無題






磯野カツオは、重い足を引きずって学校に向かっていた。
背中にはランドセルを背負い、頭には制帽を被っている。果たして今日は無事に家に帰ってくることが出来るのだろうか。
(幸い、うちの家族はまだみんな無事だけど……)
この三日間で、カツオのクラスメートのうち実に四分の一が犠牲になっていた。
ある者は学校で、ある者は家で、ある者は路上で無残な姿で発見された。
まだ中島や西原、花沢ら特に親しい友人たちは無事であるが、それを不幸中の幸いなどと言っていい状況でもない。
(父さんがあんなことをしなければ……いや、父さんをあそこまで怒らせた僕たちが悪いのか)
家族の中に殺人者がいるとは考えたくないが、町の中に殺人者がいることはもう疑いようが無い。だからカツオは学校へ向かう足も進まなかった。

「磯野のお兄様ー!!」
どこかで聞き覚えのある声を耳にしてカツオは振り返った。
「キミは……マホちゃん?」
忘れもしない、かつて中島にラブレターを出し(いや、正確には中島の兄にだったのだが)カツオと中島を散々振り回した
番組史上屈指のロリキャラである。
ツインテールにボーダーニーソックスという出る番組を間違えたとしか思えない容貌の彼女は、息を切らせてカツオのもとに駆け寄ってきた。
顔面は蒼白、足取りもおぼつかない様子だ。
「どうしたんだい、一体?」
「お、お兄様、中島のお兄様の弟が……」
そしてようやくカツオは気がついた。マホは背中から血を流していた。

「磯野、そこをどいてくれ!!」
マホを追ってきたかのように姿を見せたのは、カツオにとって信じられない人物だった。
「僕はお前だけは殺さないから。だから、僕の言うことを聞いてくれ」
中島は手に鉈を持っていた。その刃には僅かながら血が付着している。それが意味すること。
「まさか、中島……」
マホは中島の姿を見たまま、まるで悪魔に魅入られたかのように固まっている。その背中には浅いながらもはっきりと切り傷があった。
「嘘だろ……」
「磯野、僕にはもう何も無いんだよ。じいちゃんも、兄貴も、波平おじさんに殺されてしまった。もう生きていても仕方が無い。
最初はさっさと死のうと思ったよ。でもどうせなら、最後に何か磯野、キミに残して行きたいんだ」
中島はいつものように平静な声で淡々と告げる。しかしカツオには、そこにいるのが中島の姿をした別のものとしか思えなかった。
「僕はキミを優勝させる。そのために他の連中を皆殺しにするんだ。まずはそこにいる、僕にふざけたラブレターをよこした生意気な女だ」
マホは震える手でカツオにしがみ付いた。カツオはただ呆然と親友の顔を見ることしか出来なかった。
「そいつを僕に引き渡してくれ、磯野」
中島が一歩歩み寄る。自分なんかのために殺人者になろうとしている彼の気持ちは理解できないものではなかった。
もし立場が全くの逆だったら、カツオも中島と同じ行動を取っていたかもしれない。

(でも、だからってさ、中島)

カツオは歩み寄ってくる中島の目を見据えながら、マホの手を握った。
「今日は学校はサボろう。父さんに後で叱られるけどさ」
そう嘯いて、カツオはマホとともに走り出す。その後を中島が追った。しかし脚力ではカツオに分がある。
問題は怪我をしているマホの存在。カツオはひとまず角に逃げ込むと、そこにあったゴミバケツの陰に隠れてランドセルを向かいの家の塀の向こうに向かって投げた。
後から来た中島は、それを見てカツオたちが向かいの家の庭に逃げ込んだのだと思った。
狙い通りに中島が塀をよじ登って向こうに消えたのを見て、カツオはマホに囁く。
「今のうちだ」
二人はもと来た道を引き返した。


とりあえず落ち延びたのは花沢不動産の裏である。ただし今は花沢はいない。
花沢の父はいるだろうが、信用していいかどうかはわからない。
「磯野のお兄様……」
マホの顔はすっかり汗ばんでいた。幸い傷はさほど深く無いようだが、手当てくらいはしないといけないだろう。
「まずはうちに戻ろう」
「その後どうされるのですか?」
「やらなきゃいけないことが出来たみたいだ」
それはもう、最優先で。

【三日目 午前八時】
【花沢不動産裏手】
【磯野カツオ】
状態:健康
装備:支給品一式
武装:不明
思考:
1・マホを連れて磯野家まで逃げる
2・中島の目を覚まさせる

【桜井マホ】
状態:背中に浅い切り傷
装備:支給品一式
武装:不明
思考:生き延びる

【かもめ第三小学校付近】
【中島】
状態:健康
装備:支給品一式
武装:ナタ
思考:カツオ以外を皆殺しにし、カツオを優勝させる



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