五日目の出来事
「お、おまわりさん……メシ、出来ましたよ」
泥棒が手料理を盆に載せて運んでくると、診察室のベッドの布団の中で横になっていた警官は身を起こした。
「どうも、世話になるな……いたたたた」
包帯を巻いた腹を押さえて顔をしかめる警官。
「あーあー、ダメですよ無理をしては!! まだまだ絶対安静なんスからね!!」
泥棒がそう言うと、警官は少し不服そうな顔をしたものの何も言い返さなかった。
自分の状態は、改めて言われなくてもよくわかっているのだろう。
「食事はそこにおいておいてくれ。あとで食べる」
「あい、わかりやした」
泥棒は言われたとおりに、彼の傍らに盆を置いた。
「それにしても、だ。まさかこんな形でお前に世話をかけることになるとは思わなかったな」
「そいつはあっしもですよ、お巡りさん。普段なら、あっしがお巡りさんにメシをもらう立場だったのに」
「ああ、なかなか素直に吐かないお前にカツ丼を食わせたりしてな……」
警官の顔に、不器用な笑みが広がった。
「……にしても、あの爺さんはどこでどうしてるんですかねえ」
「さあなあ……」
泥棒と警官は顔を見合わせると、どちらからともなく口を噤んでうつむいた。
ロードローラーに乗って街を破壊していた裏のお爺ちゃんを止めようと、警官と泥棒の二人が
そのロードローラーの前に立ちはだかったのは昨日のことだった。
しかし、徒手空拳でロードローラーになど勝てるわけも無く、彼らは一方的に逃げ回るしかなかった。
車も電柱も家もひき潰しながら突進してくるロードローラーに対して説得を試みても、運転手は全く意に介さない。
これがあの温厚な老人と同一人物なのかと、誰もが目を疑った。
逃げ回っているうちに、最近運動不足気味だった泥棒は足が縺れてきた。そしてついに転んでしまう。
ロードローラーは一切の躊躇無く、その鍵爪の矛先を彼に向けた。
「ひっ、ひいいいいいいいい!!」
顔を引きつらせて叫ぶ泥棒の体を咄嗟に担ぎ上げたのは警官である。
警官は彼の体を背負ってロードローラーから逃げようとしたが、ほんのわずかに間に合わなかった。
「お、お巡りさん、拳銃持ってるんでしょう!!」
泥棒が割れんばかりの声で叫ぶ。
「拳銃であの爺さんを撃ちましょうよ!! そうすれば……」
「そんなことはできん!!」
大変な剣幕でその提案を否定する。
「この拳銃は不逞な凶悪犯から市民を守るためのもの、あのような善良な市民を撃つためのものではない!!」
「ちょ、お巡りさん何を言って……」
言い終わる前に泥棒は警官によって地面の上に投げ飛ばされた。
驚いて痛みを堪えながら顔を上げた泥棒が見たのは、老人の運転するロードローラーに跳ね飛ばされる警官の姿だった。
「その後、裏のおじいちゃんの消息は?」
「へえ、あっしらが調べてる限りではまだなんとも……」
あれほどの破壊をしながら移動しているのなら目立たないわけが無いと思うのだが、この診療所に逃げ込んでから
どういうわけか彼のその後の消息は分からなかった。
泥棒は今でも、何故あの時かれが裏のおじいちゃんを撃たなかったのかわからない。
警官としてというよりも、あの状況なら人間であれば誰だって発砲しようと思うのではないだろうか。
「なあ、お巡りさ……」
「いかがですかな、具合のほうは」
診察室の扉を開けて入ってきたのは白衣を着た男だった。
「ああ先生、どうもすいませんね」
「なに、ここにだったらいつまでいてもらっても構いませんよ」
診療所の主である医師は鷹揚に笑って言った。
「それはそうと、怪我人に無理はさせられないとして……そちらの方、どうですこれから二人麻雀でも?」
牌を取る手まねをしながら泥棒に近付く。
「ああいや、遠慮しておきます。そんな気分でも無いんで……」
気のいい医師ではあるが、やたらと人を麻雀に誘いたがるのが玉に瑕だ。
医師は警官と泥棒の顔を交互に見比べながら言った。
「あなたたち、この殺し合いとは関係の無い部分でどうもワケありみたいですね」
「わかりますか?」
「毎日人と接している医者は、人の内面を見抜く名人ですからね。まあ、無理に聞こうとは思いませんが」
医者はそう言い残すと、他の怪我人の様子を見るためにか、そそくさと部屋を出て行った。
少しだけ気まずい沈黙が部屋に下りる。
「……お巡りさん、メシは喰わないんスか?」
泥棒が所在無げに問いかける。
警官がそれに答えようと口を開きかけた時―――
町中のスピーカーが、一斉に耳障りで不安定な電子音を響かせ始めた。
童謡のメロディーが成り終わると、それに続けて聞こえてきたのは磯野波平の声だった。
『皆様、どうもお疲れ様です。磯野波平です。
殺し合いが始まってから五日目、皆さんの調子はどんな感じでしょうかね?
さて、私は五日置きに、それまでの五日間で無くなった方の名前を皆さんに発表することにしたいと思います。
今回はその第一回目というわけです。ちなみに、この期間に亡くなった方全員の名前を発表するのは大変なので、
発表するのは私が最初に集めた方の中で亡くなった方だけにしたいと思います。
えー、それでは今から読み上げますのでー……
波野ノリスケ
カオリ
フグ田タラオ
リカママ
橋本
タマ
以上じゃ。まったくみんなこんなに早く死ぬとはけしからん。
まあよかろう。他の皆さんも、一人を除いて三年以内に全員死んでもらうことになりますからの。
それでは皆さん、また五日後にお会いしましょう』
波平の放送は、それだけで終わった。
「やっぱり……本当に、人が死んでるんスね」
長い長い沈黙の後、やっとのことで泥棒が言えたのはそんな言葉だった。
警官は答えなかった。
泥棒が恐る恐る顔を覗くと、そこにあったのは悲嘆に暮れる顔でも怒りに燃える顔でも無かった。
「おい。医者によると、本官が無理せずに歩けるようになるにはあと丸二日はかかるという話だったな」
「え、ええ、確かにそうおっしゃってました。でも完治するにはまだ……」
「いや、完治を待つ必要は無い。二日だけ休んだら、すぐに動く。市民を守るためにな」
泥棒にはやはり分からなかった。そんな満身創痍な姿で、なぜまだ動こうとするのか。
なぜ自分を顧みずに、自分を傷つけようとした人まで守ろうとするのか。
「お巡りさん……なんでそんなに頑張んなきゃいけないんですか? いくら職務だって言っても……」
「決まっているだろうが」
警官は振り向いて言った。
「この街を愛しているからだ」
【五日目 午後1時】
【麻雀医師の病院】
【警官】
状態:健康
装備:支給品一式、不明支給品
武装:拳銃、警棒
思考:基本・あくまでも警官としての職務に従い、住人たちを守る
1:今は休養に専念する
【泥棒】
状態:健康
装備:支給品一式
武装:不明
思考:
1・警官に従う
【麻雀医師】
状態:健康
装備:支給品一式
武装:不明
思考:
1・麻雀をする
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