きみのためにできること
「ほーらお兄ちゃん、起きないとまた姉さんに叱られるわよ」
朝一番に毎日聞く、妹のからかうような声。それを聞いてしぶしぶながら眠い目を擦る。
「うーん……わかったよ」
しぶしぶ居間に向かうと、母さんや姉さん、それに父さんやマスオ兄さんも揃っていて、
「なんだカツオ、こんな時間まで寝ておったのか」
「急がないと遅刻しちゃうよ」
なんて言葉を眠い耳で聞き流しながら母さんの作ったご飯を食べて……
「ねえカツオ、タラちゃんを見なかった?」
そう、そのちゃぶ台にはタラちゃんも座ってて、「カツオ兄ちゃんはボクよりお寝坊ですー」なんてちょっぴり生意気なことを言ったりして……その横にはタマもいて……
「ねえカツオ、聞いてるの? ノリスケさんちに行ってるのかと思って電話してみたけど、お留守なのか誰も出ないし」
そして学校に行けば、中島や橋本や西原、そしてカオリちゃんたちもいて……
そんな暢気で平和な世界で、ずっと生きていくんだ。
「ところでカツオ、今日のおやつは何がいい? たまにはリクエストを聞いてあげるわよ?」
ああ、僕だってわかってるさ。そんな生活はもう、二度と戻っては来ないんだってことくらいは。
だから姉さん、お願いだからやめてくれよ。
父さんが殺し合いなんか起こさなかった、かのように振舞うのは。
姉さんがそんなんだと、僕はどこにも、逃げ場所なんか無いじゃないか。
「何よカツオ、返事もしないなんて変な子ねえ」
僕はたまらずに、居間から逃げ出した。
姉さんがたとえどんな人間になったって、僕はずっと傍にいる。ずっと守ってみせる。
そう決意したとは言っても、正直言ってきついものがある。
僕もただの小学生だ。家族や親族の相次ぐ死と、姉さんの異常とを同時にまともに受け止めれるほど強くなんかない。
おかげで中島を探すという当初の目的は、全然進んでいない。今は外に出る気力すら無いのだ。
「お兄ちゃん、顔色悪いわよ」
子供部屋に戻ると、ワカメが僕の顔を見るなりそう言った。
そういうワカメだってずいぶんとやつれたように見える。
「そりゃまあね……うちも随分と寂しくなったもんだよなあ」
「うん……そうよね。タラちゃんもタマもいなくなっちゃったし、ノリスケおじさんも……」
ワカメはそこで言葉を切ると、自分の席に座って僕に背を向けた。なので僕もそれ以上は話しかけないことにした。今は誰としゃべるのも少し辛い。
「ねえ、お兄ちゃん」
僕に背を向けたまま、ワカメが徐に口を開いた。
「もし、もしもの話よ?」
「なんだよワカメ?」
「もし……私が、人を殺したらどうする?」
ああ、もう。
なんでそんなバカなことを聞くんだ、この妹は。
「ワカメ」
そんなことを聞かれたら、こう答えるしかないじゃないか。
「例えワカメが人殺しをしようが、どんな悪いことをしようが、僕はずっとワカメの味方だから。
僕は磯野家の長男なんだから、ずっとみんなの味方になるんだ」
守るって決めたんだ。
姉さんも、ワカメも、母さんやマスオ兄さん、それに中島も。
そして、父さんも。
たとえ世間が誰も許さなくたって、僕がみんなを許して守るんだ。
「……そっか。ありがとう、お兄ちゃん」
「家族なんだから当然じゃないか」
僕は照れくさしにあくびをした。
ワカメの声が震えてたように聞えたけど、気のせいだよな。
【六日目・午前3】
【磯野家】
【フグ田サザエ】
状態:健康
装備:支給品一式
武装:不明
思考:……
【磯野カツオ】
状態:健康
装備:支給品一式
武装:不明
思考:
1・中島、西原、花沢、ハヤカワの捜索
2・中島の目を覚ませる
3・絶対に殺し合いを終わらせる
【磯野ワカメ】
状態:健康
装備:支給品一式
武装:ワイヤー、文化包丁
思考:
1・家族以外の人間を皆殺しにする
2・目撃者をどうにか始末する
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