V.A・前
「大阪は…激戦区だな…」
東天満はパークビルの8階で、VAの長、馬場は一人ごちた。
「これほどまでもどかしい思いをすることは人生に一度…在るか無いかだな…」
ばたんっ
突如として馬場のいる部屋のドアが乱暴に開けられる。
「社長ッ!!」
ゆっくりとした動作で馬場はドアの方をむく。
そこには、いまや業界のライターの急先鋒となった麻枝准が肩で息をして立っていた…。
「どうかしたのかな…麻枝君」
「どうか…って、社長も知ってるでしょう!!今業界が動こうとしてるのをっ!!!」
馬場は一瞬考える動作してこう答えた。
「それは、東京、北海道…そして大阪での事を言ってるのかな?」
それを聞いて麻枝は一気にまくし立てた。
「知ってるのなら話は早いですっ。これを機にうちも動かないと業界で取り残されますっ」
…両者の間に沈黙が流れる。
部屋は時計の音とパソコンのファンの音に支配される。
「若さと行動力という者はいいものだね…」
意外にも沈黙を破ったのは馬場のほうであった。
「なッ…」
「確かに麻枝君…君の言うことはもっともだ」
「じゃあ…」
「でも、やはり俺は動けんのだよ」
「……」
一呼間置いて馬場は話を続けた。
「例えばうちの抱えているメーカーすべてがKEY並みのヒットを飛ばしていればそれは十分可能かもしれない」
「だが…そういうわけにもいかん…」
そこで、麻枝は声高に反論する。
「しかし、VAの資金力を考えれば十分いけるじゃないですかっ!!」
ふっ、と馬場は麻枝から目線をはずすとこう続けた。
「君は…やはり若すぎる…大局というものを見る目が必要だろう」
「なにっ!?」
馬場ははずした目線を元に戻す。
「業界にプレッシャーをかけるとして、そこまでのプロセスはどうするきかっ」
「だからっ、VAの資金が…」
馬場の双眸がすっと細くなる。
「ばかものぉっ」
「そもそも、VAの資金はどこからきているか…知っての通りあの松下だ…」
「うちが激しく動けば当然資金繰りの面から松下の名前が表に出る」
と、馬場は言葉を区切る
「なぁ、麻枝君、企業にとって一番大切なものは何だと思う?」
間髪いれずに麻枝はこう答えた。
「優秀な人材、コネクション、資金の3点だと思います」
「…違うな」
「えっ?」
「企業にとって一番重要なものはイメージであり信用だ…」
「そして松下はエロゲ界の動乱においてその名が出ることをひどく嫌っている」
「……」
「俺たちは…いや、すくなくともVAというまとまりにおいては動くことは出来ない」
と、馬場の顔から険が取れる。
「正直俺も動きたいのだよ」
「…だが、VA傘下の開発を路頭に迷わせるのは断じて防がねばならない、VAは動けない」
それでも納得のいかない表情で麻枝はつづけた。
「各開発ラインごとに動くことは…」
馬場の表情が凄みを帯びる。
「何度も言わせるな。動けないのはVAという団体だ」
何かを理解したように麻枝もまた口元に笑みを浮かべる。
「つまりどこぞのわんぱく坊主が動こうと知ったことじゃない…と」
「どこぞの…な」
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