花沢家の遠大な計画






ひとまず現在何よりも最も必要なものは戦える人間である、と花沢花之丞はコーヒーを飲みながら結論付けた。
現在の自陣営の中で、まがりなりにも体力があってまともに他の殺人者とやりあえるのは自分くらいだろう。
頼みの綱の裏のおじいちゃんはあの様子、中島は使い方によってあのおじいちゃんよりもよほど役に立ちそうだが正面きっての戦闘には向かず、
花子も他の小学生よりは強いだろうが大人相手では流石に分が悪い。
しばらくは自分ひとりで頑張らないとやむを得ないだろうが、そんなことをしていたらかなり早い段階で退場するハメになってしまうだろう。
早急に何か手を打たないといけない。
「せめて、あいつがもうちょっとでも役に立てば良かったんだがな……」
自宅を兼ねた不動産店の応接室で、いつもの席に座って考え事をしていると少しだけいつもの調子に戻る気がした。

その時、奥の自宅部分から一人の人物が現れた。現在中島でも花子でもない。
「あんた……」
見違えるほどにやつれた顔で現れたのは、花子の母、花乃丞にとっては妻であった。
「ああお前か、どうしたそんな顔をして」
「ねえ、お願いだから人殺しをするなんて馬鹿なことを言うのはやめておくれよ」
彼女は普段の快活さがウソのような怯えきった様子で夫に詰め寄った。
「またその話か。俺の気は変わらないと言ったろう」
「けどいくらこんな時だからって、そんなこと人間のすることじゃないわ!!」
「そんな甘いことを言っていると、いつか俺たちのほうが殺されることになるぞ」
彼の妻はまだ、自分の夫と娘がすでに人を殺しているのを知らない。
花子のクラスメートのカオリに直接毒を飲ませて殺害したのは花子だが、死体の処理は二人で行った。
殺人に半分加担したも同然の花乃丞にとっては、これ以上人を殺すことも覚悟の上だし怖くは無かった。一線をすでに越えたものの心は、そうでないものにはわからなかった。
「けど、だったら身を守るのに徹したっていいじゃないかい。何もわざわざこっちからしかける真似をしなくたって……」
「何回も言ってるだろう、全ては花子の将来のためだって」

花乃丞が殺し合いに乗ることを決めた理由は、自分たちの命というよりも財産を守るためであった。それも不動産屋という立場を十分に生かしてである。
彼らの計画はこうである。
まずある家の住人を殺害する。そしてその後、住人が死んで空き家になったその家を売りもしくは貸しに出すのだ。
殺し合いが始まって以来、いつ自分たちが殺されるかとビクビクしている者など何人もいる。
そういう連中に安全な場所にある『隠れ家』を提供してやれば、多少ふっかけてでも金を回収できるだろう。
そうやってこの殺し合いの中で右から左に不動産を転がすことによって利益を得る、というのが彼らの目的である。
そして中島や花子にとってはともかく、花乃丞にとってはそれはひとえに花子のためであった。
こんな悪夢からなんとか無事に生還できたとして、その後は果たしてどうなる?
状況が状況だけに、全てが暴かれたとしても法的に罪に問われるとは考えにくい。問題はむしろ経済的なことである。
殺し合いが終わった時点で果たしてどれだけの財産が手元に残っている? 以前の仕事を何事も無かったかのように続けることなどできるのか?
あまりにも現時点ではわからないことだらけで、将来ある花子のことを考えると眩暈がした。
そこで思いついたのが、『殺し合いという状況を利用して財産を増やす』ということである。
そして街の不動産屋という立場は、その目的にはまさに最適なように思えた。


「全てはこれが終わった後に、花子が苦労しないようにだなあ……」
「それは……でも……でも!!」
彼の妻は顔に苦悩を滲ませる。彼女だって無論娘の将来が心配でないわけはない。
「でも、そんな、自分の子供一人のために大勢の人の命を……」
まだ一線を越えていない彼女には、その結論は到底容認できるものでは無かった。
「……これじゃあいかんな。コーヒーでも飲んで、落ち着こうや」
花乃丞はそう言って席を立った。
「……自分で淹れれるわ」
「いいから座ってろ、俺がやる」
花乃丞が台所に向かうと、彼の妻は応接室のソファに倒れるように座り込んだ。
どうしてこうなってしまったんだろう。こんなことにならなければ、家族三人で呑気な生活を続けられたはずなのに……

「ほら、これでも飲んで落ち着けよ」
そう言って差し出されたコーヒーを見ても、彼女にはそれが自分に安らぎを与えてくれるものには見えなかった。
だが、それを差し出した時の夫の瞳を覗き込んだ時――そこに、仕事一筋ながらも家族を気遣う彼の普段の素顔の残滓が確かに見えた気がした。
ずっと、もう何年も自分を見つめていてくれた優しいまなざし――
それに気付き、彼女はあまりにも変わった生活の中でわずかな変わらなかったものを感じ、ここ数日では一番幸福な思いでコーヒーを口に入れた。


実際花乃丞の家族への思いはいささかも変わっていなかったし、彼の妻も幸福だった。
夫や娘が、自分以外の人を実際に殺すところを目にする前に退場できたのだから。
毒を飲んで事切れた妻を前にして、花乃丞は涙を押しとどめた。
ここで泣いてはいけない。少しでも下を見ようものなら立ち止まってしまう。
自分だっておそらくはこの殺し合いの中で死ぬ。その前に、少しでも花子のために不動産を売らないといけないのだ。

それでも――妻の死体を埋めに行く前に、そっとその体に寄り添うくらいは許されるだろう。そう思った。
(次に生まれ変わったら、またお前と出会って、お前と恋をして、お前と生きていこう。
だから、この人生ではもう、これから先はお前のことは思い出さない――)



【6日目 午後1時】
【花沢不動産】

【花沢花之丞】
状態:健康
装備:支給品一式
武装:毒薬
思考:
1・ 殺し合いの中で不動産を売りさばいて利益を上げる
2・花子の命は最優先で守る

【花沢の母  死亡確認】(名簿外)
残り33人




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