春日せりなはやっぱり静かには暮らせない






「の…のたれ死ぬかと思った……」
 ギーラッハと決別し、森の出口を目指してどこまでもどこまでもどこまでもどこまでもどこまでも歩き続けて、ようやく出口にたどり着いた春日せりなの第一声がそれだった。
 少女の死体、そしてギーラッハとの邂逅を経て胸に抱いた決意は消えていない。
 だが、せりなはそんなに長く緊張感を維持できる人間でもない。
 今では大分いつもの調子に戻っていた。かなりへとへとになってはいるが。
「ぐっじょぶ…よく耐えたわ、私」
 額をさすりながら嘆息する。
 行けども行けども変わることの無い景色に、思わず「やっぱついてけば良かったかなぁ」と数回思いかけたものの、「いやいや何考えてんのこのせりなさんともあろうものが!」と同じ数だけ木に頭を打ち付けて、悪魔の囁きを打ち払ってきたのだ。
 とりあえず自らの精神力に花丸をあげてから、目の前を横切る舗装された道路に出ようと足を踏み出す。
 と、あることに気が付いてせりなは鼻をひくつかせた。
「……潮の香りがする」
 即座にせりなの脳みそがフル回転する。

  潮の香り → 海が近い → 海の幸食い放題
 (カシャッ) (カシャッ)   (チーン)

 ぎゅるるるる〜
 脳がはじき出した答えに胃が喝采を上げた。
 そういえば、結構な時間何も食べていない。
 とっさに財布の中身を確認する。
 なんとなく取っておいた2000円札が1枚だけ見えた。後は小銭総計128円ナリ。
 食い放題は無理でも、腹を満たすことはできる金額だ。
「よしっ!」
 小さくガッツポーズを決めた後、ハッと気付く。
「……日本円、使えるかなぁ?」
 よくよく考えてみれば、ここは日本ではなかった。
 さっき会った最高にいけ好かない外人は、新しい世界とか何とかほざいていた気がする。
 ということは、最悪の場合地球上ですらないのかもしれない。
(使えないっぽいなー。ってゆーか、誰も住んでないなんてこと…ない…よね?)
 だんだん不安になってきたが、確かめもせずに不安になってるだけなのは自分のキャラではないとも分かっていた。
「うん、きっと大丈夫大丈夫。さっきの…あー、えーと……げろっぱ?…とかいう奴だって日本語しゃべってたし」
 無理やりなポジティブシンキングでそう結論し、
(…それに、あの女の子も日本人みたいだったしね…)
 自分が埋葬した少女のことを思い出してしまい、表情を曇らせた。
 同時にあの男から受けたプレッシャーも思い出し、それに耐えるように自分の肩をぎゅっと抱きしめる。
(私だっていつあの子みたいになるかわからない。辛いけど、怖いけど……でも今は!)
 フルフルと何かを振り切るように首を振り、両手でピシャッと一発頬を張って気合を入れる。
(まだ私は誰一人助けてない!)
 勢いをつけて道路の真ん中に飛び出し、腰に手を当てて仁王立ちする。
 右を向く。海は見えない。
 左を向く。海は見えない。
「こっち!」
 勘だけで左を指差す。
 身体は疲労しているが、気力は十分みなぎっていた。
(絶対に…絶対にあんな連中の思惑通りになんてさせないんだから!)
 まっすぐ前を見据え、せりなは力強く歩き出した。


【春日せりな@あしたの雪之丞(エルフ) 招 状態○ 所持品:なし 】

【補足:ギーラッハへの二人称が「げろっぱ」に】
【全体放送前】



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