音楽屋
――自分の作る曲は暴力性が激しいことをShadeは良く知っていた。だからしかたなく製品に入れる曲は柔らかい、言ってしまえば情けない曲ばかりを選んで入れていた。
(知るかっつーの、バーカ)
会社が終わった後、Shadeはずっと飲み続けてきた。店のマスターとは知り合いで、他に客がいるわけでもないので放っておいてくれた。それに甘えて、安い粗悪な酒を飲み、愛用のセッタを吸い続けた。
今、この業界に激しい曲の需要はたいしてないと、ある程度のことは分かっていた。現在の流行は泣ける静かな曲だということも。それでも、激しい曲を作ることをやめられなかった。いつか脚光がくる日を信じて。
しかし、その日はなかなか来なかった。しだいにストレスがたまり、会社帰り一人で飲むことが多くなった。それでも会社では荒れたそぶりは見せなかった、プロとしての意地がそうさせてしまっていた。
(激しく楽しませての音楽だろうが。泣かしてばっかでどーすんだ)
もう何度、この言葉を胸の中で繰り返したのか。だが、悔し紛れに繰り返すたび、自分自身が崩れていくような気がした。この言葉は自分自身への敗北宣言なのではないか。
いつ店をでたのか、気がつくと公園のベンチに座り込んでいた。セッタを一本くわえ、回りを見る。そこは見慣れた風景だった。まるでどこにでもある風景。ありふれた風景。だけど、周囲には誰もいない。
夜は人を孤独にさせる。深い闇は人を絶望へ導く。
意識が朦朧としてきた。安いとはいえ飲みすぎたのかもしれない。Shadeはゆっくりと目を閉じた。意識が落ちていく。
(俺はなにやってんだ、情けねえ……)
そう思った時。
「Shadeくん、はにほー」
声がした。
「起きなよー」
誰かがつかんで肩をつかんでゆさぶる。Shadeがやっとの思いで目をあけると、そこには上司がいた。
「……部長?」
「大丈夫?」
TADA開発本部長。Shadeが尊敬してやまない人物である。いままで自分の本意ではない曲を作った時もあったが、それでもアリスをやめない理由はTADAの存在が大きかった。曲を作れと言われればなんでも作った。それほどクリエイターとしてのTADAに惚れていたのだ。
「……なんでこんなとこ、いるんですか?」
「いや、寝たばこは危ないと思って」
「……」
そう言うと、TADAはいつの間にかShadeが手に持っていたはずのセッタを吸っていた。相変わらずわけわからん人だ。
「いやー、とりが100g太ったとかいっていじめてくるんだ」
TADAはベンチの隣に腰掛けると、機関銃のごとく話し始めた。そのほとんどが職場での出来事だったが、聞くものをリラックスさせる内容だった。おかげで先程あった絶望感はどこかへ吹き飛んでしまっていた。
「この業界満足してないよね?」
話しがひと段落ついた後、TADAは唐突にそんなことを聞いてきた。その顔は仕事中の顔だった。
「……ええ」
戸惑いながらも、Shadeは、はっきりと答えた。満足してないこと、それは事実だから。
「僕もね、今の風潮にはけっして満足はしていない。今まで業界が繁栄するのなら、なんでもいいと思っていたよ。泣きゲーだろうが、ノベルだろうが。でも、最近ちょっと違うと思ってきたよ」
「というと?」
「うん、みんな18禁ゲーム作りの本質を忘れてるんじゃないかなって。エロとゲーム性、この両方が無いゲームが最近多すぎてね」
その後、TADAは熱弁をふるった。その光景はどこかで見たことがあった。それはアリスソフト全体が野望に燃えていた、Windows参入の時期。そう、鬼畜王ランスの開発時であった。
「みんな、エロもゲームも作っていない。ただの紙芝居だ」
その熱弁はさらに続いた、それは夜遅くまで続いたが、熱意は消えることはなかった。
「で、僕は決意したんだ。この風潮の原因、LEAFとKeyを倒すため、鬼畜王に負けない大作を送り出すことをね。もちろんエロとゲーム性、両方に優れた真のエロゲーを。新作には君の得意な明るく、楽しく、激しい音が必要なんだ。協力してくれないか?」
断れるわけが無かった。アリスに入社した時、一生この男についていくと誓ったのだから。
「手伝わせてください、TADAさん!」
その様子を見たTADAは満面の笑みを浮かべた。
「よし、じゃあ帰ろうか。つきあわせてごめんね。はにほー」
――待ってろよShade、きっとこの風潮終わらせてやるからな。
――ありがとうございます。気遣ってくれて。
二人とも本当に言いたいことは言えず、一緒に帰っていった。
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