さようなら。






「ハチー、どこに行ったの?」

街灯と僅かな家の明かり、それに月しか光源のない深夜、伊佐坂家の庭に若い女の姿があった。
この家の娘、ウキエである。
彼女は犬小屋の前で何度も何度も愛犬の名前を呼んだ。しかし返事は無い。
すぐそばにいるのだろうか。怖いと思いつつも、門のほうまで歩いていく。
一人ではもはや家の敷地から出るどころか、屋外に出ることすらも躊躇われたが、あんな状態の家族に同伴を頼むわけにはいかない。

「ハチ……まさか、もう……」

思えば、あんなに賑やかだった隣家から、子供たちの笑い声もカミナリ親父の怒鳴り声も聞こえなくなってからどれだけ経っただろう。
彼女の家庭も、負けず劣らず……などという言い方はどうかとも思うが、とにかくめちゃくちゃになってしまった。
兄、甚六は、気の毒によほど外で怖い思いでもしたのだろう、部屋に引きこもって出てこようともしない。
父、難物は少女の姿に変えられてしまった。どれだけ不安、どれだけ屈辱であろうか。
我が家では最も熱心にこの殺し合いからの脱出方法を探っていたようだが、もはや外を出歩かせるわけにはいかない。
母、オカルは数々の心労が祟って寝込んでしまった。
こうしてみると自分はおそらく一番運がいい。まだ本格的に怖い思いをせずにすんでいる。
だがなかなかハチが見つからないことが不安となり、その不安はウキエの中でどんどん膨張していった。

その時、ウキエの耳にも聞こえた。
巨人がのし歩く足音のような、大きな音と激しい地面の揺れ。

「な、何今の?」

家の中に逃げ帰ろうとしたが、その前にまずは状況を確認しようと思った。
ウキエは十分に用心しながら、門の外にそっと顔を出した。
胸に刃物が突き刺さった。

「はあ、あああああ、あなたあああああ、どこにいるのおおおおおおお、あなたああああああああああ……」

ついさっきまで若い娘が立っていた伊佐坂家の庭に、今は別の女が立っていた。
返り血で真っ赤に染まったエプロンで、血がまとわりついた鉈を拭っている。
伊佐坂家の家人たちはみな迫り来るロボットに気を取られ、庭への侵入者には気がつかない。
もっとも侵入者自身、自分が何をしでかしているのかもわかってはいなかった。

「おかしい、おかしい、おかしいいい……こんなにいっぱい、こんなにいっぱい殺したのに、なんで、なんで、あの人はまだ、
なんで、なんで、なんで……帰ってこないのおおおおおお、あなたあああああああ」

そのうめき声も、ロボットの足音にかき消されて、伊佐坂家の人々の耳には届かない。
一方アナゴ婦人は、その足音にすら気付いていない。
それよりも、流石に疲れて眠くなってきた。
ついさっきも、たまたま道に飛び出してきた若い女を殺してバラバラにしたところだ。疲労も限界である。

寝床を求めて、彼女はあまり深く考えもせずに、鍵の開いた出窓から伊佐坂家の中に入っていった。幸い、今にはもう誰もいなかった。

【六日目・午後十二時】
【伊佐坂家】

【アナゴ婦人】
状態:健康
装備:支給品一式
武装:鉈
思考:
基本・アナゴ以外の参加者を皆殺しにする
1・少し休む
2・甚六を殺す

【伊佐坂ウキエ 死亡確認】
残り29人




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