ガッツ・前






キーボードを叩く音だけが響く一室。
その部屋には身の丈6尺を超える男が黒の紋付袴を着てパソコンに向かっていた。

突如、部屋の傍らにおいてある黒電話がなる。
その部屋の主は次の新作ゲームのスクリプトうちを中断してゆっくりとした動作で向き直り、受話器に手をかけた…。

「儂がオーサリングヘブン社長っ、日高真一であるっ!!」

『お久しぶりです、日高社長』
電話の相手はアボガドパワーズ社長、浦和雄その人であった。
『貴社はますますご健勝の…』
「礼儀など不要、ぬしのような男が直で話をよこすのだ」
「それ相応の事であろう?」
『それでは早速ですが…』




用件を聞くと日高は椅子にかけなおすと電話口の相手、浦に問うた。
「つまり儂に北海道の掛け橋となれ…と、そういうことか?」
『はい…』
日高もまた凡百の将ではなく、明日のエロゲ界を愁う人間であった。
「しかし、儂の耳も節穴ではない。君ら…いや、正確にはスケアクロウはすでに千代田との協力体制に入っているはずだが?」
『千代田のほうは業務提携にしかすぎません。北海道は違う』
『短い距離を生かした人材の相互互換、これが北海度同盟の真の意味なのです』
日高は電話口で一息ついて
「とことん食えぬ男だな、ぬしは…」
「だが、憂国の士という点では大差は無いはずだ、このオーサリングヘブン社長、日高真一協力させてもらうっ」
『あ、ありがとうございます』
「ただ勘違いされては困る。ぬしが私欲に走ったその瞬間、儂は全力を持ってぬしを潰す」
『…重々承知』

かちゃん…
小さな残響音を残し日高は受話器を元に戻した。
打ちかけのスクリプトを保存して外出用の下駄をはく。
「社長…お出かけですか?」
「ブルーゲイルへ行って来るっ。」
日高は下駄を鳴らしながら外へ出た。
「…戦乱が始まる…か」



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