伊佐坂難物のため息
「私と主人が、結婚二十年目に記念に行ったお店の名前は?」
「お父さんが、中学校の入学式の日に私に買ってくれたものは?」
昨晩の帰宅直後から、わずかな睡眠の時間を挟んで延々と続く妻と娘からの質問。
少女の姿となった伊佐坂難物は、その問いに淀みなく矢継ぎ早に答えていく。
そのため、最初は全く信じていなかった二人も、目の前の少女が伊佐坂難物であるということを認めざるを得なくなりつつあった。
「ここまで正確に答えられるってことは、やっぱり本当にお父さんなの?」
「最初からそう言っているだろうに」
「喋り方はクセはあの人そのものだし……ああやだやだ、ただでさえひどいことが起こっている最中にこんなことが起きるなんて」
オカルは顔を手で覆ってふらふらと立ち上がった。
「少し寝させてもらいます。そうしないと頭がもたないわ」
幽鬼のような足取りで部屋に引っ込んでいくオカルの背中に、さて何と声をかけたものかと思っていると、ウキエが
「お父さん、コーヒーでも飲む?」
と尋ねた。
「いや、今はいい」
「そう。あと、もうお酒はダメよ。中身はお父さんに違いないとしても、体は子供なんだから」
「やれやれ、また十年かそこら待たないといけないというわけか。それにしても甚六は何をしとるんだ、いつまでも部屋に引きこもって」
「精神的に参ってるんじゃないかしら。状況が状況なんだもの、ムリもないわよ。
あとで朝ごはんを部屋に持っていくから心配しないで」
そういい残すと、彼女も自分の部屋へと戻っていった。
二人とも、かなり動揺はしているがなんとか事実を受け入れたみたいだ。難物はそれだけでずいぶん救われた気がした。
甚六も心配だが、精神的に参っているのなら今の自分が顔を見せるのは得策では無いだろう。
庭を見てみると、殺し合いが始まって以来ずっと変わらない、気持ちのいい快晴だった。
窓に映る自分の姿を見ながら考える。どうしてこんなことになったのか。
あの時、自分は確かに死んだと確信した。ビール瓶で頭を砕かれる感触を今でも思い出すことができる。
ならば自分は今、死後の世界で夢を見ているのだろうか? そのほうがいくらかマシかもしれない。
庭ではハチが寝ころがっていた。難物が庭に下りると、ハチは起き上がって難物の足元にまとわりついてきた。
「そうか、お前は私のことをわかってくれるか」
難物はしゃがんでハチの頭を撫でた。小さかったハチが、この体だとずいぶん大きく感じられる。
その時、突如ハチの様子が、外敵を警戒するそれに変わった。
ハチがうなり声を上げてにらみつける先を見ると、
「伊佐坂さんですね?」
見知らぬ少女が立っていた。
「いや、そんな姿でもあなたは伊佐坂難物さんのはずだ」
驚愕のあまり二の句が告げない難物の変わりに、少女は難物の知りたいことを口にした。
「まずは自己紹介からいきましょうか。私は、このお隣の家のカツオくんとワカメちゃんも通う学校の校長です。
そして見ての通り、この殺し合いの中で自分の体を失った、あなたの同類です」
【六日目 午前10時】
【伊佐坂家】
【伊佐坂難物】
状態:健康 体は10歳の少女のもの
装備:支給品一式
武装:不明
思考:
基本・ノリスケの仇を討つために波平を倒す(殺し合いには乗らない)
1・校長に若干の警戒心
【伊佐坂オカル】
状態:健康
装備:支給品一式
武装:不明
思考:
1・ちょっとパニック
【伊佐坂ウキエ】
状態:健康
装備:支給品一式
武装:不明
思考:
1・ちょっとパニック
【ハチ】
状態:健康
装備:支給品一式
武装:不明
思考:基本・自分の家族を守る
1:不明
【校長】 (名簿外)
状態:健康 体は十歳の少女のもの
装備:支給品一式
武装:不明
思考:基本・元の体に戻る
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