世界のほんの片隅から






この世界の話をしよう。
わたしはまだ上手く話せないし、長い話も苦手だから聞き苦しくなるかもしれないけど、良かったら聞いてほしい。


かなり長い間、私は母以外の人間を知らなかった。
私には父親がいないわけではない。両親は人並みに私を愛してくれていたと思うし、私は彼らに何一つ不満があったわけではない。
しかし私は父の顔を知らない。
顔を合わせたことが無いから知らないというわけでは無い。私は間違いなく父と母と三人で暮らしている。
―――否、『そういうことになっている』。
実際には私は父に関する記憶は無い。ただ「父がいる」ということを知識として「知っている」だけだ。
それは例えて言えば、「食べた記憶が無いのにおなかが膨れている」みたいなものだ。

父のことだけで無く、私は私に関することすら満足に知らない。
毎日どんな朝ごはんを食べているのか? どんな幼稚園に通っているのか? 好きな子はいるのか?
それは私が間違いなく毎日経験していることだ。にも関わらず、それらのことを思い出そうとすると必ず頭の中に靄がかかったようになる。
自分が何者なのかだけは知っている。
しかし、それだけしか無い人間になど何があるというんだろうか。

やがて私は子供なりに理解した。
どうもこの世界において、私は背景の中に埋もれた脇役みたいなもんで、どこかにいる主役を際立たせるだけに存在するのだと。
そしてその主役とは、おそらく私が何故かいつも一緒に遊んでいるあの男の子、いやその家族全員らしい。
彼らには私に無い全てのことが与えられていた。
決して羨ましかったとは言わない。決して妬んだ訳ではない。
私と彼らとでは与えられた役目が違うというだけなのだから。
しかし、こう考えることを止めることは出来なかった。

この世界が彼らを主役とした世界ならば、どこかに私が主役になりうる世界だってあるんじゃないかって。

だから、波平さん――その、この世界の主役である家族の父である人が私たちを集めて「殺し合いをしろ」って言ったとき、私はこれはチャンスだと思ったのだ。
私たちの生活は一変した。つまりそれまでの世界は崩壊したということ。
ならば、私がこの「殺し合い」という新しい世界の中で主役になることだって可能なのではないだろうか。

私の母親だった人は、今、床の上にうつぶせに倒れている。
知らなかった。幼稚園児である私でも、背中から思いっきり刺せば大人を殺せるんだ。
「今までありがとうね、ママ」
さて、安心してはいられない。私が殺したのはまだ二人だけ。主役になるにはまだまだ足りないんじゃないかって思う。
繰り返すが、私は彼らが羨ましかったわけではない。妬んでいたわけでもない。
あえて理由を言葉にするなら……「好奇心」、だろうか。

ああでも、さすがにちょっと疲れちゃったし、人殺しばっかりするのも飽きるし……
ママの血で、ちょっとお絵かきでもしようかしら。

【四日目 正午】
【磯野家の軒下】

【リカ】
状態:健康
装備:支給品一式
武装:出刃包丁、斧
思考:基本・この殺し合いの「主役」になる

【リカママ 死亡確認】
残り36人




前話   目次   次話