あなたが、いない
放送が終わった後も、俺は呆然としたままだった。
覚悟していたこととは言え、知っていた名前が何人も呼ばれてしまった。
しかしせめてもの救いは、まだマスオくんの名前が呼ばれていないことだ。
もっとも、最愛の息子を亡くして、意気消沈しているには違いないが……
俺は寝床にしている小学校の宿直室の畳の上に寝転がっている。
街境が封鎖され、家に帰れなくなった俺を匿ってくれたここの用務員さんは、二日前から帰ってこなくなった。
ここには用務員さんが買い溜めたカップ麺やら何やらが沢山あったしトイレとシャワー室もあったので、
この五日間というものほとんど一歩も外に出ることも無く生き延びられた。
しかし、外では殺し合いとやらが想像以上に進行しているようだ。
食料もいい加減底を尽きかけている。そろそろ俺もこの宿直室を出ていかないといけないだろう。
出張った腹をさすりながら寝返りを打ち、俺は考えた。
正直言って、俺はそこまで生き残りたいとは思えない。
こんな妙なことが起きなければ、どうせ俺は毎日毎日満員電車で会社に通い、クタクタになるまで働き、
そして家では女房の尻に敷かれるだけの生活だったのだ。
単調で平凡で、そして何の楽しみも無いそんな人生などいつ打ち切られたって文句は無い。
俺をこの世に繋ぎとめているのは、ある二人の人間への未練だ。
一人は俺の妻。そしてもう一人は親友。
このままあっさりとやられるのも癪だし、この際どうせならあいつらが生き残れる可能性を少しでも上げてやるのもいいかもしれない。
それはつまり、他の参加者を殺すということなのだが、不思議と殺人を決意すること自体に抵抗はあまり無かった。
今まで会社や家庭で感じていた鬱憤を晴らすいい機会だと思ったから、かもしれない。
さて、だとするとどちらを助けようか? 最終的に生き残れるのは一人だけなのだ。
男ならば自分の妻を選ぶのが当然かもしれない。
しかし、俺の脳裏に去来するのはマスオくんとの楽しかった思い出ばかりだった。
一緒に麻雀を打ったこと。一緒に飲みにいったこと。
彼の悩みや愚痴を聞いたこと。彼に悩みや愚痴を聞いてもらったこと。
その一方で妻が俺にしたことと言えば、数え切れないほどの暴力や贅沢な要求くらい……
結局、俺が決意を固めるまでには一時間も必要なかった。
マスオくんを優勝させるために、他の奴らは全員殺す。
マスオくんの家族も――妻も。
【五日目 午後2時】
【かもめ第三小学校の宿直室】
【アナゴ】
状態:健康
装備:支給品一式
武装:不明
思考:
1・マスオ以外の参加者を皆殺しにする
あの人がいない。
あの人が私の所に帰ってこない。
どうして帰ってこないんだろう。
ああそうか、波平さんがこの街から出るのを禁止しちゃったから、家に帰れないんだっけ。
帰る家が無かったらそれは困るよね。
だから私は、適当に一軒の家に押し入って、そこの家族を全員殺してその家を私とあの人の家にした。
それでもあの人は帰ってこない。
私の所に帰ってこない。
この家が新しい家だってわからないんだろうか。
ううんそんなはずは無い、あの人は私がいる所ならどこだってわかるんだもん。
ああそうか、私がもっと綺麗なお洋服を着ればきっと私に会いに帰ってきてくれる。
だから私は服屋に押し入って、そこの店員を全員殺して綺麗な服を手に入れた。
それでもあの人は帰ってこない。
おいしいご飯を作ればきっと帰ってきてくれる。
だから私は肉屋の主人を殺して上等の肉を手に入れた。
それでもあの人は帰ってこない。
あの人が私の隣にいない。
いない、いない、いない、いない、いない、いない、いない、いない、いない、
いない、いない、いない、いない、いない、いない、いない、いない、いない、
いない、いない、いない、いない、いない、いない、いない、いない、いない、
ひょっとして……誰かに殺されちゃったの?
だとしたらそいつを私は許さない。
死ぬよりも辛い目に合わせてやる。
その時波平さんの放送がかかった。
死んだ人の名前の中に、あの人の名前は無かった。
よかった。あの人はまだ生きてる。
だけど、このままじゃ誰かに殺されちゃうかもしれない。
そんなの許さない。
誰かがあの人を殺す前に、私が他の人をみんな殺してやる。
だってそうしないと、あの人は私の隣に帰ってこない。
こない、こない、こない、こない、こない、こない、こない、こない、こない、こない、
こない、こない、こない、こない、こない、こない、こない、こない、こない、こない、
こない、こない、こない、こない、こない、こない、こない、こない、こない、こない、
こない、こない、こない、こない、こない、こない、こない、こない、こない、こない、
こない、こない、こない、こない、こない、こない、こない、こない、こない、こない、
だから私は家を出て、家の前を歩いていた男の人を殺した。
【五日目 午後2時】
【公園の近く】
【アナゴ婦人】
状態:健康
装備:支給品一式
武装:鉈
思考:
1・アナゴ以外の参加者を皆殺しにする
【肉屋の主人 死亡確認】(名簿外)
【魚屋の主人 死亡確認】(名簿外)
残り33人
前話
目次
次話