ユーアンドミーふたり






町内のその一角は、磯野家周辺の喧騒とも、駅前商店街の騒動とも無縁の深夜に相応しい静けさを保っていた。
もちろんどの家の住人も、六日目を無事に乗り越えられたこと以上に、明日が最期になるかもしれないという不安に苛まれながら、眠れぬ夜を迎えている。
だが、その中で一軒だけ、異質な雰囲気を放つ家があった。

その家の居間では、一人の少年がテレビをつけて見入っていた。
ニュースでは相変わらず、この殺し合いのことなど報じられていない。波平の情報統制は完璧に近い。
(やっぱり磯野のお父さんをどうこうするのは無理だな。磯野と中島を生き残らせるためには、俺が頑張って他の人を殺さないと)
この六日間で果たして何人の人間を殺したのか、彼にはもうわからなかった。

「西原が死んだぶん、俺が頑張るんだ。俺が……」

そううわ言のようにつぶやきながら、少年――西原は、静かにテレビを消した。

ここは彼の家ではない。彼の友人である橋本の家である。
だが橋本家の人間は、殺し合い四日目にして全滅した。本来なら、この家に帰ってくる者などいるわけがない。
だが、自分のことを橋本だと信じる西原は、さしたる苦もなくこの家に帰還し、戸惑うことも無く家の中の道具を使って食事をし、橋本のものだった布団の上で寝ている。
それも当然のことなのだ。彼にとっては、自分自身こそが「橋本」なのだから。

「さて、そろそろ……寝るか」

彼は立ち上がって子供部屋へと向かった。
もうすでに「自分の部屋」としか思えなくなった部屋のドアを開け、間違いなく自分のものである机や野球道具を見やる。
もはや「西原」という人間であった頃の名残など、彼の頭の中には微塵も無かった。

だが……この部屋の中に一つだけ、彼の心にひっかかりを覚えさせるものがあった。
それは机の上に置かれている一枚の写真だ。

その中には四人の少年が写っている。

中央にいる帽子を被った坊主頭の少年と眼鏡の少年は、彼の親友である磯野と中島。
その両隣にいるのが、言うまでも無くこの自分である橋本と、今はもういない大切な友人、西原だった。

だが、この写真をじっと見れば見るほど、彼の中に疑問が浮かび上がってくる。
この二人の少年のうち、果たしてどちらが自分で、どちらが西原なのか。

自分の顔を忘れることなどあるわけも無い、とわかってはいても、考えれば考えるほど、心の中の焦点がぼやけてくるように、どちらがどちらだったのかが判らなくなる。
無論、今すぐ洗面所に行って鏡を見れば疑問は氷解するだろう。
しかしなぜか、それだけは、してはいけないことであるような気がした。

西原は写真から目を背けると、すでに使い慣れたベッドの上に身を投げた。
わからないことをいつまでも考えていたって仕方あるまい。
それに、大して重要なことでもあるまい。そんな気がした。

【6日目 午前11時】
【橋本家】
【西原】
状態:健康
装備:支給品一式、橋本の服
武装:小型爆弾×4
思考:基本・カツオ、中島を生き残らせるために他の参加者を殺す
※錯乱の末、自分のことを橋本だと思い込んでいます



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