ムクドリ
殺し合いが始まってから、五回目の夕日が今まさに沈もうとしていた。
カツオは一人街角の空き地で自分の長い長い影を見ながら佇んでいた。
今日は一日中桜井マホの行方を捜していたが、何の手がかりも得られず、途方に暮れていた時に町内の掲示板が目に入った。
そこには町内有志によって調べられた町内の死亡確認者の一覧が張り出されており、その中には桜井の名前も記されていた。
散々走り回って疲弊していたカツオはそれを見て一気に全身の力が抜けた。
気がつくとここに来ていた。
かつて中島や橋本、西原らと一緒に草野球やサッカーを楽しんだ空き地。しかし今は誰も寄り付かないさびしい場所になり果てた。
(父さん……僕たちはそんなに、悪いことをしたのかなあ……)
橋本、カオリ、ノリスケおじさん、タラちゃん、タマたちはみんな命を落とし。
中島は殺人に走り。
そして―――
「あらカツオ、こんなところにいたの?」
カツオの姿を見つけたサザエは無遠慮に歩み寄る。
「どこ行ってたのよ、もう夕飯の時間よ」
聞き分けのない弟を諭すいつもの口調で、カツオを連れ帰ろうとする。
「姉さん、まだ目が覚めないの?」
「あら何よカツオ、そんな元気の無い顔をして珍しいわねえ」
サザエはそれだけ行って、買い物籠を手にさっさと帰ろうとする。
「姉さんわかってる? 家に帰ったってもうタラちゃんはいないんだよ?」
「何言ってるのよ、タラちゃんならさっきお昼寝してたわよ」
いつもはカツオの風刺めいた言い草にムキになって怒るサザエは、淡々と振り返りもせずにそう言った。
愉快で明るい姉の姿はそこには無く、ただ息子の死も殺し合いも無かったという幻想だけを見続ける弱い人間がそこにいるだけだった。
「どうしたのよカツオ、なんか様子が変よ?」
「……父さんって酷いよね。僕の大切なもの、全部、奪っていったんだ」
カツオは顔を上げて、サザエのあとを追って歩き始める。
口うるさく、目ざとく、でもどこか抜けていて、調子が良くて、誰とでもすぐに打ち解けて仲良くなる姉が大好きだった。
こんなのは僕の好きな姉じゃない。
だったら、一層のこと―――
一時間ほど前に、ワカメから「これはお母さんからよ」と言って巾着袋を渡された。
中には包丁が入っていた。おそらくは護身用にと持たせてくれたものだろう。
カツオはその柄に手をかけた。
やめろよ。そんなことをしたらカオリちゃんや橋本やノリスケおじさんを殺した連中と同じになるんだぞ?
中島を止める資格すらもなくなってしまうんだぞ?
いや……姉さんのことを考えたらこれこそが一番いい手なんじゃないか?
こんな状態で生きていても生きているなんていえやしない。
姉さんにとってもこうするのが一番いいんだ。
自分がサザエの背中に刃を立てる場面を想像する。
うまくできない。
いいや、余計なことは考えずにただ刺すことを考えろ。
しかし仮にも大人と子供、上手く行くのか?
いいや、やる。やるしかないんだ……
「あら見てカツオ、電線のところにムクドリがとまってるわよ」
「え?」
顔を上げてみると、確かに三羽のムクドリがとまっていた。
大きなムクドリが一羽と、小さなムクドリが二羽だ。まるで家族のように、寄り添うようにとまっている。
「ねえカツオ、知ってた? ムクドリって、生まれたヒナが自分よりも後で生まれたヒナの子育てを親鳥と一緒になって手伝うんだって。
まるで私たちみたいね」
やがてムクドリが羽ばたいた。小さな二羽のムクドリは、大きなムクドリの後を懸命に追いかけていく。
「先に生まれたヒナは、自分の弟や妹たちにエサをあげたり毛づくろいをしてあげたりして大変なのよ。
私だってカツオとワカメの世話は大変だったんだから、もっと感謝しなさいよね」
そう言ってサザエは得意顔で胸を張った。
「なんだよ、そんなの……どうせ、テレビか何かで見て……覚えただけなんじゃ……」
「あら、どうしたのよカツオ? 急に泣き出すなんて変な子ねえ」
怪訝な顔をするサザエの前で、カツオはひたすらに嗚咽を上げながら、零れ落ちる涙を拭い続けた。
【5日目・午後六時】
【空き地】
【フグ田サザエ】
状態:健康
装備:支給品一式
武装:不明
思考:……
【磯野カツオ】
状態:健康
装備:支給品一式
武装:不明
思考:
1・タラオ、ノリスケ、中島、西原、花沢、ハヤカワの捜索
2・中島の目を覚ませる
3・絶対に殺し合いを終わらせる
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