例えばトイレをどうするかという問題
伊佐坂家の応接間は、本来であれば老いた作家と中年の編集者が向き合って座り、打ち合わせなどをするための空間である。
しかしこの夜、そこに座っていたのは普段とは随分と違う面子だった。
一人は丈の短い和服を着た少女。
もう一人は、どこで売っているのかもわからない、子供サイズのグレーのスーツを着たやはり少女である。
二人とも顔立ちは人目を惹くほどに整っているが、居住まいや仕草は明らかに子供のものではなく、歳を経た老人のそれである。
そしてその小さな口から出る言葉も、やはり見た目の印象を裏切るものであった。
「つまり、校長先生も私と同じような状況で、というわけですか?」
口を開いたのは和服姿の少女――の姿をした、伊佐坂難物その人である。声と顔は幼女でも抑揚は老人なのでとても違和感がある。
しかし対談相手はそんなことを気にしなかった。
「ええ、私はてっきり自分はもう死んだと思っていました。まさかこんなことになるとは・・・・・」
スーツ姿の少女がそれに応える。
やはり子供らしからぬ口調だが、同じ老人めいた口調でも、やや神経質そうな響きのある伊佐坂とは違って鷹揚さが垣間見える。
その正体はかもめ第三小学校の校長。全生徒の氏名と顔だけでなく、その父兄まで覚えているという模範的教育者である。
彼がいささかに語った内容を要約すると、彼は自分の学校の校長室で何者かにコーヒーに毒を入れられるか何かして死亡したらしい。
とにかく、コーヒーを一口含んだ瞬間に彼は気を失い、次に目が覚めた時は今の姿になっていたというのだ。
事切れた自分自身の肉体はその時すでに校長室から消えうせていた。おそらく波平側が手を回したのだろう。
(それにしても・・・・・・)
伊佐坂は考える。こうして第三者的な立場で聞いてみてもあまりにも荒唐無稽な話である。
もし自分自身がその当事者で無かったら到底信じることなど出来なかっただろう。
事実は小説より奇なり、か。しかし今の自分がその言葉を使うと、色々とシャレにならない。
「しかし、弱りましたねえ」
校長はため息をついてみせた。
「私と同じ目に遭ったと聞き、伊佐坂先生と話してみたら何かわかるのではないかと思ったのですが・・・・・・」
前の体の時についたクセなのだろうが、しきりにハンカチで額を拭いている。
「校長先生は、この後どうされるのですか?」
伊佐坂の問いに、校長は苦い顔で答える。
「私は何があってもわが校の教職員、および生徒を守る必要があります。
しかし、この姿で出て行って他の教職員に私が校長だとわかってもらうのは骨ですし、それに・・・・・・」
「自分を殺害しようとした誰かに、まだ自分が生きていることを知られてしまう」
校長はうなずいた。
それはもちろん、伊佐坂自身の問題でもある。
「幸い、明日明後日は土日です。その間にどうにかして学校へ潜り込む方法を考えますよ」
「校長先生、もし良かったら今日はうちに泊まっていきませんか? その・・・・・・女の子が一人というのは危険ですし」
「ありがとうございます。しかしその前に寄らないといけないところが・・・・・・」
その時、机の上に並んでいた二人分の湯のみが倒れた。
振動に伊佐坂は腰を抜かし、校長は立ち上がってカーテンを開いた。
窓の外、月の下、木製の巨大ロボットが街灯を揺らしながら歩いていた。
【六日目・午後十二時】
【伊佐坂家】
【伊佐坂難物】
状態:健康 体は10歳の少女のもの
装備:支給品一式
武装:不明
思考:
基本・ノリスケの仇を討つために波平を倒す(殺し合いには乗らない)
1・動揺
【校長】 (名簿外)
状態:健康 体は十歳の少女のもの
装備:支給品一式
武装:不明
思考:基本・元の体に戻る、生徒と教職員を守る
1・ロボットの正体を探る
【磯野家周辺】
【ホリカワ】
状態:手首に損傷
装備:支給品一式
武装:ワイヤー、拳銃、巨大ロボット
思考:
1・ワカメを守る
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