脳力者・中
HIROを筆頭に室内にいた夜開発チームは全員、面を食らっていた。
めがねッ子がらみのことだろうと思っていたのが、殆んどリストラのような宣告。
「あ、でも仕込みに時間がかかるからそれまでは、ちゃんとうちのゲーム作ってね。情報を流してそれに食いつくまでに少し間があるだろうから…ね。」
その場にいた誰もが理解不能だった。TADAを除き。
「とりあえず、近いうちにもう一度会議開くから、その時はできるだけ険悪な雰囲気をかもし出して、平時も他のチームの人と仲良くしちゃだめだから。」
「夜チームを孤立させる気ですかっ?」
「うーん…正確にはそう見せかけることが大事なんだけどね。」
「あっ、それとさっき言ったことが実行できなかったらほんとに首にするから。
それじゃ、会議終了。おつかれさまー」
多田が会議室を出た後には夜開発チームが取り残された。
「…なぁ、かずしくん」
「なんですか、HIROさん」
「どーいうことなんだろうなぁ…。」
その場にいたもの全員が思案顔になる。
「何はともあれ指示どうり動くしかないでしょうね。あれで部長も並みの人間ではないですし…。」
「なんか、含みのあることもいっとたしなぁ。とりあえずうちらも戻るか。」
「そうですね。」
「あー、斎藤くん。」
傍らで、いじめてめがねッ子を開発していたと思われる斎藤美華(スパイ)が顔をあげる。
「(゚Д゚)ハッ! なんですか、ぶちょー。」
「ほんとにちゃんとゲーム作ってた?」
「そりゃあもう…めがねッ子満載ですよぉ。」
「…」
「…」
「…ウハウハ」
(ボスへの資料まとめてた…なんていえないし。)
「ああ…いや違う。確かにめがねッ子は重要なんだけど…」
「とりあえず、次の企画の会議に一緒にでてね。」
と言って、斎藤の反応を待つ。
「私が出てもしょうがないんじゃ…」
「減俸……」
「喜んで。」(だってボスの会社の給料安すぎるんだもん)
翌日、斎藤を除き昨日と同じ面々が、会議室に集まった。
(できるだけ険悪な雰囲気を…だったな)
夜チームはそれぞれ、前日のTADAとのやり取りを思い出す。
かくして会議が始まった。
かたや「不幸でいじめられっ子のめがねッ子ゲーム」
かたや「めがねなしエルフ耳萌えゲー」
を主張し、会議は硬直状態に陥った。
その横で斎藤はただひたすらメモをとっていた。
(なんか、凄く雰囲気悪いです。ボスに報告しなくちゃ、メモメモ)
いっぽうTADAはその状態を見て
(んー…予定調和だね。)
と、不機嫌そうな顔をしながら満足していた。
結局その日の企画会議は表面上物別れに終わった。
斎藤はあるところに電話をかけていた。
ぷるるる…ぷるるる…ぷるるる…
3回のコールの後相手が電話を取る
「晴れのちときどき胸騒ぎ」
これの意味するところは”重要度B、隠蔽度B、人払いを要する”である。
電話口の相手は
『はい、ちょっとお待ちください。』
電話口の男は部屋を個室へと移す。
『報告内容説明』
「アリスソフト、夜開発チームに少々動乱の兆しあり。離反は微妙。」
『引き続き諜報を継続。件のことについては特に重点をおけ。』
プツっ
耳障りな残響音を残し電話が切れる。
受話器をおき、その男は一人ごちた。
「LEAFさんには辛酸をなめさせられましたからねぇ。」
その男こそ、F&C代表取締役社長、笹岡洋光
その人であった。
「おつかれさんでーす」
「あがりまーす」
退社時間を迎えたアリスソフト。主だった人の出ていったあとの玄関の中で
かさなる影が二つあった。
「TADA」
「ヨシタカくんハニホー、外回りおつかれさまー」
「どうなっているんだ?」
「なんの話し?」
「夜チームの話だ。企画会議の話を聞いたが説教したにしてはあまりに自分勝手
じゃないか。企画の事はよく分らんが、そこまで意固地になれる状況じゃない気が
するんだが…」
「んー、その話って他のスタッフから聞いたの?」
「ああ、みんなかなり怒ってた」
「んー…ふふ、いい具合に回っているようだねぇ」
「…TADA?」
飄々とした笑みの向こうに、冷えた空気を感じヨシタカは眉をひそめる。
「ヨシタカ、アリスが作ってきたのはゲームだけじゃない。この業界だ、バランスだ」
TADAの口調が変わっていた。鬼畜王の企画を立ち上げた、その時の口調に。
「少々の犠牲を払っても壊しちゃいけないんだ。
永遠のNO2…その言葉の真意のためにもね」
一方その頃、東京は高田の馬場、F&C。
「あれ笹岡さんまだ会社にいるの?」
「いま会議中らしいですよ。…井手さんが来てるみたいです」
「井出さん?」(またリストラの話かなあ…)
・・・・
「チャンスは今、と思います」
「いいね、確実だし話題性もある。あの葉っぱ騒動を思い出すよ」
笹岡が苦笑で返答する。その後のリーフの惨状を知っているので苦笑で
済んでいるが、数ヶ月前なら血が出るまで唇を噛んでいるところだ。
「でも大丈夫なのか? 見たところ2ちゃんや、守旧派ユーザーには叩かれてる
ようだが…」
「その事実もありますが、こと設定やキャラに関しては安定して評価されている
スタッフです。ライトユーザーへのアピールも心得ていますし売上も上々。
いざとなれば陵辱ゲームも作れますしアリスよりもむしろウチのブランドでこそ
真価を発揮するタイプかと」
「ふむ、ウチも包みの変わった饅頭だけではなく新しい料理を作るシェフも必要か」
腕組みする井手の脳裏にKaren&☆画野郎キャラが並んだ真ぱすてる☆チャイムの
パッケージが浮かんだ。
「悪くない。それにまだ本当の意味で蛭田には一矢報いてないしな、任せよう」
「では進める方向で引き続き調査します」
波乱の前の波乱の始まりであった。
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