獣の繁殖について






「もう一度だけ確認しておくが……」
白い顔をした若い男が口を開くと、立ち去ろうとしていた年嵩の男は面倒くさそうにため息をついた。
「今更なんだ?」
「もし乗り気がしないというなら、断ってもいいんだ。自分の家族だけを守るために動いたっていいんだ」
若い男はそう言って目を細めた。丸顔のこの男が微笑むと、うっかり心が和んでしまう。
年嵩の男は体ごと男に向き直った。
「ここまで話しておいてそれは無いだろう。そんなことをするよりは、この場では協力するふりをしておいて途中で裏切るほうが有利だろう。
いや、何ならこの場でお前を殺してしまえばもっと話は早い」
「ああ、なるほど、それもそっか!!」
若い男は呑気に笑う。
その姿からはとても強い決意を伺うことは出来ない。この話を持ち込んできたのは彼のほうなのに。
しかし彼と長年付き合ってきた男は、彼が自分を油断させるために演技をしたりするような男ではないことを知っていた。
先ほど彼らが交わした約束はただ一つ。
この殺し合いにおいて彼らのどちらかが死ぬその時まで、彼らは自分の家族だけではなく相手の家族も等しく守る。
担保など何も無い。いつ相手が裏切るかわからない。
それでも彼らはその点に関して不安を感じなかった。
「お互いが裏切らないと信じているから」ではない。「たとえ裏切られても、それはそれでいい」と思っているのだ。
それは、同じ町で同じ時間を長く過ごした者だけが抱ける思いだった。

「なあ、あんたにとっては家族って何だ?」
年嵩の男の問いに、若い男はしばし無言で髭を撫でていた。
「……僕は、自分の母親も父親も兄弟も知らない。そんなものを求められるような身分でも無かった。
一日一日を生きていくだけで精一杯で、他の誰かのことなんか目にも入らなかった。ましてや誰かと一緒に生きるなんて……
だけど、今は……」
その口調に悲壮さは無く、純粋に昔を懐かしむように彼は言った。
「その日あの人に拾われなければ、僕はこの歳まで生きられなかった」
そうか、と一言だけ答えて、年嵩の男は外に出た。

彼にとっては家族は自分の生きる全ての意味だ。
では自分にとっては何なんだろうか。
自分は生まれたときから今の家族と一緒だった。母親の温もりも知っている。
だから彼のような理由で家族と一緒にいるわけではない。だとしたら、一体……
まあいいか。そんなことはこれから死ぬまでの間に、ゆっくり考えるとしよう。


【四日目 正午】
【磯野家の軒下】

【ハチ】
状態:健康
装備:支給品一式
武装:不明
思考:基本・自分の家族を守る
1:タマの提案に乗る

【タマ】
状態:健康
装備:支給品一式
武装:不明
思考:基本・自分の家族とハチの家族を等しく守る



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