帰るべき場所
タマは縁側で空を見上げていた。
普段だったら晴れた日は満たされた気持ちでここで日光浴をしているのだが、
今日は胸にぽっかりと穴が開いたような気分だった。
いつも自分を膝の上に乗せて頭を撫でてくれたタラちゃんは、もういない。
殺し合いが始まってから五日目、ついに家族から犠牲者を出してしまった。
タラちゃんは、どんな顔で、どんな気持ちで逝ったのだろうか。やはり最後まで、家族のことを考えながら死んでいったのだろうか。
タマは実の家族の温もりは知らない。だけど、磯野家の人々は今では自分にとって実の家族よりも大切な存在だと言える。
(やはり、僕には無理なのかな)
だけど、守れなかった。所詮はネコである自分には、大切な家族を守ることすら出来ないのか。
(いや、違う。体が小さくても、力が弱くても、戦う方法はあるんだ。僕には仲間だっているんだ)
タラちゃんの為にもいつまでも落ち込んでいるわけにはいかない。他の家族の人たちも、タラちゃんの死に動揺している。
特にサザエさんはちょっと様子がおかしかった。きっと深いショックを受けているのだろう。
もう一度みんなに笑顔になってもらうためにも、自分は自分に出来ることをしなければいけない。
そう決意したタマは、後ろ足で耳の後ろを掻くと縁側から庭へと飛び降りた。ひとまずは伊佐坂家に行き、ハチと今日の情報交換を行わなくてはいけない。
そしてタマが地上に降りるのを待っていたかのように、『それ』は屋根の上から彼に襲い掛かった。
タマの頭に激痛が走った。屋根の瓦でも落ちてきたのかと思って自分の頭の上に降ってきたものを見ると、それは瓦とは似ても似つかない奇妙な姿をしていた。
強いて言えば、カツオやワカメの部屋にある鉛筆削りに少し似ている。
一体何事かと怪訝な顔をするタマの前で、それは顔の真ん中に開いた口のような小さな穴を回転させながら声を発した。
「ノリスケ様の行方について、何か知っていることは無いか?」
まさか喋るとは思っていなかったタマ、驚いて尾を立て、毛を逆立てた。
「私の創造主、ノリスケ様は四日前、ここ磯野家を訪ねる目的で出かけた後消息を絶った。
何か知っていることは無いのか?」
「あ、あんたは一体誰なんだ? 一体何者なんだよ?」
「私はノリスケ様の手によってこの世に生み出されたもの。ノリスケ様に与えられた名は、グルグルダシトール」
「なっ―――」
そういえば、波平やノリスケたちがそんなものを作ろうとしているところをチラっと聞いたことがあった。
まさか完成していたとは……。
タマは頭から流れる血を目に入らないように拭いながら、やっとという感じで答える。
「さあ、申し訳ないけどわかんないや。でも、何日も連絡が無いってことは、多分もう死んでるんじゃないかな」
「……確かなんだろうな?」
「ああ、知らないのは本当だよ。殺し合いが始まって以来、僕は一回もあの人を見ていない」
グルグルダシトールは答えなかった。
「あんたにとって、大切な存在……だったんだよな。まあ、奇跡的に生きてるってこともあるかもしれんだろ」
タマはそう言った。目の前にいるのは人間でも動物でも無い「モノ」には違いなかったが、大切な人を思う気持ちは自分と代わりが無さそうに思えた。
「分かった。邪魔をして申し訳なかったな。じゃあ―――」
途端、グルグルダシトールの口がものすごい勢いで回り始めた。
そしてタマが気付いたときには、彼の右耳がねじ切れるようにして千切れた。
何をされたのかも分からなかった。ただ分かるのは耳から流れる血の感触と激しい痛みだけ。
「ノリスケ様をお守りするため……ノリスケ様以外の者は、全て亡き者にさせていただく」
グルグルダシトールはそう言って、再び口を回し始めた。
タマは足で地面を蹴り、爪を出して手を伸ばす。
その手がグルグルダシトールに触れるよりも先に、タマの尻尾、足、耳、目、その他体のいろんな部分が胴体から千切れて落ちる。
生きたまま八つ裂きにされるかのような痛みが体中に走り、息が止まって気を失いそうになる。
生みの親から受け継いだ血が、磯野家の庭の地面に滴り落ちる。
だが、全てを奪わせはしない。
自分の体から血は奪えても、この家で家族と共に積み重ねた時間は、自分の中にある家族の大切は記憶は、誰にも奪えはしない。
「うううう……うううあああああ!!」
その最後の泣き声が止まった時、タマの指の爪は、わずかながらもグルグルダシトールの体に傷を残していた。
(……あーあ、ここまでか。もうちょっとだけでも、みんなと一緒にいたかったなあ。
それと、お隣のハチさんにも、悪いことしちゃったなあ。約束、守れなくて……)
思い残すことはたくさんあった。だけど、
「タマ!! タマ!!」
悲鳴を聞きつけたフネが、彼の名前を呼びながら走ってくる。それを聞いただけで、タマはとても報われた気持ちになったのだった。
(ああ、この家に拾われて、本当に良かったな)
グルグルダシトールは、素早く縁の下に姿を消した。
ネコ相手ではなんとか勝てたものの、流石に人間とまともに戦って殺せる自信は無い。
磯野家の他の連中からは、ノリスケの情報を引き出すだけならともかく、殺すのは一苦労だろう。
だけど、やらないといけない。自分をこの世に生み出してくれた人のために。
縁の下から見ていると、この家のフネという女がタマの亡骸の側で膝をついて泣いているようだ。
あの女がノリスケの行方を知っているのだろうか。それとも、他の誰かなのか。
そして万一、すでにノリスケが死んでしまっているとしたら……決まっている。
ノリスケをそんな目に遭わせ奴に、地獄を見せてやる。
自分にとっては、彼は創造主であると同時に、唯一の「家族」なのだから。
【五日目 午後0時】
【磯野家の庭】
【磯野フネ】
状態:健康
装備:支給品一式
武装:不明
思考:タマ……
【グルグルダシトール】
状態:健康
装備:支給品一式
武装:不明
思考: 基本・ノリスケの行方を捜しつつ、他の参加者を殺す
【タマ 死亡確認】
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