墓標に名は刻まず
「フグ田さん、その……こちらです」
マスオとサザエをそこまで案内してきた大工の棟梁は、その公園の真ん中に置かれた青いビニールシートを指差して言った。
何を言えばいいのかわからない、そんな顔をしている。
「……お心構えはできてますでしょうか?」
棟梁の問いかけに、マスオは黙って頷いた。サザエは答えない。
マスオと目を遭わせようともせず、それどころかいつもの饒舌さはどこへ行ったやら、さっきからずっと黙ったままだ。
棟梁はいぶかしんだが、マスオは棟梁の前に出てビニールシートをめくった。
無残な幼児の死体がそこにあった。
「……間違いありません。うちの、タラちゃんです」
マスオは声を詰まらせながら言った。そして、死体の第一発見者である棟梁に一言二言礼を述べて目を伏せた。
棟梁は何も言わなかった。
そしてサザエもまた、我が子の亡骸を目の前にしても尚、表情一つ変えようとしなかった。
棟梁が立ち去った後、マスオは膝から地面に崩れ落ちた。
まだ三歳の息子がこんな死に方をしたのだ。耐えられるわけが無かった。
どうしてタラちゃんはこんなところまで一人で来たんだ。
どうして自分たちはタラちゃんが一人で出かけたことに気付かなかったんだ。
そして、どうして、タラちゃんは死なないといけなかったんだ。
それから一体どれくらいそうしていたのだろうか。
マスオは真っ赤に腫れた目を上げて、その時になって妻の様子のおかしさに気付いた。
「サザエ……」
幼い実の息子の無残な最期を見せ付けられて、絶望に打ちひしがれているはずの妻の顔には、何の表情も浮かんではいなかった。
文字通り、何も浮かんでいなかった。
「ねえマスオさん、棟梁ったらなんであんなことを言ったのかしら〜?」
ようやく口を開いたサザエの口から漏れたのはそんな言葉だった。
「サザエ、何を言って……」
「だってそこにあるのは、タラちゃんなんかじゃないでしょう〜?」
その一言を聞いて、マスオは全てを悟った。
それは、彼にとって息子を失ったことよりも残酷なことだったかもしれない。
「サザエ、よく聞くんだ」
「それにしてもタラちゃんは本当にどこに行ったのかしら? そろそろお昼の時間なのに〜」
「サザエ……」
「まったく父さんはこんな時にどこに行ってるのかしらねえ、ねえマスオさん?」
マスオは、公園の真ん中で妻を抱きしめた。
実の父の狂走、周囲で次々と起こる殺人、そしてタラオの死、それらすべてに心を引き裂かれ、ついに壊れてしまった妻を。
「ちょっとマスオさん、いきなりどうしたの?」
サザエは心底不思議そうに問う。マスオはサザエの耳元に唇を寄せて呟く。
「サザエ、約束させてくれ」
「あら〜? どうしたのあなた〜?」
「僕はこの先、何があっても君だけは守る。君だけを、だ」
いつか彼女が、自分の息子の死を受け入れて、素直に涙を流すことが出来るまで。
その機会が訪れる可能性を奪う全てのものを許しはしない。
マスオはそう決意し、そして両目を閉じると今一度だけ息子のために祈った。
【五日目 午前十時】
【町外れの公園(よくアニメに出る公園とは別)】
【フグ田サザエ】
状態:健康
装備:支給品一式
武装:不明
思考:……
【フグ田マスオ】
状態:健康
装備:支給品一式
武装:不明
思考: 基本・何が何でもサザエを生き延びさせる
1・サブを利用する。切り捨てることも覚悟の上
【大工の棟梁】
状態:健康
装備:支給品一式
武装:不明
思考:基本・なんとか殺し合いをやめさせる方法を模索する
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