キラー・クィーン・フロム・ヘル(地獄より殺しの女王が来る)






 彼を評する言葉として、老紳士、という形容に納得しない者はあまりいないだろう。
 大柄でもなく小柄でもない。いささか肉のついた体格は、貫禄があるとは言えるが、肥満と言うほどに醜悪でもない。
 白髪は丁寧に撫で付けられ襟足で切り揃え、口髭も見事に整えられている。
 ダークグレーのコートに背広、シルクハットは、高級で仕立ても良い。
 誰が見ても、彼は老紳士と呼ぶにふさわしい外見をしている。

   ウィリアム・ガル卿。
 英国王室お抱え医師であるこの初老の老人は、現状、いささか興奮気味であることを除けば、まずは誰からも信頼されうる老紳士然とした人物だ。
「ついに、地獄の門は開かれたのだ…!」
 彼の言葉は、聴けば狂人のたわごと。されども理性のたがの外れた不明瞭な言葉の羅列ではなく、しっかりとした意思と教養の裏づけがある。
「我が為した秘儀は、ついにこの世の理を超え、新たなる世界の道筋を示している。しかしこれは未来であろうか? または煉獄の閉ざされた庭であろうか?」
 理性的なる狂気。
 その言葉を聴きつつ、もう一人の「紳士」、吉良吉影は内心うんざりとしていた。

 日本の東北地方、杜王町の住人である、ごく平凡なサラリーマン。
 年齢33歳。
 中肉中背、決して人目を引く風貌ではない。
 自宅は杜王町東北部の別荘地帯にあり、結婚はしていない。
 仕事は『カメユーチェーン店』の会社員で、毎日遅くとも夜8時までには帰宅する。
『心の平穏』
 それこそ彼の最も重視する価値観である。
 出世したい、金が欲しい、威張りたい…。勝ち負け、だの、刺激的な事件、だの、そんなのはテレビのドラマか映画の中の連中にでもやらせておけば良い、と、常々そう思っている。
 ただ日々安心して過ごし、悩みもなくくつろいで熟睡できること。
 それこそが、彼の求める『植物のように穏やかな人生』である。

 その彼が、まるで産業革命時代の老紳士としか思えぬウィリアム・ガル卿と遭遇したのは、十数分ほど前。
「気がついたら」わけの分からぬ場所で、気の狂った「お願い」とやらを聞かされ、首に爆弾仕込の首輪をはめられた挙句、さらにどこかへと放逐され間もない頃合だ。
 吉良吉影にとって、まさに「冗談じゃない」この出来事、展開。
 見知らぬ男に呼びつけられ、殺し合いをしろといわれて納得する馬鹿が、一体どこに居るというのか?
 混乱よりも怒りが勝るが、かといって怒りに任せて荒れ狂うほどに直情的でもない。
 憤然としつつも、あたりを見回し路地の影へ。
 渡されたバッグの中を確認している最中に、ガル卿と遭遇したのだ。

    混乱したボケ老人。それが吉良の感じたガル卿への最初の印象である。
 人種はおそらく欧米人。東欧やラテン系ではなく、アングロサクソンの様だ。
 ぶつぶつとうわごとのように何かをつぶやいているのを見て警戒していたが、ふいに老人はこちらへと水を向ける。
「そこの東洋人、君にはこの現象の意味が分かるまい!」
 それから先は、会話と言うよりは講義、である。
 フリーメイソンの秘儀、非存在たる神々の持つ意味と影響力、神秘学、それらを超克すべき人間の英知、建築、英国王室の安寧……。
 知識、教養と言う点で言えば、吉良には到底理解し得ない膨大な情報量。
 しかしその理論や文脈は、狂人のそれとしか思えないものだった。

   もちろん、自分に理解し得ないから狂気の理論である、とするのは間違いである。
 聞き手にそれらの理論を理解しうるだけの知識が無ければ、核融合も量子力学も、ただの理解不能なオカルティズムとしか思えない。
 しかしそれを踏まえてもなお、吉良はこの老紳士の言葉の中に、狂気を感じていた。
 狂気を感じ、いささかに圧倒されつつも、さてそれでは、「どう処すべきか」を、決めあぐね、今に至る。

「殺す」のは簡単である。吉良にはそれだけの「能力」がある。
 しかし、吉良にとってこの老紳士は、「殺したい」相手でもなければ、「殺さざるを得ない障害」でもない。
 唯一、「耳障りなしゃべり」が、周囲の誰かの注意を引きかねないという点のみが、懸念されるだけであった。

   とうとう、吉良はガル卿の言葉を遮り、
「ご老人、ちょっと申し訳ないが…」
 言いかけて、切り裂かれた。

 ◆ ◆ ◆

    ガル卿の言葉は、途中でゴボコボという泡を吐く音に取って代わられ、駆動音と液体が滴り地面に撥ねる音だけが残され響いている。
 いや、それとさらには、呪詛に満ちたざわめきも聞こえてきていた。
 それは、背後からガル卿の背を貫き、腹から突き出し血をあふれ出させている、奇怪な顔が無数に張られたチェーンソーから聞こえている様だ。
 腹から巨大な、棒の如き固まりを突き出した老紳士は、依然熱を帯びた陶然とした顔のまま、びくりとびくりと痙攣している。
 赤い鮮血を噴出しながら、まるで滑稽な仕掛け人形のようでもある。

「へェ…そいつがアンタのゾンビかい?」

 問いかけか、ただの確認か。
 まだ若い女の声が、けれども低く刺し貫くが如き鋭さで、ガル卿の背後の影から聞こえる。

  「何を言っているのか分からんが…この『キラー・クィーン』を見たからには、ただではすまないぞ……」

 対する吉良は、顔にかかったガル卿の血を軽く拭い、傍らに現れた半透明の人影とともに闇へと向き直る。
 実際には体の前面はほぼガル卿の血にまみれてしまっている。顔だけ拭ったところで、この強烈な匂いはとれないだろう。
『キラークイーン』……。
 美しい手の持ち主を見ると、殺さずにはいられない衝動を持つ、杜王町の闇に潜む殺人鬼、吉良吉影の持つ特殊な『スタンド』能力。
 そのヴィジョンは、猫を思わせる面のような表情の無い風貌をした人型のもので、手で触れたものを爆弾に変えて「消し去る」ことが出来る。
 吉良にとって秘中の秘であり、誰にも知られてはならないこの能力。
 ガル卿を貫き、自らにも襲い掛かろうとしてきた奇怪なチェーンソーを、間一髪で払いのけたそのスタンドヴィジョンを、この相手が「見て」しまったであろうことが、先ほどの言葉から推察できる。

 ぶん、とチェーンソーが引き戻され、腹に大穴を空け血と臓物をあふれさせていた英国老紳士が、音を立てて路地に落ちる。
 吉良の後方へと投げ捨てられたガル卿の死体は、びくびくと痙攣するが、それは生命の名残ではなく、ただの筋肉の収縮に過ぎない。
 暗がりから現れたのは一人の女。いや、まだ年若い、少女と呼べる年頃。
 両サイドを縛った黒髪に整った顔立ちは、日本人のそれだが、不似合いなほどにすらりとしたグラマーなスタイルは欧米人にも引けをとらない。
 その肢体に肌もあらわな漆黒のドレスを身にまとい、両手でしっかりとグロテスクなチェーンソーを握っている。

 であれば、あのチェーンソーがこの女の『スタンド』ヴィジョンか?
 距離を測りつつ、吉良が観察をする。

   少女は警戒するそぶりも見せずに、堂々とした様子で再びチェーンソーを構えなおしたかと思うと、改めてそれを下げて、今度は左手を高く掲げた。

『魔王サタンの命により!』

 声高く響きわたるそれは、まるでオペラの調べのように美しく、そして禍々しい。

『死せる哀れな下僕を、再び我にに使えさせん!』

 左手に黒く光る五芒星は、魔王サタンに連なる『ゾンビ使い』の印。
 契約により従えるゾンビを召還し使役する者のみが持つ。
 しかし、さらに、特殊な星を持つ何人かのうち一人が、この姫園リルカである。

 不穏。異様。吉良がその空気の変化を察して、再びの攻撃に対処できたのは幸運だった。
 キラークイーンの両腕をクロスさせ、その衝撃を防ぐ。
 防ぐが、それでもその重さを吸収しきれず、横っ飛びに数メートル吹き飛ばされた。

  (何だッ…!? この衝撃、この重さ…!? 一体……)

   再度の連撃が、倒れこんだ吉良の左腕の肉を抉るが、腰をついた姿勢のままキラークイーンがその両足で襲撃者を蹴り飛ばす。
 パワー勝負は互角か。壁に叩きつけられた相手は、一旦は地面に倒れ伏すも、緩慢な動作でゆらりと立ち上がる。
 その血にまみれた姿。先ほどまでの老紳士が、今は醜悪な怪物の如き、「生ける屍」の様相で吉良へと向き直った。

  (あの女のチェーンソー…、殺した相手を怪物にしてよみがえらせるスタンドかっ…!?)

 眼前で殺された老紳士、ガル卿が動き出し攻撃してきたという事実に、吉良はそう推測するが、実際には外れてである。
 チェーンソーとガル卿の蘇生は一切関係ない。
 ゾンビ使い、姫園リルカの特殊な星の力は、死者をゾンビとする力を持っている。
 誰がどう殺したかは問わない。死体さえあれば、呪文の力で異常な怪力と身体能力を持った怪物、ゾンビとして蘇らせるのだ。
 蘇ったゾンビはある程度以上に生前の知識性格を残しており、必ずしもゾンビ化させたリルカの命令に従うというわけでもない。
 ただし…。

「この爺は、『誰に殺されたか』を分かってない…」

 ガル卿は話している最中に吉良に遮られ、その瞬間に背後からチェーンソーで貫かれている。
 つまり、まったく自分の状況を理解していないのだ。
 今の吉良への攻撃も、リルカが想定していなかったただの反射的反応でしかなかったといえる。
 そこへ、リルカが言葉を継ぐ。
「さあ、ジジィ! あンたを殺したその男に、復讐をしなッ!」
「何ッ!?」
 無茶苦茶である。自分で殺しておきながら、別の人間を犯人だと言い復讐しろとけしかける。
 嘘もこまで堂々と言えれば真実になる。
 その上で、二人とも知らぬ事実が、ゾンビ化したガル卿の行動に影響を与えていた。
 英国王室付の医師であり、老紳士然とした風貌そのものの上流貴族のガル卿こそ、19世紀ロンドンを震撼させた殺人鬼、「切り裂きジャック」の正体だったのだ。
 神秘学と医学に精通し、フリーメーソンの秘儀に則って娼婦たちを犠牲とした殺人行為は、欲望や私的な利得で行われたわけではない。
 純粋な知識と精神的追求によるものであった。
 だがしかし、それらの精神はゾンビ化した今歪んだ変質を遂げている。
 今のガル卿 ――― 切り裂きジャックは、豊富な解剖学知識をもった、人外の能力を持った殺戮ゾンビだった。

   再び跳躍した「切り裂きジャック」は、的確に吉良の頚動脈を狙う。
 何も武器など持たぬものの、爪先がかすっただけでも肉を抉る尋常ならざるパワー。
 そして人間のそれをはるかに超えた俊敏性で、繰り返し吉良を追い詰める。
「くっ…、なんて速さだ!?
 この私のキラークイーンでも、防ぐのが精一杯……。
 しかも……!」
 再び、黒髪の少女 ――― 姫園リルカがチェーンソーを起動して振りかざしてきた。

「地獄の女王、姫園リルカをお嘗めでないよ!」 

 すべてを爆弾に変え、またこの世界から消し去る能力を持つスタンド、キラークイーンの持ち主、吉良にとって殺人のは止むに止まれぬ衝動であり、平穏を守るための手段である。
 ゾンビ使いであり、地獄の女王を自認する姫園リルカにとって、殺人とは何ら忌避する必要の無い児戯でありまた、自らの野望、『死者の王国』を作り出すための手段である。

  「嘗めるな、だと?
 ふん…、ならばこの私も、キラークイーンの真の能力を見せねばならんようだなッ……!!」

 その二人の殺人者が、地獄より来る路地裏で、暗闇に対峙する。


【切り裂きジャック@現実】 死亡
【残り68人】


【1日日/深夜/中央エリア:ラクーンシティ路地裏】


【吉良吉影@ジョジョの奇妙な冒険]
[状況] 左腕に裂傷、出血中。
 1.平穏に暮らしたい。
 2.目の前の女(姫園リルカ)に対処する。
[所持品] 基本支給品一式、不明支給品×1
[備考]重ちー殺害後より参戦。
 スタンド能力、『キラークイーン』
 バイツァダスト使用不可。スタンド全参加者目視可能。
※.リルカの持っているチェーンソーを、「殺してゾンビ化するスタンド」だと思っています。
[殺人・犯罪記録]
 杜王町にてひそかに殺人を行いつづけてきた連続殺人鬼。


【姫園リルカ@ゾンビ屋れい子】
[状況]参加者の状況
 1.れい子を含めて、参加者全員皆殺し。
 2.まずはこの目の前のゾンビ使い(吉良)を始末する。
[所持品] 基本支給品一式、蒼井ネロのチェーンソー
[備考]参戦時期、姫園れい子に敗れ、部下の志呂子らと共に黒須市に潜伏していた期間。
 死体のゾンビ化能力、ゾンビ召還術使用可。
 世界征服を目指し、高度な格闘、殺人術や身体能力を持つが、学業はおろそかなため、「Queen」を「キュエーン?」と読む程度の学力しかない。
 召還ゾンビ、白亜紀翼竜のゾンビ「ケアラダグティルス」は、れい子との戦いでの損傷を修復仕切れて居ないため、召還しても十全の能力は発揮しきれない。
※.吉良の『キラークイーン』を、召還されたゾンビだと思っています。
[殺人・犯罪記録]
 幼少の頃より動物などを殺してゾンビにする遊びをしていたが、それをいさめた両親を飛行機事故に見せかけその他所客らと共に殺害。
 その後も数々の殺人をゾンビ化能力を利用して殺している。

  ※.【蒼井ネロのチェーンソー@血まみれスケバンチェーンソー】
 蒼井ネロが、鋸村ギーコのチェーンソーを模して作った、「ゾンビチェーンソー」。
 ギーコに殺された手下の死体を再利用しているため、ギーコへの怨念の力が宿っている。
 が、当ロワではそのあたりの自我はさらに弱く設定され直しされているため、不明瞭なうめき声を発するだけで、会話などは出来ない。
 基本性能はだいたいギーコのチェーンソーと同等。


  【ゾンビ化切り裂きジャック@現実】
[状況] 死亡後姫ぞ野リルカによりゾンビ化。
 ある程度の自我はあるものの、リルカの死またはリルカによるゾンビ化解除で死体に戻るため、参加者とは看做されない。
[所持品] 基本支給品一式、不明支給品×1
[備考] ゾンビ化により素手で人を殺せる異常な身体能力。
[殺人・犯罪記録]
 ウィリアム・ガル卿は、諸説ある「切り裂きジャック真本人」の候補の一人で、19世紀ロンドンの英国王室付医師。
 アラン・ムーア原作の『フロム・ヘル』ではガル卿説を採用しており、今回の描写もそれをベースとしています。
 が、出展はあくまで『フロム・ヘル』ではなく現実枠なので、詳細描写をそれに順ずる必要はありません。
 参戦は記録にある切り裂きジャックのすべての殺人を終えた後より。



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