その背中だけ追いかけてここまで来たんだ






ジミーの職業は大工である。
だがまだ見習いであり、独立にはほど遠い。
しかし、いくら怒鳴られ、しごかれながらも棟梁の下を離れる気にはならないのは、棟梁の中に自分が欲していたものの存在を見ているからである。
それは、強い父親だった。
ジミーにとって、何よりも欲しかったものはそれだった。
厳しく叱りながらも、行くべき道を指し示してくれる、大きな背中をした父親。
棟梁が目の前に現れたその時から、ジミーにとって棟梁が世界の中心であり、世界の全てだった。

だが一度だけ、あまりの厳しさに音を上げ、棟梁の下を離れようとしたことがある。
その時自分の軽率さを諌めてくれたのが波平だった。
誤った道を行こうとした自分を正しく導いてくれた。
それ以来、波平もまた、彼にとって棟梁と並ぶ父親代わりとなった。


「ん……ここは……」

ジミーが目を覚ましたのは見知らぬ部屋だった。自分の家でもなければ、磯野家でもない。
「おー、気がついたか」
だがそう言って顔を覗き込んでくる男には見覚えがあった。
この町内における重要な食糧供給拠点の一つ、三河屋の店主。
「道の真ん中でぶっ倒れてたからよお、サブにバイクでここまで運ばせたのさ。
何しろほら、ここんとこ物騒だしよお」
思い出した。確か自分はリカの荷物を盗んだはいいものの、その中身が……いや、思い出すのはよそう。

「どうもすんません、お世話になっちまって」
「お前、磯野さんとことかに出入りしてる大工の見習いだろう?」
三河屋の店主はジミーに水を薦めながら言った。
「最初は正直、チャラチャラした気にいらん奴だと思ってたんだがよお。大工仕事はしっかりしてる様だし、なかなかしっかりした若者じゃねえか。
少なくとも、うちのサブなんあよりはなあ」
そういう三河屋の横顔は、なぜかとても寂しそうに見えた。
しかしそれよりもジミーが意外に思ったのは、主人がいつもと同じ、三河屋の店頭に出る時の服装をしていたことだ。
「あの……こんな時でも、お店やってるんですか?」
「ったりめえよ! 俺が店を開かなけりゃ、みんな食うもんに困るじゃねえか」
ジミーは少し感心した。自分なら、その食料を独り占めして篭城しようとでも思っただろう。
水を飲み終えたジミーは、少しためらった後、三河屋にこう質問した。

「三河屋さんはどう思ってるんです? この、磯野さんがはじめたことについて」

三河屋は渋い顔になった。
「そりゃ、磯野さんには日ごろから世話になってるさ。けど、今回のことは許せねえ。
こんなに大勢の人を死なせて、それでたとえ盆栽が戻ってきたとしたって、何になるってんだ」
怒りというよりも、当惑に近い感情を圧縮して吐き出したかのようだった。

「じゃあ……磯野さんのやったこと、間違いだったと思いますか?」
「おお。こんなことはなんとしてでも止めさせなきゃいけねえ。
俺は普段の磯野さんのことを知ってるからこそ許せねえんだ。
あんな今時珍しいくれえまっすぐで正しかった人が、盆栽一つでこうも変わっちまうのかってな」

三河屋は、これ以上はもう話したくないとでも言うかのように、立ち上がってジミーに背を向けた。店番に戻るのだろう。

ジミーは素早く跳ね起きた。そして、いつも首に巻いているヘッドホンのコードを三河屋の首に巻きつけた。
三河屋の抵抗は一瞬の間だけだった。油断しきっていたからか、あるいは、「もう、これでいいさ」とでも思ったのか。
ジミーが力を抜くと、三河屋の亡骸は床の上に崩れ落ちた。

ジミーは知っていた。
波平はいつだって。自分に正しい道を教えてくれることに。
だから波平が言ったことは、いつだって、絶対に、正しい。
そう信じていた。
三河屋の死体を後に残して、ジミーは部屋を後にする。
後悔も、逡巡も無かった。
波平は、絶対に、正しいのだから。

【6日目 午後11時】
【三河屋】

【大工のジミー】
状態:健康
装備:支給品一式×2(リカの分含む)
武装:大工道具一式(カンナ・金槌・釘・ノコギリ) 、斧、出刃包丁
思考:波平に従い、殺し合いを行う

【三河屋店主  死亡確認】
残り28人




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