」
ナナスが良門の歯に物がはさまった物言いに疑問を抱いた時・・・
「ああ、あれだね。やはり見張りなどはいないようだね」
目標の建物が見えた。
そして・・・
キンコンカンコ〜ン!!
ナナスにとっては聞きなれない
忠介にはつい数時間前まで耳にしていた
良門には意識下で何度か聞いたことのある・・・
始まりと終わりと知らせる音が響き渡った。
【ナナス@ママトト(アリスソフト)招 状態○ 所持品なし】
【小野郁美(良門)@Re-leaf(シーズウェア)招 状態◎ 所持品ハンマー】
【江ノ尾忠介@秋桜の空に(Marron)招 状態○ 所持品改造エアガン、手術用道具入りケース、
液体の入った小瓶3個(うち1個は、塩酸残り半分)ミノタウロスの皮膚を貼り付けた服(白衣ではない)】
【場所:南の結界装置】
【八雲辰人@朝の来ない夜に抱かれて(F&C)狩 状態△(結界の強化と葉月の刀により力激減)所持品なし】
【フェンリル(南の守護)鬼 状態 死亡】
(よかったのか辰人?あの魔物のいう通り共に戦った方が戻れる可能性は高いのだぞ)
「一度死んだ身だ、ごちゃごちゃ言ってんじゃねえよ・・・準備はできてるんだろうな?」
(今なら呼び戻しにいくのも間に合うというのに・・・どの道お前の体だ、好きにするがいい)
辰人の中の邪神──無貌の神は説得を諦めたようだ。
「さて、内輪揉めも片付いたしそろそろ出てきてくれよ。まさか完全に気配を消せてるなんて思ってないだろ?」
辰人が向いた正面・・・その周囲の景色が急にぼやけ始める。
「悠人ですら気づくことができなかったのにな・・・化け物が揃ってるな」
景色が元に戻った時そこには碧光陰と岬今日子が立っていた。
光陰の永遠神剣『因果』の能力、気配を消す力でゆっくりと辰人達に忍び寄っていたのだ。
「本当に物騒な客が多い日だな・・・こっちも多忙な身でね。こっちも人数が減っちまったからゆっくりもてなすことはできねえぜ?」
「すぐに帰るさ、こっちの用事さえ済んだらな」
言うと同時に今日子と光陰は辰人に飛び掛っていく。
「本日最後のゲストにしといてくれよ!」
辰人も邪神の爪を持って迎え撃つ。
(なんだ?2人同時に来ないのか?)
光陰は今日子に比べて一歩さがり今日子がレイピアを前に突き出し突撃してくる。
(速い!美空の剣の比じゃねえな、これは・・・)
今日子の連続した突きの前に辰人は防御に専念することを余儀なくされる。
しかしいかに素早いとはいえ無限に撃てるわけではない。
今日子に隙が生じる。
「もらったぁ!」
その隙に辰人の爪が今日子を襲う。
ガキィィン!!
「っち、なるほどそういう戦法かよ」
「今日子は俺が守る・・・」
辰人の爪は一歩退いていた光陰に受け止められた。
光陰や今日子の召喚された地での戦法・・・攻撃、防御、支援を完全に分担する戦法、それは人数が多い光陰達に有利に働く。
「俺を倒さない限り今日子の剣は止まらない」
体勢を立て直した今日子の剣が再び辰人に襲い掛かる。
(辰人・・・このままでは埒があかんぞ)
「わかってんだよ、んなことは!!」
このままではいつかやられる・・・そう悟った辰人は戦法を変える。
「待て!今日子止まれ!!」
辰人の変化にいち早く気がついた光陰が今日子に警告するが既に今日子の剣は繰り出された後だ。
辰人は今日子の攻撃を防御しなかった。
突きと同時に今日子に攻撃を叩きこんだのだ。
「う・・・くぅ・・・」
(今日子の傷は浅いか・・・あと一瞬警告が遅かったらやられてたな)
「ちい・・只の剣じゃねえな、手前の剣」
本来なら辰人の体は刀傷の一つや二つくらい瞬時に再生するのだが、一向にふさがる気配がない。
当然、無貌の神の力が落ちている影響もあるのだろうが、それでも傷が深すぎる。
(あれはあまり使いたくないんだが・・・仕方ないか)
今回は幸い今日子の傷は浅かったが次はどうなるかわからない。
「今日子、次で終わらせるぞ」
今日子は光陰の言葉に頷く。
『空虚』の干渉でまだ意識がはっきりしていないのだ。
(それでもお前はお前だもんなぁ・・・)
「そうだな・・・舞踏会はそろそろお開きにしようじゃねえか」
今日子の剣の傷はかなり深いはずなのだが、辰人には軽口を叩く余裕はまだあるらしい。
「こんな状況でなければあんたとはいいコンビになれたかもしれねえな」
自分に似ているな、と光陰は苦笑する。
今日子さえ絡んでなければ手を取り合う可能性もあったのかもしれない。
「でもな───他に守る方法がわかんねえからな!!」
光陰はそれまでとは全く違う構えを取って辰人に突進していく。
(防御を捨ててきたか・・・勝機は今しかないぞ辰人!)
「俺もそう簡単には死ねないもんでね!」
いくら光陰の防御が堅いといってもそれは防御に専念している場合である。
辰人は冷静に光陰の攻撃を防御し、殴り飛ばす。
「恨むなら俺を相手に選んだ自分を恨んでくれよ!」
吹っ飛んでいく光陰に辰人が止めの一撃を見舞おうとした時・・・視界の隅に『空虚』を掲げている今日子を捉えた。
(まずいぞ!辰人、よけ・・・)
無貌の神の警告は一瞬間に合わなかった。
『空虚』から放出された雷が辰人に襲い掛かる。
「悪いな、先に地獄で待っててくれ」
自分の意識が何者かに食われていくのが分かる。
雷の傷だけでも十分に致命傷だ。
さすがに助からないだろう・・・無貌の神の力を持ってしても。
(それとも・・・お前ならなんとかできるのかね?)
しかし無貌の神から答えが帰ってくることはなかった。
(ここで・・・終わりか。悪いな美空、頼子、珠姫ちゃん・・・)
最後に辰人は懐かしい・・・学校のチャイムを聞いたような気がした。
「〜以上だ、諸君達のよい返事と行動を待っている」
「だ、そうだが・・・俺達にはあんま関係ないことか」
そもそも自分達が彼らのいうイレギュラーならば中央にいった所で始末されるだけであろう。
「・・・光陰?あたし・・・」
「今日子!?そうか戻ってきたか・・・はは、よかった」
先程まで相変わらず虚ろな目で言葉も話せなかった今日子の意識が戻ったのだ。
「空虚が何も言わなくなった・・・あたし解放されたの?」
「そういうこともあるのかもな・・・なんせとんでもなく強かったしな」
今日子の雷撃は力の消費が激しく、使えて一日一回だ。
それを使ってようやく勝つことができた程の相手だ。
空虚も一時的に魔力を得て満足したのかもしれない。
「でも・・・あたしまた人を・・」
「今日子、今は休め・・・お前は疲れてる。そっから後のことは考えようぜ」
(中央・・・か。もしかしたら永遠神剣の束縛から今日子を解放する術が存在するかもしれない)
行ってみる価値はある。
しかし・・・
(今は今日子を休ませる事が先決か・・・)
光陰は自分の腕の中で泣き崩れる今日子をなだめながらその場を後にするのだった。
後に光陰は後悔することになる。
辰人を殺した事を。
空虚の束縛が急になくなったことに疑問を抱かなかった事を。
(この器・・・剣か。あのまま滅びるわけにはいかなかったとはいえなんとも窮屈だな)
『空虚』の意識を滅ぼし無貌の神が新たに『空虚』となったことを知るものは誰もいなかった。
【八雲辰人@朝の来ない夜に抱かれて(F&C)狩 状態死亡 所持品なし】
【碧光陰@永遠のアセリア(ザウス)招 状態○ 所持品 永遠神剣第六位『因果』 目的:今日子を守る】
【岬今日子@永遠のアセリア(ザウス)招 状態○ 所持品 永遠神剣第六位『空虚』(意識は無貌の神)】
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