前夜祭・前
そのひ、中華を食べに出たHIROは会社を出て十数分のところで後ろから肩を叩かれた。
「チャンピオンソフトのHIROさんですね」
振り返ったHIROの前にはサングラスをかけ、口元に笑みを浮かべた男が立っていた。
「…はぁ、そうですが」
「ああっと、失礼、私こういう者です」
といい、その男は懐から名詞を取り出した。
そこにはこう書かれていた
『 F&C代表取締役 笹岡洋光 』
「立ち話もなんですし、どこかに入りませんか?」
HIROは直感的に、これがTADAの言っていたある会社からの接触であると確信していた。
ただ、同時に社長が自ら出てきたということに戸惑いを隠しきれなかった。
「あっ、はあ…」
「そんなに緊張しないでください、何もとって食おうというわけでもないですし…」
依然として口元に笑みを浮かべている笹岡は続けた。
「それじゃそこのファミレスにでも入りましようか」
「秋葉だったらPIAキャロにでも誘うんでしょうがね」
笹岡はククッ、と喉の奥でわらった。
ファミレスの店員に窓際の席に案内された二人はそれぞれ珈琲を頼んだ。
「それじゃ早速ですが…」
と、笹岡は引き抜きの話をはじめた…
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二人の珈琲の二杯目が空にになったあたりで笹岡側からの一通りの説明が完了した。
「つまるところ、F&Cさんの側では僕ら開発チームをまとめて引き抜きたい…と」
「ええ」
HIROは空になった珈琲のおかわりを頼みつづけた。
「しかし、ご存知の通りうちの会社はエロゲ業界でも有数の結束の堅さを誇っています。それでも引き抜きは成功すると?」
「我々は成功の可否ではなく理念で動きます。F&Cが欲しいと思ったら行動に出ます」
「つまり、あくまで理屈の後ろに結果がある…と、そう言いたいわけですか」
「まぁ、そういうことになりますね」
と、笹岡は店内の時計に目をやる。
「おっと、そろそろアリスさんの昼の業務の開始の時間ですね」
笹岡はその場でメモ帳を取り出し一頁破って数字を羅列していく。
「これは、私の携帯の番号です、すぐにとは言いませんので何か感じるところがあったら連絡をください」
HIROは渡された紙をズボンのポケットへとしまった。
「長々と引き止めてしまってすいませんでした。お詫びといってはなんですがお会計は私が持ちます」
「それではお仕事がんばってください」
「そちらこそ」
と、HIROはファミレスを出て会社へと向かっていった。
「ふん、狸のばかしあいか…」
笹岡はファミレスの中で一人窓の中からHIROを見送りながらそうつぶやいた。
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