フィアー・クロックと死体愛好






 明らかに日本らしからぬ町並み。
 深夜の真っ暗な路地を、乱れた足音が響く。
 その主はまだ年端もいかない少女。
 華奢でか弱い体躯に、日本の女学生が着る、いわゆるセーラー服を着ている。
 息は乱れ、フチの無い眼鏡の奥から覗く視線も落ち着かず、おびえて逃げ惑う様子は、どう見ても典型的な被害者のそれである。
「はァ…はァ…。
 なんで…? どーゆーコト?
 何でこんな…?」
 こんなことに? こんな場所に?
 問いは無数に浮かぶが、誰もそれには答えてはくれない。
 返ってくるのは自分の足音と、不気味な笑い声のみ。

   笑い声? そうだ、これは笑い声だ。けたたましい破裂音のようなそれではなく、忍び笑いともあざけりとも取れる。
 幻聴か? 恐怖がもたらす、ありもしない声なのか?
 彼女の周りを取り囲む路地から響くそれは、まるで物理的圧迫感を伴うかに迫ってくる。

   どこに向かうとも考えないまま、次の角でくるりと曲がる。そのほうが声から逃れられると、理由も無く考えた。
 しかし、その直感は外れ。
 眼前に見えた影は、ぼろぼろのスーツを着た、不気味な藁の案山子であった。

「ひぃ!!」

 驚愕と恐怖に息を呑む少女の脇に、奇怪な影が出現する。

「《死体愛好猫 (ネコロフィリア)》!!」

 大型犬並の大きさの四足獣の背から、散弾の如き針が無数に発射され藁の案山子を粉砕する。
 人面猫体のそれは、安藤純子がキム・イーヒンによって与えられた『召還ゾンビ』であった。

 一転して訪れた、しん、とした静寂。
 かすかに痙攣する藁の案山子と、徐々に荒い息が落ち着きだす安藤純子。

「はっ……、ははっ…は……」

 あえいでいるのか笑っているのか。
 次第にその声がカン高くなる。
「ハハハハハ……!!
 そうよ、そう!
 今のあたしにはこのコがいるもの!
 いじめっ子だろうと、イカレた殺人鬼だろうと、この 《死体愛好猫(ネコロフィリア)》にかかれば、粉みじんよ!!」

 元・いじめられっ子の安藤純子は、他人にゾンビ召還の星を与えることの出来る異能力者、キム・イーヒンによってゾンビ召還術の使い手となった。
 もともと臆病で消極的であった彼女だが、結局はその召還ゾンビを使いいじめっ子たちを次々と殺害。
 相次ぐ変死や行方不明により、彼女が通っていた学校は休校となった。
 つまり、彼女は学校をひとつ、「滅ぼした」のだ。

 それだけの力が、自分にはある。

 そのことを今、再び安藤純子は自らに再確認した。
 何をおびえる必要がある? もう何も怖くない……!

「…ったく、ガス持ってねぇスケアクロウなんざ、何の役にも立ちゃしねぇな」

 ガラガラとした乾いた、それでいて野太く地の底から響くような声。
 安藤純子は反射的に声のする方へと《死体愛好猫(ネコロフィリア)》を差し向け、再びその体毛を硬質化させた針にして飛ばす。
 《死体愛好猫(ネコロフィリア)》の針はショットガンと同じ。散弾同様、近ければ近いだけ破壊力が増す。
 だが…。

 そこに居たのは、全身を爬虫類のような緑のうろこに覆われた、トカゲ人間とでも呼ぶべき異形。
 針の散弾を受けても微動だにしない巨躯は、闇の中にぬうとその存在を示している。
「…ふん」
 つまらなさげ、に、巨体のトカゲ男が腕を振るう。
 その先に居た安藤純子の召還ゾンビ、《死体愛好猫(ネコロフィリア)》は、避ける間もなくべしゃりと粉砕され、残骸が路地の壁に叩きつけられる。

 再び、安藤純子は恐慌に襲われる。
 絶対無敵と信じた自らの召還ゾンビ、《死体愛好猫(ネコロフィリア)》の針攻撃がまるで通用せず、さらには腕の一振りで粉砕された。
 一歩、ただ一歩、異形の怪物が踏み出した瞬間、安藤純子は再び脱兎のごとく走り出していた。


     路地に残されたのは、巨躯のトカゲ人間と、血だまりに倒れた、藁の案山子……いや、藁の案山子のようなぼろ布のマスクをかぶった男、元大学教授のジョナサン・クレイン…またの名を、『スケアクロウ』であった。
 ひ弱でいじめられっ子であった過去を持つ彼は、心理学と生化学の分野で成功を為した後にも、思春期のトラウマを払拭できず、恐怖の研究に没頭した。
 その結果、彼は自らの恐怖症を克服するためにも、恐怖を与える存在になろうと考え、常軌を逸した研究者となっていく。
 それらの振る舞いからゴッサム大学を解雇されたことを切欠として、完全に精神に破綻をきたした彼は、他者の潜在意識化にある恐怖の幻覚を引き出す恐怖ガスを使い大学関係者を殺害。
 その後も犯罪を繰り返す、異常犯罪者《スケアクロウ》となる。

   ゆっくりと、トカゲ人間の《キラークロック》はスケアクロウに近づく。
 生来の病気によって、硬質化したうろこ状の皮膚を持つウェイロン・ジョーンズもまた、周囲からいじめられからかわれ続けた過去を持つ。
 けれども彼はスケアクロウとは違い、暴力性と凶暴性を発揮することで、その環境を打ち破った。
 超人的腕力も彼の変異の一種なのか、成長した彼は頑丈な皮膚と驚異的腕力の持ち主となる。
 一時期はサーカスの見世物レスラーとなったこともあるが、それでも結局は、暴力と恐怖を振りまく犯罪者、《キラークロック》となることが、彼の選んだ唯一の
道であった。
 キラークロックが脈を確かめるまでも無く、地に伏したスケアクロウは死に瀕していた。
「…は、は…はっ」
 浅く短い息。
「恐怖…を…恐……怖を……与えて……やっ……」
 ごぼ、っとした音と共に、血が吐き出され、言葉と、心臓の動きがとまる。
 それが、恐怖に取りつかれた男、スケアクロウの最後の言葉だった。

 年々爬虫類化が進んでいるキラークロックは、その精神からも人間性が失われつつある。
 スケアクロウとは友人でもなければ仲間でもない。
 ただ同じゴッサムシティの異常犯罪者同士と言うだけであり、まま、それら異常犯罪者たちを収監し治療しようとしているアーカムアサイラムで共に収容されることがある程度の関係だ。
 お互いの過去や生活のこともたいして知らないし、興味も無い。
 今回も、たまたま出会ったことから、成り行きで同行していただけでしかない。
「…ふん」
 再び、キラークロックは面白くなさげに鼻を鳴らすと、スケアクロウが持っていた荷物を拾い上げ、そのまま闇の中へと歩いていった。

◆ ◆ ◆

   どこをどう歩いたかは覚えていない。
 気がついたらそこは警察署らしき建物の前で、吸い込まれるように安藤純子は中へ入った。
 警察にかくまってもらえる、などと考えたわけではない。けれども心のどこかで、誰か頼れる存在を求めていたのかもしれない。
 そして、その願いは、ある意味でかなえられることになった。
 偶然か、運命的引き合わせか。
 そこで出会ったのは、彼女にゾンビ召還術の星を与えてくれた男、キム・イーヒンだったのだ。
「…ん? 君は……」
「イーヒン様!」
 クラスメイトはもとより、親も教師も、誰からも省みられず、誰からも差し伸べられることの無かった救いの手。
 孤独と絶望の日々に、唯一それを差し伸べてくれた存在。安藤純子にとっては神の如き崇拝の対象、キム・イーヒン。
 その彼と、この絶望的状況で出会えたことに、彼女は歓喜した。
「ああ、君は、あの……まあいい。ちょうど良かった。
 君と出会えて、実際僕は今、本当に感謝しているよ」
 その神からの「感謝」の言葉。
 それはまさに安藤純子にとって求めようとも得られるはずの無い最上の喜びであった。
 彼女の人生において、最高にして最期の。

 口の端についた血を、ぺろりと舌先で拭う。
 床に散乱する残骸は、先ほどまで人の形をしていたモノだが、もはや原型を留めては居ない。
「ふぅ〜…、まったくナイスタイミングで、手下の一人に出会えるとはね。
 これも日ごろの行いが良いからかな?」
 ゆったりとした風に椅子に深く腰をかけ、「かつて手下だった食料」を一瞥してくすりと微笑む。
 先ほど出会った謎の男により頭部を粉砕され、再生するのに大量のエネルギーを使ったイーヒンは、どこかで「たんぱく質」を補給できないかと、ここ、ラクーンシティ警察署の中を物色していた。
 調べた範囲で、食料となる物などは置かれていない、がらんどうの署内に半ばあきらめかけていたところ、「最近星を与えたような気がする、おそらくは手下の一人」と遭遇したのだ。
 イーヒンが再生をするために必要なエネルギーは、別に「食料」である必要はない。
 というより、食料であっても、繊維質や炭水化物では駄目だ。
 必要なのは細胞の修復と再生を促す、「たんぱく質」。
 そう、「たんぱく質」でさえあれば、それは何でも良い。

 イーヒンの召還ゾンビ、重金属製の頑丈な鎧を身に纏い、両手が巨大な鋏状に加工された《毒婦の抱擁(バソリーズ・エンプレイス)》により、安藤純子は至上の喜びを感じたまま両断され、絶命した。
 そして今文字通りに、崇拝していたイーヒンと、「一体」になったのだ。



【安藤純子@ゾンビ屋れい子】【スケアクロウ@バットマン】死亡
【残り65人】



    【1日日/深夜/中央エリア:ラクーンシティ路地裏】

【キラークロック@バットマン]
[状況] 健康
[所持品] 基本支給品一式×2(スケアクロウ)、不明ランダム支給品×2〜6(スケアクロウ)
[備考]
 硬質化したうろこと、超人的怪力。レスリングの達人。
[殺人・犯罪記録]
 ゴッサムシティの異常犯罪者であり、バットマンの宿敵の一人。
 凶暴で残酷。暴力や殺人への忌避感が無い。


【1日日/深夜/中央エリア:ラクーンシティ警察署内】

【キム・イーヒン@ゾンビ屋れい子】
[状況] ほぼ体調万全。着ている服の上着がイーヒン自身の血で塗れています。
 1.着替えでも探すかな?
[所持品]基本支給品 ランダム支給品1〜3個
[備考]れい子の存在を知る前からの参戦。
 イーヒンの再生能力は異能ではなく、単に治癒力が、凄まじいだけなので制限は無し。
 召還ゾンビ、《毒婦の抱擁(バソリーズ・エンプレイス)》は万全の状態で召還可能。
 星を与える能力、自身の血を死体に浴びせ、強靭な再生力をもつ状態で再生する能力の制限は不明。
[殺人・犯罪記録]
 自身の星を与える能力でゾンビ使いを量産し、犯罪行為を好き勝手にやらしている。
 また、イーヒンを殺し、ボスになろうとしたチンピラをダルマにし、ゴミ箱に捨てるなど残虐な性格。
 演技が上手く、ある種のカリスマがある。

 ※デュークを危険人物と認識していますが、デュークの名は知りません。



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