君の知らない物語
昨夜もハヤカワとともに夜を過ごした。
ハヤカワは家に閉じこもったまま外出しようとしない。クラスメートや他の教師たちは彼女はもう死んだものとして扱っている。ハヤカワの両親の姿はまだ見ていない。今頃半狂乱で娘の行方を捜しているのだろうか。
ベッドの中でシーツに包まって眠る、一人の女子生徒の顔を見る。まだ女と呼ぶには幼すぎるが、ただの生徒と呼ぶことはもう出来ない。
いつお互いのどちらかが死んでもおかしくないという状況の中で、先生とハヤカワは一分一秒を惜しむかのようにお互いのために生きていた。
先生は安らかに眠るハヤカワの顔を見つめてため息を漏らす。
もう、これを教師としての堕落だなどと思うのはやめよう。私は彼女を確かに愛している。
それを偽るのはおそらく間違ったことだ。
そう繰り返し心の中でつぶやきながら、先生は自分のクラスの出席簿を広げる。
そこに記された生徒の名前の多くには斜線が引かれていた。すでに命を落としたことが確実視される生徒である。
まだ死亡は確認されていないが、行方の知れない生徒も多い。特に先生にとって気がかりだったのは、クラス一番の仲良しグループの生徒が揃って姿をくらましていることだった。
磯野カツオ、花沢花子、中島ひろし、西原。ハヤカワと特に親しい友人たちでもある。
みんな小学生ながら一筋縄ではいかない連中ばかりで、特に磯野や花沢などはそう簡単に命を落とすとも思えなかったが、ここ数日の一向に好転しない状況を見るからにいつまでそんなことを言っていられるかわからなかった。
先生はため息とともに出席簿を置く。いつまでも考えていたって何にもならない。幸い今日は休校日。今からでも生徒たちを探しに行こう。
立ち上がった先生の背後から声がかかる。
「先生……どこに、いくんですか?」
先生は彼女を振り向く。が、正直に答える気には何故かなれなかった。
「少し買い物に行ってくる。なに、すぐに戻るさ」
この狭い街で、くまなく探して一人もみつからないということはあるまい。
そう思って外に出た先生だったが、その見通しはわずか数十分ほどで的中した。
道の先に、見覚えのある服装をした、見覚えのある髪型をした少年がいた。
「橋本!!」
その少年の名前を呼び、すぐさま走り寄ろうとする。
しかし、突如思い出したある事実が先生の足を止めた。
橋本は確か、すでに死んだのでは無かったか?
戸惑う先生の目の前でゆっくり振り向いたのは、はやり橋本の服を着て、橋本と同じ髪型をした―――西原だった。
「西原……か? 無事だったのか?」
「ああ、誰かと思えば先生じゃないですか。脅かさないでくださいよー」
西原は普段の彼にしては幾分軽薄な口調で―――まるで、橋本のような口調で言った。
「西原、その……その格好は一体……」
「やだなあ、何をおっしゃってるんですか先生? 俺は西原じゃなくて、橋本ですよ?」
それは先生にとっては、「実は俺、人を殺したんです」というセリフと同じくらい背筋の凍るものに思えた。
「西原……何を、言ってる?」
「先生こそ何を言ってんですか? 俺は橋本ですよ。西原は―――俺が間違えて、殺しちゃったんです。だから俺はあいつの分まで頑張らないと」
そう言って西原は、橋本のものである服を着て、橋本に似せた髪型の下にある顔の表情を、橋本にそっくりな笑顔に変えた。
類推するには十分だった。自分の二人の生徒の間に何があったのかを。
一人は命を落とし、もう一人は誤って親友を殺してしまった。そして……
「先生、もう行きますね。俺は先生は出来ればまだ殺したくないんで……出来るだけ俺の前に現れないでください。それじゃあ」
そして彼は踵を返して去っていった。
先生は呆然とその背中を見送るしかなかった。何も言うことはできない。自分にはもはや、何も言う資格はない。
一人の生徒の心があそこまで壊れていくのを止めることもできず、ベッドの中で別の生徒と抱き合って過ごしていた自分には……
先生は自身の教育者としての敗北を知った。
救えなかった。命を失った生徒も、殺し合いの中で心を奪われた生徒も。
【6日目 午前9時】
【先生の家の前】
【西原】
状態:健康
装備:支給品一式、橋本の服
武装:小型爆弾×4
思考:基本・カツオ、中島を生き残らせるために他の参加者を殺す
※錯乱の末、自分のことを橋本だと思い込んでいます
【先生】
状態:健康
装備:支給品一式
武装:不明
思考:
基本・ハヤカワを守る
1・愕然
【ハヤカワ】
状態:健康
装備:支給品一式
武装:不明
思考:
1・先生とずっと一緒にいる
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