泥棒と警官と老人
自分は生まれながらの悪人だった。
生まれてからこの方、泥棒という犯罪稼業以外はやった試しがない。
同じ家に何十年間も入り続けたりしているせいで前科も相当のものだが、それでも泥棒をやめることは出来ない。
それしか生きる方法を知らないからだ。
しかし、人殺しとなると話は別だ。
たとえ入った先の家で住人に騒がれても、そんなことは頭を掠めもしなかった。
それも、街の住人全員が参加しての『殺し合い』。狂っているとしか思えない。
しかし、今更犯罪者である自分なんかに何が出来るというのか。
他の連中と力を合わせて殺し合いを止める? 無理だ。自分を信用してくれる仲間なんかいるわけがない。
優勝して生き残る? もっと無理だ。盗みはしても、人を殺すのなんかごめんだ。
結局自分は、きっと何も出来ないまま誰かに殺されて終わるのだろう。
殺し合いが始まってから、すでに三回目の夜が明けた。
『今日、殺されるかもしれない』という思いは日増しに強くなっていく。
しかしそれでも生活はしないといけない。街中が事実上の無政府状態になっているのだけが泥棒にとって追い風といえた。
今更けちな盗みぐらいで騒ぐ奴はいないのだ。そう思い、さっそく一軒の家に忍び込もうとした時。
「こら、貴様何をしている!!」
振り向くと、そこにいたのは毎回彼を逮捕する顔馴染みの警察官だった。
「不法侵入の現行犯で逮捕する!!」
そう言って手錠を取り出す警官。
「ひいっ、か、勘弁してくださいよ!! 今更逮捕だなんて、大体あっしみたいな小悪党に構ってる場合じゃねえでしょ!?」
「何を言う!! どんな状況下だろうが、犯罪は犯罪だ!!」
警官はこともなげに言った。
「確かに現在、わが派出所には『今後三年間、この町内で起こる犯罪は、殺人等の重犯罪を含めて一切の捜査を禁ずる』という指令が出た。
しかし、本官はそんな指令に従うつもりはない!! たとえ三年後に警察官の資格を剥奪されるとしても、この街で起こる犯罪は全て一人で捜査する!!
そして殺人犯も含め、全員を逮捕してみせる!!」
その言葉を聞いて、泥棒は膝の力が抜ける気がした。
自分が『あくまでも泥棒稼業に徹する』という決意をしたのとはわけが違う。
この警官は、自分自身の誇りにかけて自分の職務を全うしようとしているのだ。
(あーあ……こんな立派なお巡りさんになら捕まっても構いやしねえや。それに、
もう塀の外も中も一緒だ)
観念した泥棒は、大人しく警官に連行されようとした。
その時、二人はすぐ近くから、破壊音としか言いようの無い騒音が聞こえるのに気が付いた。
突如、泥棒が侵入しようとしていた家の垣根が音を立てて崩れ、その向こうから巨大な乗り物が姿を見せた。
慌てて飛びのいた二人がよく見ると、それは一台の巨大なロードローラーだった。
見るとすでに家は破壊された後。更にロードローラーが走ってきたと思しき道は、家も車もすべからく整地されていた。
そしてその操縦席を見た警官は驚きの声を上げる。
「あ、あなたは、磯野さんの家の裏のおじいさん!!」
ヘルメットも付けずに操縦桿を握っているのは、白い髭を蓄えた、いつもは優しい老人だった。
「これはこれはお巡りさん。今日もお仕事ご苦労様ですじゃ」
まるで世間話のように言う老人。その様子は、一見普段とどこも変わらないようにも見えた。
「お、お爺さん……一体何を……」
「いえ、これは波平さんからワシに支給された武器ですじゃ。せっかくですから乗り心地を試そうと思いましての」
「い、いけません、すぐにやめてください!! さもないと、器物損壊と道路交通法違反で……」
「ほっほ、聞けませんのう」
そういうと老人は、再びロードローラーを発進させた。
警官は腰を抜かしている泥棒の手を引いて逃げる。
「そんな……どうして、あのおじいさんが……」
「お巡りさん、もうこの街の人間はとっくに普通じゃねえんですよ。あの爺さんも正気を失っているだけだ……
もうおしまいです、この街は」
言いながら、泥棒の胸には郷愁にも似た諦めがこみ上げてきた。
(ああ、やっぱり俺は、この街とこの街の連中が好きだったんだな)
泥棒はがっくりと膝をついて、もう目前に迫った死を受け入れようとしていた。
(ごめんよ親父、お袋……情けねえ生き方の末に、こんな死に方しちまって)
だが、警官はそんな彼の手を引いて立ち上がらせた。
「本官はあの車を止める!! お前は安全な場所に逃げ、他の住人たちにこの事を伝えてくれ!!」
「え、えええええ!! お巡りさんそれは無茶ですぜ!! あんなのをどうやって……」
「出来る出来ないを議論している暇は無い。どんなことをしてでも市民の生命と財産を守るのが本官の職務だ!!」
そう言って腰の拳銃を抜く警官。けっして向こう見ずでもやけになっているわけでもない。
心から、住民を守るための最善策を考えている男の顔だった。
「……お巡りさん」
「どうした、早く避難しろと」
「いいんですかい? あっし、ひょっとしたらそのまま逃げちまうかもしれませんよ?
それにあっしも体力と悪知恵には自身がありやす。一人よりは二人でしょう?」
「お、お前……」
警官は少し思案していたが、やがて諦めたように肩を竦めた。
「犯罪者に背中を預けることになるとは、きっと始末書ものだな」
「できればあっしの罪も帳消しにしてくれませんかね?」
二人が話している間にも、ロードローラーは電柱やゴミ箱をなぎ倒して二人に着実に近づいてきた。
「ほっほっほ、ぶっちぎりにしてやりますぞ!!」
【四日目 午前十時】
【磯野家から見て街の北側の路上】
【警官】
状態:健康
装備:支給品一式、不明支給品
武装:拳銃、警棒
思考:基本・あくまでも警官としての職務に従い、住人たちを守る
1:裏のおじいちゃんを止める
【泥棒】
状態:健康
装備:支給品一式
武装:不明
思考:
1・警官と一緒に裏のおじいちゃんを止める
【裏のおじいちゃん】
状態:錯乱
装備:支給品一式
武装:ロードローラー
思考:???
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