無題






影崎は自問を繰り返す。
己に残された武器を一つずつ確かめていく。

絵柄。決して下手だとは思わない。
しかし、今のオタ消費者たちが求めて止まない、流行の萌え絵で無いことは自明だった。
しかも影崎にはCGのスキルがない。アナログこそが、彼女のただ一つの技である。

コンシューマ展開。『Infinity/Never7』は、かの駄ゲー製作所KIDの凡作群にあって、
ただ一つ2ちゃんねらーにも好意的に評価された作品。
だが、そのシナリオの難解性と、なにより「所詮はKID」の烙印によって、正しく評価されているとは言い難い。

作画スピード。これには多少の自信がある。
生存しているゲンガー達の中でも、彼女ほどの関連作品数を誇る者は少ないだろう。
幾度もトラブルに巻き込まれながら、その度に原画集のコミケ発売によって鬱憤を晴らしてきた。

以上の条件から、影崎が門井に劣る要素はないと言っていい。
それなのに、心にのしかかるこの重圧感は一体何なのか。

……わかっていた。
『カリスマ代表作の不在』
まさにそれこそが、影崎と門井を峻別する決定的な差異であった。

それほどまでに、下級生の名は大きかった。
エルフ黄金時代の結晶とも呼ぶべきそのタイトルは……
まだXレートの許容があったSSへと、時期を逸さずフルボイスで移植され……
その翌年には、懐古主義の頂点としてWin95へ逆移植……
原画家・門井の名を不朽の物たらしめたのであった。

自分はついに、己の代名詞たるべき作品に巡り会うことはなかった。
影崎由那の名で一般誌へのアプローチもしてみたが、どれもパッとしなかった。
むしろ、「BELL・DA」の名前シリーズといえば、嘲笑の対象にさえなったものだ。
なにが……いったい、自分の何が悪かったというのか!!
影崎の胸は、やり場のない怒りと無力感で張り裂けそうだった。

……かさり…………
風もなく、下生えが葉擦れの音を立てた。
「! だれっ!?」
とっさに振り向き、誰何の声をあげる。
……そこに。

哀しみの光を瞳に宿した、都築が立っていた。



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