波平よりもがんこ亭
「どうした、いい若者が昼間から道端で」
ダレ?
ダレがボクを呼んでいるの?
「なんだ、怪我しているのか」
ダレでもイイから、もうボクにかまわないで。
ボクなんかほおっておいて。
「仕方ないな。ちょっとガマンしてもらうぞ」
ナニ? なんでボクのからだをひろいあげるの?
なんでボクにやさしくするの?
ボクなんかもうほうっておいて。
ボクはもうダレもいらない。ダレもしんじない。
トモダチなんていらない。しんじたってボクにはなにもいいことなんかおこらない。
ボクにやさしくしてくれたヒトは、みんないなくなってしまう。
だからボクはもうなにもいらない。
なにも、イラナイのに……
気がつくと、ボクは知らない家の中にいた。
タラちゃんの家とはずいぶん違う、机や椅子がたくさんあって台所がやけに大きい変な家だ。
結局また死ねなかったんだな、と思うと一気に力が抜けた。
どうしてボクは人間として生まれなかったんだろう。
こんな頑丈な機械の体なんかいらない。人間なら、ごはんを食べないでいるだけで死ぬことができる。
ボクはもう生きたくなんか無い。
「気がついたか」
大きな台所の向こう側から、知らないおじさんが出てきた。
白い服を着て、頭には大きな白い帽子を被っている。前にタラチャンの絵本で見た、コックさんという仕事のヒトに似ていた。
「俺の腕だと治せるのはそこまでだ。悪く思わでくれ」
そう言われて初めて、両腕とボディの痛みが無くなっているのに気付いた。
おそるおそる見てみると、深くて長い亀裂も含めて全ての傷が、一目見てそれとわからない程度に修復されていた。
ボクは絶望した。
「どうして……?」
どうしてボクを治したりなんかしたんだ。
ボクは少しでも早く死にたいのに。
ボクは、タラちゃんのところに行きたいのに。
みんなみんな、なんで今更になってボクにやさしくするんだ。
売れ残りそうになっていたボクを買ってくれた波平さんはボクからすぐに興味を失い、それどころかこんな殺し合いなんかを始めてボクからタラちゃんを奪っていった。
ボクの初めてのトモダチになってくれたタラちゃんは、家族から裏切られて命を落とした。
そして、ボクを拾ってくれたあの男のヒトも……
「別に、ただ怪我をしているものを放っておけなかっただけだ。別にお前を特段助けたかったわけではない。勘違いするな」
コックさんはなんだか怒ったような顔でそう言った。
そんなの言い方するくらいなら、ボクなんか助けないで欲しかったのに……
「まだ疲れているようだな。店の奥で休むといい」
コックさんはボクの様子を見てどう思ったのか、そんなことを言ってボクを連れて行った。
夕日が町を照らす中、いまや電車が発着することの無くなった駅の前の大通りを、壮年くらいの男と小学生くらいの少女が並んで歩いていた。
遠目には親子か親戚同士にも見えなくは無いが、仔細に見ればその様子が普通では無いことに気付く。
「ね、ねえヒロコちゃん、やっぱりこんなことはよそうよ……」
スーツ姿の、恐竜のパキケファロサウルスに似た風貌の男が隣を歩く少女にそうささやきかけると、少女のほうは男の手の甲をつねる。
「何今更弱気なこと言ってんの? あんたみたいな地味な男が生き残るには、私たちの指示を黙って聞いておくのが一番なのよ」
「イテテ、そ、そりゃあそうかもしれないけど……」
「ふん、果たしてそれがあんたの本心かしら?」
ヒロコと呼ばれた少女はそう言って、挑発するようにシャツの胸元を広げた。
肝心なものが見えそうで見えないその胸元に、パキケファロサウルス似の男、岡島は思わず足を止めて見入った。
「なによ、どこをジロジロ見ているの?」
「え、い、いや、そりゃあ……」
慌てて取り繕うとする岡島の手を強引に取って、
「あんたは胸よりも、むしろこっちに触りたいんじゃないの?」
そう言って自分の尻に触らせた。
「う、うひ……」
ヘタレな下衆みたいな声をあげて、その感触をなるべく長く詳しく楽しもうと手を動かす岡島。
「ダメよ、今日はここまで」
少女はその手をはたいて、のろのろと歩く岡島を急き立てた。
(花沢さんのおじさんの言うとおりだ。本当にこうすれば何でもいうことを聞くし、僕が男の子だってことにすら気付かない)
目深に被った帽子の下で、少女、いや少年――中島ひろしはあまりにあっけなく事が進むので拍子抜けするような気分だった。
花沢花之丞から彼が課された役目は、女装して岡島を誘惑し、表立って行動させること。
花之丞が町内に張り巡らされているネットワークは、広範にして正確だ。
彼は磯野波平の同僚である岡島という男が、パキケファロサウルス似であることのみならず真性のロリコン、いやむしろペドであることもつきとめていた。
中島が女装して接近すれば必ず言いなりになる。そこで、実際に殺害する標的を選び、手を下すことは岡島にやってもらうというのが彼らの計画である。
もっとも、岡島の気の小ささを警戒し、まだ彼に殺人までやってもらうつもりだということまでは伝えていない。
あくまでも町内を偵察して欲しいとだけ言ってある。
(ま、この様子だと大丈夫そうだな。僕のことなら何でも聞くようになってるし、このおじさん)
中島はほくそ笑みながらも、虎視眈々と尻を撫でようと狙う岡島を目で牽制し続けた。
しばらく歩いていると、中島の尻ばかり見ていた岡島が
「おや?」
と声を上げて立ち止まった。そこはある飲食店の前だった。
「どうしたの、おじさん?」
「あ、いや、ここのお店って確か子供はお断りじゃなかったかなあって思ってね」
「そんなこと、どこにも書いてないじゃない」
「でも前は確かにそう書いてあったんだよ。そういえば、波平さんがここはすごくおいしいお店だって言ってたなあ」
岡島は腹をさすりながらそうつぶやく。
「何言ってんの、余計なことをしているヒマなんかないわよ」
「でももうお腹ペコペコだよ、ね、おじさんがごちそうしてあげるから、ね、ね?」
卑屈なイヌのように懇願して、中島の手を握ろうとする岡島。
「わかったわよ」
その手をはたいて、中島はしぶしぶ答えた。
「まあ、駅前の飲食店なら大勢の人が来るだろうし、情報の収集にはちょうどいいかもしれないわね」
店の中に入ってみると、晩御飯時だというのに他の客は誰もいなかった。
(本当においしいお店なの?)
そう目で聞く中島に、岡島は弱ったような笑みを浮かべるばかりだ。
あの波平と比べてなんて頼りの無い男なんだ、と中島は呆れた。
「注文は?」
厨房に立っていた店主らしい男が出てきた。どう見ても怒っているとしか見えない顔だ。
「あ、ええとその……」
一気に威勢を失って口ごもる岡島に代わって、
「カレーライス二つ」
と、店の前の看板を見ていた中島が即答した。
店主は返事もせずに厨房に引っ込んでいった。
「な、なんか知らないけど怖そうな人だねえ」
「でもああいう偏屈な人の料理のほうがおいしそうじゃない?」
席についた二人が話していると、厨房から
「店の中では帽子くらい脱いだらどうなんだ」
という声が聞こえてきた。
「あら……ふふふふ」
中島は笑いながら帽子を取り、厨房に向き直った。
「ごめんなさいね」
「なんだ、やけに嬉しそうな顔をしてるじゃないか」
「おじさん、私の知っている人に雰囲気が似ててちょっと面白かったんです」
中島の笑みに見入っていた岡島は、
「それって、誰のことだい?」
と尋ねた。
「私の友達のお父さんです」
「俺も知っている。磯野波平という男だろう」
厨房からまた声がした。
「おじさんも知り合いですか?」
「ああ」
そう一言言ったきり、もう彼は何も言わなかった。
中島も何も言わなかった。この店が「小学生以下お断り」の看板を外すきっかけを作ったのが波平であることなどは知る由も無かったが、なんとなくそうであるような気がした。
ただ岡島だけが、話についていけないような曖昧な顔をしていた。
「あ、あの、このお店って前は子供お断りでしたよね?」
間を持たせようと発した質問に答えが返ってきたのは三十秒ほど後だった。
「俺が嫌いなのは子供じゃない、店の中で騒ぐ子供をちゃんと叱れない親だ。
それと、自分の娘の体をじろじろ見たり、隙を見て触ろうとしたりする親も本当ならお断りだな」
岡島は肝を冷やし、中島は心の底から笑った。
【六日目・午後六時】
【駅前・がんこ亭店内】
【全自動卵割り機】
状態:破損(命に別状なし)
装備:なし(支給品焼失)
武装:なし
思考:
1・………
【中島】
状態:健康 女装
装備:支給品一式
武装:ナタ
思考:基本・カツオ以外を皆殺しにし、カツオを優勝させる
1:岡島を体で操って人殺しをさせる
【岡島さん】
状態:健康
装備:支給品一式
武装:不明
思考:中島タンハアハア
【がんこ亭店主】(名簿外)
状態:健康
装備:支給品一式
武装:不明
思考:基本・殺し合い中でも変わらず店を開ける
1:中島と岡島に料理を出す。べ、別にお客さんだから仕方なく作るだけなんだからね!!
2:全自動卵割り機を保護する。べ、別にただ怪我をしてるのに放っておけないだけなんだからね!!
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