無題
磯野家内が八百屋の生首のことで揉め、カツオがマホを連れて中島から逃げていたのと同日同刻。
一人の男が磯野家に侵入を試みていた。
「この匂いは……血!! やっぱりおじさんたちも殺し合いに乗っていたんだな」
そう玄関先で呟くのは、磯野家にとってもっとも馴染みのある客の一人であるノリスケだった。
しかし今日のノリスケは磯野家に昼ごはんをご馳走になりに来たわけではない。
その手には一本のゴルフクラブが握られていた。
「おじさんやマスオさんは無理でも、タラちゃんやフネさんくらいなら……」
そう言いつつも、動揺は隠し切れない。
今まで家族同然に付き合ってきた人々なのだ。簡単に殺せるわけがない。
しかし、そうしなければタイコやイクラにまで危険が及ぶ可能性がある。
磯野家は固い絆で結ばれているが、それゆえに万が一団結して殺し合いに乗った場合、とてもノリスケ一人では太刀打ちできない存在となる。
「そうだ。何も殺さなくてもいい。一人か二人を再起不能なくらいの重症にするだけでも十分なんだ……」
そう呟きながら、ノリスケは意を決して磯野家の扉を開け―――られなかった。
伸ばした右腕の肘から先が一瞬のうちに切り落とされたからだ。
「え?」
状況を理解できないノリスケの声。そして次の瞬間、ノリスケの体は十を超える肉塊へと切り刻まれた。
今わの際に愛する家族のことを思うことすら、ノリスケには許されなかった。
磯野家の玄関先に残ったのは、かつて磯野家を愛していた男だったモノ。それを屋根の上から見下ろす存在があった。
「本当に良く切れるのね、この糸」
ワカメはノリスケの血で赤く染まった糸を回収しながら呟いた。この『罠』を仕掛けておいたのは正解だった。
うっかり家族の誰かがひっかかる可能性もあったが、その時は玄関から出入りするのを止めて裏口を使ってもらえばいいだけのこと。
磯野家を訪ねる人間がほぼ必ずこの正面玄関を使う以上、このトラップは得物を選ばず必ず作動するのだ。
「さあ、これからが大変だわ。ノリスケおじさんの死体をどこかに隠さないと。お姉ちゃんやお兄ちゃんには特に気をつけておかないと……」
家族を守るために悪魔と化した少女は、かつて慕っていた叔父の亡骸を感情の無い目で見下ろしていた。
【三日目 午前八時】
【磯野家正門】
【磯野ワカメ】
状態:健康
装備:支給品一式
武装:ワイヤー
思考:
1・家族以外の人間を皆殺しにする
2・ノリスケの死体を隠す
【波野ノリスケ 死亡確認】
残り39人
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