まだ見ちゃいけない
磯野波平を主催者とする「殺し合い」が開催されている街の周囲は、日本中から召集された警官隊によって完全に包囲されている。
二重三重のバリケードが張られているだけではなく一定の間隔をもって警官が常時経っているため、人間はもちろん犬や猫でも街の外に出るのは不可能だ。
そしてレーザーを搭載した静止衛星が街のを上空から監視しているため、空中からの脱出も不可能である。
そしてもちろん、街の外から中に入ることも絶対に不可能。
街境に住んでいる住人は強制的に移住させられ、一帯は「高濃度の有害物質が検出された」という名目で一般人は立ち入り禁止になっている。
立ち入り禁止を知らせる看板の前で、一人の老人が深々とため息を付いていた。
旅行の途中なのか、両手には重い荷物を持ち、やや古そうなスーツを着ている。
老人は看板を忌々しそうな顔で睨んでいたが、やがて諦めたようにとぼとぼと歩き出した。
「磯野さん!!」
かすかに聞き覚えのある声を聞いて振り向くと、そこにいたのは着物姿でそれなりに恰幅のいい初老の女性だった。
さて、誰だったかと思い出そうとしていると先のその女性のほうが関西弁訛りで喋り始めた。
「ご無沙汰しております。どこからも立ち入り禁止だなんていうものだから途方に暮れてしまって……
突然マスオとも磯野さんたちともちっとも連絡がとれなくなって、もう直接たずねてみるしかないと思って来てみたんですけど、
磯野さんたちもやっぱり立ち退きするハメになったんですか?」
そこまで聞いて、老人はようやく話が見えた。
「ああすみません、失礼ながら私は磯野波平では無く、双子の兄の海平といいまして……」
海平とマスオの母親は近くの喫茶店に入って話をした。
と言っても、二人の知りえていた情報にはたいした差は無く、二人の曇った気分を晴らす役には立たなかった。
突然連絡が取れなくなった磯野家の面々。心配になって訪れようとしたら、彼らの住んでいた町は全面立ち入り禁止。
現場にいた警官や役所に住人の行方を聞いても要領を得ないし(教えてくれないというよりは、まるで彼らも知らないかのような印象を受けた)、
一つの街を封鎖するような自体でありながら、新聞やテレビで一向に報道されていないことも不可思議だ。
「仕方が無いので私、昨日は『ネットカフェ』だとかいうところに行って、インターネットのニュースサイトを調べてみたんですよ。
あ、こう見えましてもパソコンはそれなりに使えまして」
マスオの母は流石は関西人らしく口数が多かったが、表情と口調からマスオたちのことをとにかく心配していることがわかった。
「だけど収穫はゼロでした。ニュースサイト以外でいくつかこの街のことに触れているところもあったんですけど、突拍子も無い話ばかりで……
隕石が落下しただの、放射能漏れ事故が起こっただので政府が情報を隠蔽しているだとか」
「まさか!! あの街には原発なんかありませんよ」
「ええ、まあインターネットで得られる情報なんていい加減なものばかりですからね。だけど、少し気になるような話もいくつかあったんです」
そこでマスオの母は一旦言葉を切った。こんなことを話していいのかどうか気にしているのだろう。
「と、言いますと?」
海平が促すと、ためらいがちに話し始めた。
「例えば、このあたりで大臣だとか、偉い政治家の姿を何人も見ただとか」
「まさか、そんなことは」
「携帯で取られた写真が『証拠』としてアップされていたんですよ。すぐに削除されてしまいましたけど」
海平は腕組みをしてうなった。『アップ』だとか『削除』だとかいう言葉の意味は正確にはわからなかったが、なんとなく内容は理解できた。
それが本当なら、確かに政府による隠蔽を疑ってもいいような話だ。
「それに、あの、最近はなんとかアースとかいうやつで、人工衛星が撮った写真で上空からの街の様子が見れるやつがあるじゃないですか?」
「ええ、私もちょっと新聞で読んだことはありますが」
「あれでも、マスオたちのいる町の写真は現在見れないようになっているんです。だけど、その、これはあくまで噂なんですけど……
その写真をどうにかして見たっていう人の話だと、……人が死んでいたそうなんです。それも何人も」
海平は息を呑んだ。
そんな噂を信用するのは愚かなことだが、もし、万が一、それが何らかの事実をわずかでも含んでいるとしたら……
「磯野さん……」
マスオの母は言った。
「私はまだしばらくこの辺りに滞在して、マスオたちの行方の手がかりを探して見ます。
あの子たちの元気な顔を見るまでは帰りません」
「……私も、もとよりそのつもりでいました。せめて無事でいることを確かめなければ」
彼らが、街の中では本当に殺し合いが行われていて、その主催者が海平の弟である波平で、マスオは家族を守るために殺し合いに積極的に加担している、
という事実を知るのはもう少しあとのことだ。
そしてそのことは、彼らの間にちょっとした悲劇を生むことになる。
しかしこの時の彼らには、そんなことを知る由も無かった。
【五日目 午後3時】
【会場外】
【磯野海平】
状態:健康
装備:なし
武装:なし
思考:
1・波平たちの行方を捜す
※殺し合いに参加していません
【マスオの母】
状態:健康
装備:なし
武装:なし
思考:
1・波平たちの行方を捜す
※殺し合いに参加していません
前話
目次
次話