井出商店・中
「なぜか」どこにも情報が流れなかった夜チームの引き抜き劇から数週間後
高田馬場の朝はいつにもまして…いや、まるでおもちゃ箱をひっくり返したような状況になっていた。
F&C社屋内ではFC諜報部員が文字どうり虱潰しで社内を回り、怒号が飛び交っていた。
社長室では一人笹岡がただ報告に耳を傾けそれに対して指示を出していた。
「…わかりました、被害状況を早急にまとめてください。
それと社員の不安はできるだけ煽らないよう行動してください」
入り口付近に立っていた黒ずくめのF&C諜報員は軽く礼をするとばたばたと社長室から出て行った。
「FC04の逃走」
…F&C史上において第2の汚点となるこの事件は後の巧みな隠蔽により表沙汰になることは無かった。
被害が明らかになるにつれて、社内を走り回っていた諜報員にも少しずつ余裕が出てきた。
機密資料の持ち出しも無ければ、社内システムも弄られていない。
実質的な被害は、時森のゲームバランスと社員の動揺と一部の不穏な動き…この2点しかなかった。
「まぁ、アリスさんの狙いからするとそんなところでしょうね…」
報告のレポートに一通り目を通し、笹岡は一人ごちた。
終業時間も間近となり徐々に社員も帰り支度をはじめた頃、ある男がF&Cの前にやってきていた。
「おつかれさまー」
「どうかしたんですか?」
かけられた声を無視し、退社する社員に逆行してある男は一直線にすすんでいた。
その男はある部屋の前に来ると、一呼吸置いて思いっきりそのドアを開けたのだった。
「血相変えて…どうかされましたか?」
その部屋…F&C社長室では、夕日を背に笹岡が佇んでいた。
「どうかされましたか…だと?」
「貴様ッ、この責任をどう取るつもりだッ」
「まぁ、落ち着いて…とりあえずかけませんか、井出さん」
薦められ、その男、すなわち井出はどかっと社長室のソファに身を預けた。
「で、どうするんだ?」
「はぁ…どうする、といわれますと?」
「FC04の失態、そしてそれのあおりを受けた萌木原の引き抜きッ…貴様の責任だぞッ、わかってるのかッ!!」
その表情が恐怖に彩られていれば、井出の溜飲もまた少しは下がるのだが、
逆光のため、井出からはまったく笹岡の表情は読み取れない。
「なぁ、笹岡くん、ここはやっぱり責任を取って辞めてもらうしかないよなぁ」
笹岡の表情に期待し、井出は醜悪な笑みを浮かべた。
「確かに…萌木原くんの件は少々残念でした」
「しかしこの件は私の最大の願いを成就する絶好の機会でもあるんですよ…」
「…?」
井出には笹岡の考えていることがまったく理解できなかった。
「これをF&Cにおける最期のリストラとしたいですしね…」
その言葉を聞き井出の顔に笑みが戻る。
「…は、ははっ…はははっ、そうか、やめるかっ、はははははっ!!」
ソファに座り笑う井出に、つかつかと笹岡が歩み寄る。
「…は?」
突如襟首を掴まれ、とっさに井出は何がおきたか判らなかった。
「井出…オマエuzeeeeeeeeeeeeeeeee!!」
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