僕たちは家族を守りたかった
今の磯野家の中には、日常と非日常が同居していた。
殺し合いが始まる前と全く同じ生活を送ろうとする、サザエ。
「父さんとタラちゃんは一体どこに行っちゃったのかしら、それにタイコさんに電話しても出ないし」
などと言いつつも家事や買い物をこなす。
彼女に自覚できる変化と言えば、カツオがイタズラをめっきりしなくなったことだった。
「なんか最近不気味なくらい大人しいわよねえ、逆に気味が悪いわ」
カツオの顔を見るたびに、そんなことを言う。
カツオは軽口を二、三言返すくらいで、そんな態度がサザエの疑念をますます膨らませるのだが、しかしそれ以上は追求されなかった。
そして六日目のこの日も、サザエは晩御飯の後片付けを機械的に済ませ、マスオに「タラちゃんをお風呂に入れて」と頼んだ。
自分が風呂から上がった後で、
「タラちゃん、どこなの?」
と家中を探し回る。しかしいつものように、マスオが
「僕が探しておくから、君は先に休みなよ」
と、サザエを寝かしつけた。
カツオは自分の無力さを一日経つごとに強く感じていた。
連日学校もほとんどサボりながら中島や花沢の行方を捜しているのだが、一向に手がかりも見つからない。
前回の波平の放送では名前を呼ばれなかったのだが、すでにあれから丸一日以上経っている。
その間に、どれだけの死者が出ているのかわかったものではない。
それに、中島や花沢と再会した所で果たして何が出来るものだろうか。中島を説得することが本当に可能だろうか。
守ると決めたはずなのに。
家族も、仲間も、みんな守ると決めたのに。
いっそ、食料を買い込んだ上で家族みんなで磯野家に篭城したほうがいいのかもしれない。
自分でも自分らしくないと思うような消極的な戦法が脳裏によぎる。
だが、他の家族たちは、それを許してくれそうに無かった。
カツオと同様、一日中家を忙しそうに出入りしているワカメ。殺人と死体処理も身についてきた。
幼児や同級生など、自分の力でも難なく殺せそうな者は一人でも多く殺した。
大人であっても、油断していたりする者は機会を得ればすぐ殺した。イクラとタイコも、先に死ななければ自分が殺していた。
この六日間で十数人はすでに処理している。
問題は、波平の名簿の中にいるメンバーをさほど削れていないということだ。
名簿の中でも最も殺しやすそうなリカは、行方をつかめない。
ハチは住んでいるのが隣家だ。家族に気付かれるリスクの高さから、流石に手を出しにくい。
同様の理由で裏の老夫婦もだ。もっとも、裏のおじいちゃんはしばらく姿が見えないようだが。
それに、あの目撃者探しもある。いつまでも先延ばしにするわけにはいかない。
幸い、夜になるとサザエ、カツオ、フネは完全に眠り込んでしまう。彼女の深夜の外出を咎める者はいない。
怖い父親も、もういない。
いつものように、深夜になってから布団を抜け出す。隣で眠っているカツオを起こさないように、足音を殺してそっと襖を開ける。
しかし玄関の扉を開けようとした時、思わぬ声に呼び止められた。
「ワカメちゃん」
驚いて振向くと、マスオがどこか悲しげな顔で立っていた。
しまった、どういい逃れよう。だがワカメが口を開くより前に、マスオが言葉を続けた。
「もう、いいんだ」
最初は何を言っているのかわからなかった。
「もう、いいんだよワカメちゃん。君はそんなことをしなくていいんだ」
はっとして体ごと向き直るワカメの目をまっすぐに見て、優しく微笑んで言った。
「そんなことは全部、僕がやる。みんなを守るために、僕が全部やるから」
しかしワカメが何かを応えるよりも前に、二人は、何か巨大なものが地を揺らしながら歩み寄ってくるのに気がついた。
【六日目・午後十二時】
【磯野家】
【フグ田マスオ】
状態:健康
装備:支給品一式
武装:不明
思考:
基本・何が何でも家族を生き延びさせる。そのためには他人を利用することも厭わない
1・サブを利用する。切り捨てることも覚悟の上
2・サブに代わる手駒を探す
【磯野ワカメ】
状態:健康
装備:支給品一式
武装:ワイヤー、文化包丁
思考:
1・家族以外の人間を皆殺しにする
2・目撃者をどうにか始末する
【フグ田サザエ】
状態:健康
装備:支給品一式
武装:不明
思考:……
【磯野カツオ】
状態:健康
装備:支給品一式
武装:不明
思考:
1・中島、西原、花沢、ハヤカワの捜索
2・中島の目を覚ませる
3・絶対に殺し合いを終わらせる
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