棟梁の最高傑作
「本当に、もう行くと言うんですね?」
「ああ。世話になったな」
朝日の差し込む病院の中。麻雀医師の問いかけに、警官は力強くうなずいた。
「本当だったら、あと一週間は入院していただくところなんですけどね」
「そうもいかない。こうしている間にも次々に市民が命を落としているのだからな」
腕にはギプスを嵌めたままで、松葉杖が無ければ歩くこともままならない。
それでも警官はこれ以上立ち止まることを拒否した。
「先生、私からもお礼を言います。ありがとうございました」
警官の荷物を変わりに持った泥棒が頭を下げる。
「あなたの荷物は本当にここにおいていていいのですか? 私としては全くかまいませんが」
「ええ、あっしはおまわりさんの分の荷物を持つだけで精一杯ですし。ここにもちょくちょく戻ってこさせてもらいますんで、
残りの荷物はその時にでも」
「左様ですか。では、是非またお互い無事のままお会いしましょう」
「へい」
「無論ですとも」
三人は互いの顔を見てうなずきあった。
「その時には、今度こそ麻雀にお付き合いいただきたいですな」
「いやあ、あっしは盗みも賭け事も苦手で……」
別れを惜しみながらそんなことを話していると、不意に麻雀医師が診察室のほうを振り向いた。
「今、何か物音がしたような……」
「そうですかい? あっしには何も……」
警官も何も聞こえなかったらしく、首を捻っている。
「まあ私の気のせいかもしれません。それでは、どうかお元気で」
「へい、先生も」
名残を惜しみつつも、警官と泥棒は病院を後にした。
松葉杖を片手で使ってどうにか歩きながら、警官がつぶやくように言った。
「案外と信用できそうな男だな」
「あのお医者さんがですかい?」
「いや、お前だよ」
泥棒は驚いて思わず歩調を緩めた。
「お前は本官が寝ていてあの医師も留守にしている好きに、本官の荷物を持ち逃げすることだってできたはずだ。
いや、本官と医師を殺して全てを奪って逃げることだって……」
「そ、そんなおっかねえ真似があっしにできるもんですか!? 滅相もない!?」
本気で怯えた顔をする泥棒を見て、思わず警官は噴出してしまう。こんなヤツでもこの町では一番の悪人なのだと思うとおかしい。
もちろん、この殺し合いの主催者を除けばの話だが。
「お前は昔からそんな奴だったよ。何度もわざわざ同じ家に入って捕まったり、そのくせ人だけは傷つけない。
けしからん奴なんだか殊勝と言うべきなんだか……」
「へへ、これだけお巡りさんへの心証が良かったら情状酌量の期待も……あっ!!」
「どうした、何か忘れ物か?」
「お巡りさんの拳銃っすよ!! うっかりあっしの荷物と一緒にしていたせいで、持ってくるのを忘れちまいました。
物が物ですから早く取りに……」
次の瞬間。
爆音と地響きに腰を抜かした二人が急ぎ振り向いてみると、さっきまで自分たちがいた病院が一体の巨大なロボットの手によって完全に崩壊させられていた。
「うん、なかなかいい調子だ!! 三日で造ったにしては上出来だろう」
二階建ての建物ほどある巨大なロボットの操縦席に座るのは、このロボットの設計・製作者、大工の棟梁。
長年家の建築に携わり、木材の性質の全てを知り尽くしていた棟梁にとっては、木材で巨大ロボットを作ることなど造作もないことだった。
材料の木材は花沢不動産に調達してもらった。
その見返りとして花沢不動産側から求められたのは、この町内にあり、花沢不動産が取り扱う家以外で棟梁が建築に携わった家の設計図の提出。
花沢家はそれを利用してあくどいことをしようとしているようだったが、棟梁の興味の及ぶところでは無かった。
「さあ、ジミー。このロボットを使ってお前を守ってやるからな!!」
棟梁の威勢のいい声に合わせるように、ロボットは二本の腕を振り上げ、最後の仕上げとばかりに両の拳で病院を叩き潰した。
「よし、強度も問題ねえな。じゃあ次はスーパーでも潰すか」
民家は出来るだけ壊さないでくれと花沢不動産側には言われているが、棟梁が標的に考えているのは病院や店などの公共施設だ。
それらの場所が機能しなくなれば住人全員に致命的な影響が出るため、ゲームに乗っている人間の間でもこれらの場所を攻撃するのは
避けるというような不文律めいたものがあった。
しかし、独自の物資調達ルートを持つ花沢不動産がバックについているとなれば話は別だ。
自分は物資の不足などに怯えることなく破壊活動を行うことができる。
だが、足からジェットを出して飛行体制に入ろうとした棟梁の胸に激しい痛みが走った。
それにわずかに遅れて聞こえる破裂音のような音。
狙撃されたのだ、と気付いたのと、操縦桿から指が離れて操縦席の床に頭を叩きつけるのとは同時だった。
(ジ……ミー……)
最愛の弟子の名を思いながら、棟梁は自分の建てた家が並ぶ町の中で事切れた。
「いたたたた……」
地面にうずくまって手首を押さえるのはホリカワ。
その傍らには一丁の拳銃。
小学生の腕力では持ち上げるのもやっとで、撃ってみたら反動で手首が壊れるかと思った。
実際にひびくらいは入っているのかもしれない。
そんな状態で撃った一発が棟梁の胸を貫いたのは、まさに偶然の産物だとしか言いようが無い。
「いてて……そ、そうだ!! ボクはツイてるんだ!!」
たまたま忍び込んだ病院で拳銃を手に入れ、病院から逃げ出したその直後に今度はロボットを手に入れるとは、なんという幸運だろう。
例え手首を壊していようが十分におつりが来る。
「そうさ、このロボットもボクのものなんだ!! ボクはこれで必ずワカメちゃんを守ってみせる!!」
「先生!! 先生!!」
わずかな時間の間に瓦礫の山と化してしまった病院の跡地で、必死に医師を探す泥棒。
その傍らで、警官はギプスのせいで瓦礫をどかせることもできずに、松葉杖を放り出して呆然と座り込んでいた。
(あの時、あの物音に本官も気付いていれば……本官も一緒に確認しにいっていれば……
本官がもう少しでも長く、ここに留まっていれば……)
医師を探す泥棒の声すら、警官には遠すぎて聞こえなかった。
【6日目 午前10時】
【麻雀医師の病院】
【警官】
状態:健康
装備:支給品一式、不明支給品
武装:警棒
思考:基本・あくまでも警官としての職務に従い、住人たちを守る
1・深い後悔
【泥棒】
状態:健康
装備:支給品一式
武装:不明
思考:
1・警官に従う
【ホリカワ】
状態:手首に損傷
装備:支給品一式
武装:ワイヤー、拳銃、巨大ロボット
思考:
1・ワカメを守る
【大工の棟梁 死亡確認】
【麻雀医師 死亡確認】(名簿外)
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