それでも君が






正午、本来であればマスオは会社にいるはずの時間だった。
その必要が無くなった今では、この時間は家族で食卓を囲む時間になっていた。
だが、家族といってもそこにいるのはフネとサザエの二人のみ。
学校に行っているカツオとワカメはもとより、本来ならいるべき波平、タラオ、タマの姿も無かった。
「ねえあなた、さっきサブちゃんが来てなかった?」
そんな家族の足りない食卓に何の疑問も感じていないサザエがマスオに尋ねた。
「そうだったかい?」
「おもてにサブちゃんのバイクが停まってたと思うんだけど」
「気のせいだと思うよ」
サザエは家族の死と殺し合いという現実を認識していないが、その他のことに対する判断力はいささかも曇っていない。
これは気をつけないとな、と思いながらマスオは味噌汁をすすった。


フネとサザエがいなくなった後も、マスオは居間に残ってさっきのサブの言葉を考えていた。
突如マスオの元を訪れたサブの語った内容は、にわかには信じがたいものだった。
三河屋の店主との口論で激高した末に誤って伊佐坂先生を殺してしまったが、すぐにヘリに乗った男たちがやってきて伊佐坂の遺体を回収してしまったという。
実際マスオの調べでは同時刻に町ではヘリが目撃されており、あながちサブの話をデタラメと片付けるわけにもいかないが、
今まで死亡者の遺体を波平側が回収したという情報は無く、この話をどう考えていいものかマスオは悩んでいた。
さらに調査すると、同様のケースがもう一件だけあった。
カツオたちの通う学校の校長の場合がそれで、こちらもワカメの担任教師との激しい口論の末に殺害されてしまったのだが、
加害者が少し目を話した隙に死体が消えてしまったのだという。
こちらは波平側が死体を処分するところが目撃されたわけでは無いが、状況的に他の人間の手によるものだとは考えにくい。


果たして伊佐坂先生と校長の間にどんな共通点があるのか、大いに疑問なところだが今のところは考えてもわかりそうにない。
(しかし、死体が消えた話は置いとくとしても、三郎くんにも困ったものだな)
マスオは勝手な判断で計画外の殺人を行おうとしたサブのことを憂慮した。
一歩間違えればマスオの目論見が完全に瓦解していたであろう事態だ。
サブだけに情報収集役を任せるのはリスクが高いというべきだろう。しかし今になって他の人間を探せるのだろうか。
(全く、どうしてこうも次から次へと厄介ごとが増えるんだあ?)
サブのこと。伊佐坂先生や校長のこと。他の殺人者のこと。サザエのこと。カツオやワカメやフネのこと。
これらの問題が複雑に絡み合いながらマスオの双肩にのしかかる。
マスオとしては防衛戦としての殺し合い参加に平行して波平の本心を探るということも行いたかったが、これではとてもそこまで手が回りそうに無い。
相談できる相手など誰もいない。全て、自分がどうにかしなければ。


一体どれだけの時間、そうしていただろう。
同じ問題を何回も何回も考え続けて、もう目が回りそうだった。
その時、目の前に盆に乗ったビールの瓶とグラスが置かれた。
「お義母さん……」
「何かひどくお考えのようですけど、一息入れられてはどうですか?」
「でも、こんな昼間っから……」
「たまにはいいじゃありませんか」
そう言って微笑むフネの顔には、一遍の思惑すらも感じられなかった。
「本当ならこれはサザエの役目なんですけど、サザエはあの調子ですからねえ」
「本当に、いいんですか?」
「ええ、お父さんがいないせいでなかなかビールが減らなくて困っていたところでもありますし」
「それでは、遠慮なくいただきます」
思わず顔が綻んだ。
ふと気付いた。こんなに自然に笑ったのは何日ぶりだろう、と。
「その代わり、マスオさん」
「はい、なんでしょうか?」
「みんなのこと、本当にくれぐれもお願いしますね」


その時の彼女の笑顔は、辛いことも受け入れられないこともすべて飲み込んだ上での優しさを湛えているような気がした。
マスオは思わず息を呑んだが、それ以上は考えずにビール瓶の栓を開けた。

【六日目・午前12時】
【磯野家】

【フグ田マスオ】
状態:健康
装備:支給品一式
武装:不明
思考:
基本・何が何でも家族を生き延びさせる。そのためには他人を利用することも厭わない
1・サブを利用する。切り捨てることも覚悟の上
2・サブに代わる手駒を探す

【磯野フネ】
状態:健康
装備:支給品一式
武装:不明
思考:
1・家族を守る



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