偶然






「結局、また一足遅かったみてえっすね……」

割られた窓、荒らされた部屋、そして畳の上に横たわる、血に染まった男の亡骸。
男を殺した者の姿はすでに無かった。
泥棒は、胸を切り裂かれて生涯を終えた男の傍らに座ると静かに手を合わせた。

「まだ数時間と経っていないな……本官たちがもっと早く、ここに来ていれば……」
「おまわりさん……」

泥棒と警官、本来なら決して相容れない立場である二人の男は互いに目配せをして、どちらからともなくよろよろと座り込んだ。
もう何度、こんなことを繰り返しているのだろう。
住人の中で誰が殺し合いに乗っているのかがわからない、いや、今は乗っていない住人でも誰がいつ乗るかわからない以上、地道に町中を回って殺し合いが起きないように目を光らせるしかない。
だが、警官と泥棒が目にするのは、すでに殺された犠牲者の姿ばかりだった。
目にした殺人現場の状況や位置から推測し、次に殺人が起きそうな場所に先回りしたこともあった。
だが、それも無駄に終わった。彼らが到着する時には、例外なくすでに殺人が行われた後なのだ。

「おまわりさん……もう限界じゃねえすか?」

泥棒は腰を下ろしたまま、弱々しく声を吐く。

「やり方を変えませんか? こんなことをいつまでも続けるわけにもいきやせんぜ」

「いや……他にアテがあるわけでもない。しばらくはこのまま続けるしかない」

そう応えながらも、それが無意味な行為に終わるであろうことは警官にもわかっていた。松葉杖の表面を意味も無く撫でる。

「俺たち、あのまま先生と一緒に死んでいたほうが良かったかもしれねえっすね……」

「そんなことを言うものでは無い」

自分たちを救ってくれた麻雀医師を見殺しにしたのみならず、他の人も、誰一人救えていない。何度も続く不運を嘆くことしかできない。

いや、本当に「不運」なのだろうか?

(おかしい。いくらなんでも、ここまで何度も続けて逃げられるものか?
あるいは、こちらの行動が読まれているのか? それとも……)

警官は、職務上の勘から、何かがおかしいということに気付き始めていた。
だが断定するには、根拠が少なすぎる。
それに、心身共に疲弊した今では頭もロクに回らなかった。
もとより、松葉杖とギプスが不要になるまでは本調子は出ない。

「……今日はここまでだな」

警官の宣言に、泥棒は黙ってうなずいた。すでに深夜だ。
いくら町民を守りたいとはいえ、二人だって食事と睡眠は取らないといけない。
今夜の寝床を探そうと、重い体を立ち上がらせた時だった。

二人のいる家の傍らを、一台のバスが走りぬけた。
警官は顔を強張らせた。自らの経験で判ったのだ。
ああいう走らせ方をする運転手は、高い確率で事故を起こす。
その直後、響き渡る衝突音。二人は家を飛び出した。
表の道に出ると、一軒の飲食店にバスが突入しているのが見えた。
その店の看板には、「がんこ亭」と書かれていた。

【六日目・午後十時】
【駅前・がんこ亭近くの路上】

【警官】
状態:健康
装備:支給品一式、不明支給品
武装:警棒
思考:基本・あくまでも警官としての職務に従い、住人たちを守る
1・状況を把握

【泥棒】
状態:健康
装備:支給品一式
武装:不明
思考:
1・警官に従う



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