孤独の円盤






それは、彼にとってはあまりに長い旅だった。
足は棒になり、持ってきたジュースとお菓子も底をついた。
それでも彼は必死で、町内で自分の行ける所まで歩こうとした。
自分と、大切な「友達」を守るために。


「ここならもう大丈夫ですぅ」
フグ田タラオはそう言って、町外れ、つまり出入り禁止区域との境界線ギリギリのところにある公園のベンチに腰を下ろした。
一人でこんな遠いところまで来たのは初めてだった。
出発したのは朝早くだったのに、もう太陽が随分と高く昇っている。
そして、タラオは背負っていたリュックサックから「友達」を取り出した。
『ありがとう、タラチャン。でも、本当に良かったの?』
ようやく外の空気を吸えた全自動卵割り機は、疲れをタラオに気付かれないように隠しながら尋ねた。
「はいですぅ。ママもパパもおばあちゃんもワカメおねえちゃんも、なんだか様子がおかしいですぅ。
だからみんなが元の優しいみんなに戻るまで、ここに隠れるですぅ」
三日前、ジミーが磯野家に投げ込んだ八百屋の首は、磯野家に確実に波紋を呼んでいた。
みんな一見すると平静を保っているが、その実薄々ながらも
(磯野家内に殺人者がいるのではないか?)

と思い始めていた。まだ幼いタラも同じだった。
そして一方で、マスオとワカメは何か家族に隠し事をしているとしか思えなかった。
二人ともどこか様子がおかしいし、突然理由をつけて家からいなくなったりする。
そして昨日の晩、ついにタラオは見てしまったのだ。
ワカメが夜中、こっそりと庭を掘って、そこに前から埋めてあったらしいノリスケの死体を掘り出すのを。
見たものが信じられず、呆然とするタラオの目の前で、ワカメはノリスケの死体を一輪車に積んでどこかに持っていった。
その時だった。タラオが家出を決意したのは。
それは幼い子供なりに考えた、自分と友達を守る手段だった。

『それにしても、僕はまだ信じられないよ……優しい磯野家の人たちが、そんなことをするなんて』
歩き疲れてベンチに横になったタラオの横で、全自動卵割り機は不安そうな口調で言った。
『波平さんだってそうだよ……僕を買ってくれた時の波平さんの嬉しそうな顔、僕は忘れてないよ。
今まで僕たちを買っていくお客さんたちは、みんなどこか面白半分というか、冗談の種に買っていくような感じだったけど、
あの人だけは心から僕を必要として買ってくれたんだ。僕にもわかるよ。

それに、磯野家に行ってからもずっと大事にしてくれた。それなのに……』
「大丈夫ですよ」
タラオはいつものように、無邪気な笑顔で言った。
「きっと、おじいちゃんもワカメお姉ちゃんもみんなも、たまたまちょっとだけ悪い子になっているだけなんですぅ。
だからきっと、すぐにみんな元に戻るですぅ。死んだノリスケおじさんだってきっと帰ってくるですぅ」
『タラチャン……』
そんなことはありえない、とは言えなかった。
なんでこの子はこんなに強いんだろう。
機械である自分には人間の気持ちなんかわからないけど、ここまで家族を信じることが出来るのって、やっぱりすごいと思う。
『ねえタラチャン、どうして僕を連れてきたの? 僕なんか、さっさと壊してしまえば、タラチャンたちが生き残れる可能性は上がるのに』
「そんなの出来ないですぅ!! 全自動卵割り機は、僕の大事な友達ですぅ!!
だからいつまでも一緒にいるですぅ!!」
『……そうかい、ありがとう』

所詮は子供の戯言と、侮る気持ちもどこかにはあった。
実際には、自分は「ずっと大事に」されてきたわけではない。
買ってしばらくすると、自分は台所の棚の奥にしまわれて滅多に使われなくなった。
だからこの子の気持ちもじきに冷めるんじゃないかと思っていた。
しかし、ただ「友達だ」と言ってもらえるというだけで、なんでこんなに安心できるんだろう。

『タラチャン、これからどうするの?』
「全自動卵割り機はここに隠れているですぅ。僕はカツオ兄ちゃんを探すですぅ」
『カツオくんをかい?』
「そうですぅ。きっとカツオ兄ちゃんなら、いい考えを思いつくですぅ。カツオ兄ちゃんさえいれば安心ですぅ」
完全に叔父である少年を信頼しきっている顔だった。
確かにカツオは利発な少年だし、タラオが憧れるのもわかる。
しかし彼はもう三日も姿を見せていないのだ。無事である保証はない。
(でも、タラチャンがそう言うなら……きっと無事なんだろうな。ちょっとやそっとじゃ死にそうにない人だし)
何よりも、なんとしてもカツオに会うのだという決意をしている少年の顔を見ると、水を指すにはなれなかった。
『ねえ、タラチャン。もし、生き残ったらさあ―――』

コロコロ、と。
二人が座っているベンチの足元に、小さい石のようなものが転がってきた。
「あれ、何ですか?」
タラオがベンチの下を覗き込もうとする。
まるでそのタイミングを狙っていたかのように、その爆弾は爆発した。


『タ、タラチャン!! タラチャン!!』
爆煙が晴れたとき、全自動卵割り機は必死で少年の名前を呼んでいた。
彼の損傷は、外装や腕の一部の破壊。致命傷というには程遠い。
ベンチが爆風除けになったのと、もともと硬い機械の体であったことが幸いした。

しかしそんな自分の状況なんかよりも、タラオの無事を早く知りたかった。
「ぜん……じ、どう……」
タラオはいた。地面の上に伏せていた。
もう、どう見ても助からないような傷を負って。
『タラチャン!! 大丈夫!? 痛くない!? しっかり!!』
励ます声に微笑みで返して、タラオはゆっくりと呟く。
「ごめんな……さ……ですぅ。ぜん…りきは……早く……逃げ……ですぅ……」
『そんな、嫌だよ!! 僕はタラチャンがいなけりゃ嫌だ!! カツオくんに会うって言ってたじゃないか!!
またみんなで暮らすって言ってたじゃないか!! だからダメだよ、僕と一緒にいてよ!!』
まただ。
なんでみんな、自分のことを一人で置き去りにするんだ。
先に売れていった仲間たちも。
自分をすぐに使わなくなった磯野家の人たちも。
そして―――初めて出来た、大事な友達さえも。

「ママ……パパ……みん……もっと一緒……いたかった……ですぅ……」

『タラチャン!! また一緒にお歌歌おうって言ったじゃないか!! 絵本も読もうって言ったじゃないか!!
三輪車で一緒にお出かけして……公園で一緒に遊んで……約束、したじゃないか……』
もういくら叫んでも、タラオの体は動かなかった。
(なんで……なんで僕は人間に生まれなかったんだ。同じ人間であったなら、さっきの爆発で、一緒に死ねただろうに……)
しかし彼には、涙の流し方さえもわからなかった。



(やったか……)
爆弾の威力を確認するという目的は十分に果たせた。

木っ端になったベンチと、幼児の死体。そして、彼のおもちゃらしきものが公園の隅に転がっている。
人を、殺した。しかし彼は自分でも驚くほど冷静に、自分のしたことを受け入れられた。
(のんびりしてちゃいられない。こうしている間にも、磯野や中島、橋本たちは危ない目にあってるかもしれないんだ)
西原は、残りの爆弾が入った鞄を持ち上げて立ち上がった。残りは五発。慎重にいかないといけない。
(出来ればパソコンも欲しいな……何かわかるかもしれないし、解析したいこともある)
ふと、なぜこんなにも自分は冷静なのだろうと思った。
そんなのは決まっている。
磯野、中島、橋本の三人は、自分にとって本当に大切な仲間だからだ。
(あいつらのためなら、俺は何をやったって惜しくはない……)
そして西原が去った後には、あまりにも静かな公園だけが残された。


【四日目 午前十時】
【町外れの公園(よくアニメに出る公園とは別)】

【フグ田タラオ  死亡確認】
残り37人


【西原】
状態:健康
装備:支給品一式
武装:小型爆弾×5
思考:基本・カツオ、中島、橋本を生き残らせるために他の参加者を殺す
1:どこかに移動して休憩
2:パソコンが欲しい

【全自動卵割り機】
状態:破損(命に別状なし)
装備:なし(支給品焼失)
武装:なし
思考:
1・今は何も考えたくない

※タラオの支給品は焼失しました。



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