失われた無垢






 深夜の薄暗い森の中、巨木の根元にある小さなうろで、縮こまるかに小さく隠れた姿がある。
 少女である。
 見るからに幼い彼女は、欧米人のような顔立ちをし、雪のように白い肌をしていた。
 身に着けた古めかしいスカートの裾はやや汚れており、あまり上等な仕立てとも言えない様だ。
 なんとはなしに、見た者はおとぎ話に出てくる森の少女、という印象を得るだろう。
 満月の光で、その姿かたちはわかる。けれども表情までは見て取れず、彼女が今何を考え何を思っているのかは分からない。
 分かるのはその小さく幼い姿と、目の前に広げたバッグの荷物を確認しているであろうことぐらい。
 丁寧に、ゆっくりとそれらを検分しているが、子供であるが故か、あるいは他の理由か、たびたび戸惑ったような仕草を見せる。
 名簿を開き、そこに記された名を追っているようだが、首をかしげたり、また口に手を当てて驚いたりと、さまざまな表情をしているようでもある。

   その姿を見ている人影が居た。
 黒く乱れた髪に、同様に黒いローブのような服を身につけ、鋭いくちばし状のマスク。
 痩せぎすでひょろりとした体躯は、虚弱そうで決して威圧的ではない。
 けれどもこれもまた、見た者にあるいはおとぎ話の「悪い魔法使い」のような印象を与える彼は、しばし少女の様子を観察していたようだったが、ほどなくしてゆっくりと歩み寄る。

「何をするの?」

   びくり、と男は立ち止まる。
 声は、その少女のものだ。
「…やあ、こんばんわ、お嬢ちゃん」
 戸惑いを押し隠し、男が返す。
「私は、ヒデュンという。怪しい者じゃない……と言っても説得力は無いだろううが、見てのとおり武器は持ってないよ」
 両手を挙げてひらひらとし、それを示す。
「お互い、突然変な状況になっているけれど、まさか君も、あんな男のたわごとは信じないだろう?」
 たわごと。つまり、「殺し合いをしろ」という、「お願い」について、である。
「とにかく、よかったら少し、お話をしないか? もちろん、君に危害を加えたりはしないよ」
 嘘である。
 この男、ヒデュンは、キム・イーヒンによってゾンビ召喚術の星を与えられた部下の一人であり、またイーヒンの側近の一人でもある。
 そして今、この少女を殺すつもりで近づこうとしているのだ。
 彼のもつ召喚ゾンビは、《運命の赤い糸(コードレッド)》。
 これは、単体では何の攻撃能力も持たない。
 しかし糸状のこのソンビは、死体を絡めとり操り人形とすることで、敵を攻撃したり自分の身を守ることに利用できる。
 だから、まず誰かを殺すなりして「死体」を準備する必要があるのだ。
 まだるっこしい、とも思えるが、利点もある。
 たいていの召喚ゾンビは、損傷を受けると使えなくなる。修復には数日から場合によっては数ヶ月以上もの時間がかかり、場合によってはまったく使い物にならなくもなる。
 しかし死体さえあればいつでも操れるというのは、損傷を受けたら次の死体に乗り換えれば済む、ということでもある。
 最初の一ひと手間さえクリアすれば、他のゾンビ使いたちよりも利便性が効くのだ。

 その最初のひと手間を、今、ヒデュンはしなければならない。
 彼に支給されたていた武器類の中で、使えるものは毒の入った小瓶と、アイスピックのみ。
 確かに、一撃入れれば確実に殺せるかもしれないが、銃や弓矢のような飛び道具でもなく、刃渡りの長い剣でもない。
 決して強靭な肉体を持っているわけでもなく、肉弾戦に弱いヒデュンとしては、まずは弱そうな相手にひそかに近寄り、確実に仕留めて操り人形にしないといけない。
 いささか途方にくれながらさまよっていると、都合よくこの少女に出くわした。
 仕留めやすい、という点ではこの上ない。
 しかし、操り人形にした後の戦闘力は心もとない。
 しばし思案はしたが、それでも操れる死体が現状手元に無い以上、キープしておくべきだろうと判断した。
 出来れば、「誰かが殺した状態のよい死体」に遭遇できれば、最も理想的ではあったのだが…。
(最初に殺されたチーホイの死体が手に入ればよかったのだがな……)
 仲間であったはずのチーホイのことを、そのようにしか考えない。
 イーヒンの部下たちは、仲間同士の連帯や絆というものに縁が無いが、ヒデュンもその例に漏れなかった。
 しかしイーヒンに対してだけは、別だ。恩義や忠誠心というものが、無いわけではない。
 それ以上に、もっと単純に、「あの再生能力がある限り、自分では勝てない」という判断が、彼らにはある。
 だから出来るだけ命令を聞き、忠実な部下であろうと勤めている。

 そのイーヒンが、参加者としてここに居る。
 そのことを、名簿で知ったヒデュンは驚愕した。
 単純に言えばそれは、この殺し合いを「お願い」した主催者が、何らかの形でイーヒンをしのぐ力を有している、という意味だ。
 だからヒデュンは、焦っている。
 とにかくまずは、操れる死体が無ければならない。
 イーヒンをもしのぐ主催者の「お願い」を、無碍にするのは得策ではない、と。
 損得勘定と欲望、強きに靡く事なかれ主義でのみ、イーヒンの部下とその組織は作られている。

   毒を塗ったアイスピックを、ヒデュンは長い服の袖の中に隠している。
 布地は黒いため、透けて見えることもあるまい。
 こっそり忍び寄って一刺ししようと考えていたが、なぜか早々にばれてしまった。
 カンのいいガキだ。内心毒づくが、表には出さない。
 とにかく、一刺し。それが出来る距離まで近づかねばならない……。

「それで、あなたは誰?」

   再び少女の声がした。
 何を言ってる、さっき名前を言っただろう、この馬鹿ガキが。聞いてなかったのか? 怖くてまともに頭が働いていないのか?
 まあいい、仕方ない、もう一度…

 もう一度、彼が言葉を発することは無かった。

◆ ◆ ◆

「人のぬくもり」という言葉がある。
 比喩としては、人間同士の暖かな交流、ふれあいを指す言葉だ。
 ディオルペは、それを知らない。少なくとも幼児期以外、彼は知らない。
 ただそれは、文字通りの意味で、だ。

 6歳のころ、彼は非常に稀有な難病に冒された。
 特殊な菌類が皮膚に繁殖し、全身の皮膚が乾燥する。自分へのダメージは投薬で抑えているが、恐ろしいことにその菌類は、接触により直ちに他者へと感染する。
 結果彼は、「触れた人間の肉体を、瞬時に乾燥させボロボロにして消し去ってしまう」ようになった。
 医療機関による研究材料として、彼は生きながらえていた。
 誰とも触れ合うこともなく、誰とも心を通わせることもなく。

   ただ「触れたい」。それだけが彼の望みであった。
 しかし彼が触れれば、相手は死ぬ。
 この矛盾、このジレンマ、葛藤。
 それを解決するために出した彼の結論は、こうだ。
「死に値するような罪深い相手になら、触れてもよい」

   彼が、毒壷の会の主催する、『世界最強殺人鬼決定戦』に参加したのは、そのためだ。
 殺人鬼しかいない大会でならば、どれだけ人に触れようとも、自分には罪はない。
 業病、絶望、欲望の果てに、彼はここに居る。

   今のこの状況は、彼にとって何ら混乱や悲嘆をもたらす物ではなかった。
 今が、毒壷の会主催の大会であるかどうかも関係ないし気にしても居ない。
「殺人鬼による殺し合い」と言われたこの状況で、最初の場所で見た限り、多くの女が参加者としてここに居る。
 ここでなら、彼の望みが存分に叶うはずである。
「女に触れ、そのぬくもりを感じたい」
 その願いは、おびただしいほどの塵の山を積み重ねることによって、果たされるだろう。

  ◆ ◆ ◆ 

   さらさらと砂のように崩れ去り、後には黒いコートに、鳥のくちばしのようなマスクと、荷物の入ったバッグが残される。
 それから、袖の中に隠し持っていたアイスピックが地面に落ちると、ころころと少女の足元に転がっていく。

 包帯と、ぼろいコートを着たその男が、背後からヒデュンに近づいていたのを、少女は見ていた。
 そしてゆっくりと、その手をヒデュンの肌に触れさせたかと思うと、瞬時にその姿が干からび、乾き、あとは崩れ去るのみであった。
 いったいどのような魔法か?
 それを見たときの少女には、明確にひとつの表情が浮かぶ。
 驚愕、だ。
 その目は大きく見開かれ、口も閉じることなく開かれている。
 しかし、それも一瞬。
「あなた、魔術師なの? あんなの、見たこともないわ」
 まさに、幼い少女のあどけなさを含む声で問うてくる。

 ディオルペはしばらく観察していた。
 包帯で隠してはいるが、皮膚は乾きただれ、目は血走っている自分の異形は、いやになるほど自覚している。
 暗いとは言え、その姿そしてこの状況を見ても、少女は落ち着いている。
 彼女はそれらを超えたなお深き闇の住人なのか、あるいは本当にただの無垢な少女なのか?
 一度はしたはずの決意を、あるいは覆しかねないこの状況に、自分はどうすべきか?

「お前は、罪深い女か……?」

   ガラガラとした低いしゃがれ声で、包帯の男、ディオルペが問い返す。
 質問に質問で返すのは感心されないが、彼にとってこれは、少女の問いよりも重要なことである。
 問い返された少女は、軽く首をかしげて、
「どうかしら? 悪いことならたくさんしたことあるわ。
 スイートロールを盗んだのはおとといよ。だって、とってもおなかがすいていたのだもの。
 それに、リスに小石をぶつけたこともあるわ。
 ううん、怪我なんかしない。たぶん痛くも無い。ただあんまり動かないから、ためしにぶつけてみただけ」
 出てくるのは、子供の悪戯というにふさわしい事柄ばかり。
 またも、ディオルペはしばし黙り込む。黙り込んで数分、
「……俺は、病気だ」
 そう、話し出した。
「俺の肌は、誰かに触れればそれを殺してしまう。
 殺したいわけじゃない。ただ俺は、『そういう病気』なんだ。
 だから9歳のころから、俺はまともにひとと触れ合ったことが無い。
 触れれば殺してしまう。完全防備の実験室の中で、検査と投薬の日々……ただそれだけだ」
 低くしゃがれた声は、あるいは地の底からよみがえった死者のうめきにも似ている。
「だが、それでも……女の肌に触れたい……。
 ただの欲望で言っているんじゃない。ただ人肌のぬくもりを感じたいんだ……。
 触れれば死ぬ。だが触れたい……。
 ならば、『死に値する女』に触れればよい……!! そう考えた……!!」
 そこで、ディオルペは踵を返し、
「殺人鬼しかいないという触れ込みだが……お前がそうとは思えない」
 立ち去ろうとし始める。 

「それは、残念ね…」

 少女はそう言うと、ひょこりと立ち上がって小走りに駆け寄り、後ろからディオルペの手を握り締めた。
「何…!?」
 突然のことに驚愕するディオルペ。
 女の、まして少女の肌のぬくもり…と思いきや、しかしその手は異常なほどに冷たい。
「私も病気なの。ずぅっと前からよ。
 だから、すごく体温が低いの。ね、まるで、死んだ人みたいでしょ?」
 ディオルペを見上げながら、少女が微笑む。
「この病気は、別に死んだりしないし、太陽の光に弱くなりはするけど、苦しいものでもないわ。
 それに、『この病気にかかっていると、他の病気にはかからなくなる』の。
 だから、あなたに触れても、大丈夫」

   だから、「残念」だ、と言う。

 触れることは出来る。しかし望んでいたぬくもりを与えることは出来ない。

   しかしディオルペは、ただただ涙した。 
 その病み乾いた頬を、涙で濡らしていた。

  ◆ ◆ ◆

 少女の名は、バベットという。
 ディオルペに語ったその言葉に、「嘘」はない。
 彼女はかつて、タムリエル世界ににおいて「サングイネア吸血症」と呼ばれる病に罹った。
 デイドラロードの一人、ナミラによってもたらされたといわれるこの病は、症状が進行することで夜を彷徨う死者、いわゆる「吸血鬼」となる。
 300年前、彼女は吸血鬼となった。
 そしてその300年の長い長い放浪の末、彼女は居場所を得る。
 シシスとその妻、夜母を崇拝する暗殺者の組織、《闇の一党》に、である。
 彼女は300年生きた少女であり、吸血鬼であり、暗殺者である。
 ディオルペの想像をはるかに超えた殺戮と罪を重ねてきた、「罪深き女」でもある。
 彼女にとってほとんどの人間は、餌に過ぎない。
 一党の仲間を除く、ほとんどすべての人間は。
 夜母も、シシスも、ナミラも関係ない。彼らを崇拝してもいない。
 殺し合いも、首輪も、デズモントも意味は無い。それらを恐れてもいない。
 彼女にとって重要なのは、一党の仲間と、彼らといられる居場所。それだけである。



    【ヒデュン@ゾンビ屋れい子】死亡
【残り63人】


  【1日日/深夜/西エリア:森の中】
【バベット@スカイリム】
[状況] 健康
 1.可能な限り、無力な少女を装う。
 2.仲間(シセロ以外)を探す。
[所持品] 基本支給品一式、ランダム支給品×1〜3
[備考] 参戦時期、ゲーム内闇の一党クエスト開始前。(主人公、シセロとは会っていない)
・以下、当ロワ内ではバベットはこれらのスキル、呪文、能力を有していると設定する。
【種族、ブレトンの能力】
・魔法耐性:魔法によるダメージが、25%削減される。
 [>【ドラゴンスキン】:敵から受けた魔法のマジカ(魔力)を半分吸収する(1日1回、ロワ内では約20分間とする)
【吸血鬼の能力】
・冷気耐性アップ:冷気によるダメージが半減する。
・炎耐性ダウン:炎、高熱によるダメージが倍増する。
・疾病、毒耐性:一切の病気、毒が効かない。
・ナイトストーカーの足音:吸血鬼は隠密行動中、25%発見されにくくなる。
・夜の王者:吸血鬼による幻惑呪文効果が25%強力になる。
・太陽光耐性ダウン:太陽光の下にいると、体力、マジカ(魔力)、スタミナが回復せず、また弱体化する。行動そのものに支障は無い。
 [>【吸血鬼の吸収】対象の生命力を少しずつ吸収する、素人レベルの破壊魔法。(いわゆるエナジードレインだが、攻撃力は弱い)
 [>【吸血鬼のしもべ】強力な死者をある程度の時間蘇生して支配し、自分のために戦わせる。時間切れで灰の山となり再利用は出来ない。また、首なし死体も蘇生できない。(1日1回、ロワ内では約1時間とする)
 [>【吸血鬼の視力】暗い場所での視力が向上する。
 [>【吸血鬼の誘惑】あまり強くない生物を落ち着かせ、短時間敵対させない。(1日1回、ロワ内では約10分とする)
 [>【暗闇の抱擁】短時間の間透明になる。(1日1回。ロワ内では約1時間とする)
【その他のスキル、呪文】
 [>【使い魔召喚】半透明の狼の姿をした使い魔を召喚し、自分のために戦わせる。強さは実際の狼程度。(ロワ内では約20分とする)
 [>【治癒】術者のダメージを少し回復させる。
 [>【火炎】炎で攻撃する。距離は数メートル程度。素人レベルの破壊魔法。【吸血鬼の吸収】より、ちょっと強い。
 [>【千里眼】目的とする場所への道筋がわかる。見習いレベルの幻惑魔法。
 [>【恐怖】弱い相手を、約10分ほど恐慌状態にし逃げ惑わさせる。見習いレベルの幻惑魔法。
 [>【沈静】弱い相手を、約10分ほど落ち着かせ敵対させなくする。見習いレベルの幻惑魔法。(【吸血鬼の誘惑】より弱い相手)
 [>【激昂】弱い相手を約10分ほど激高させ、手当たり次第に攻撃を始めるように仕向ける。素人レベルの幻惑魔法。
 [>【挑発】対象を約20分間ほど体力とスタミナを一時的に向上させ、逃亡しなくさせる。素人レベルの幻惑魔法。
 [>【オークフレッシュ】約40分ほど、不可視の弱い魔法の装甲で身を守る。(皮の鎧を全身に着込んだ程度)
 [>【達人レベルの錬金スキル】味見をすることで素材の薬効、毒効を判別し、組み合わせ調合することで、強力な薬や毒を作れる。
 [>【精鋭レベルの隠密、開錠、スリスキル】それなりに得意です、程度。隠密に関してはさらに吸血鬼としてのボーナスも加わる。

※.ゲーム中においては、吸血行為により吸血鬼の進行度が戻り、長所も短所も減少することになっていますが、ロワ内では面倒なのでその設定は無視します。
※.幻惑呪文の対象となる「強い/弱い」は、ゲーム中ではレベルによる制限ですが、ロワ内においては「戦闘能力」と、「精神力」などから適宜判断してください。

[殺人・犯罪記録]
 300年前に吸血鬼化した少女。
 姿かたちから対象に警戒されにくいため、油断させ誘い出して殺すような方法を好む。
 ゲーム内では錬金術師としてプレイヤーに薬やその材料を売ってくれる商人役をしている。


  【ディオルペ@サタニスター】
[状況] 病気(もともと)、感涙。
[所持品] 基本支給品一式、ランダム支給品1〜3
[備考]参戦時期、世界最強殺人鬼決定戦予選開始直前。
 皮膚接触による殺害使用可。ただし対象は生者のみ。
[殺人・犯罪記録]
 病気の接触感染による殺害経験アリ。


※近くに、「毒の塗られたアイスピック」と、「ヒデュンの基本支給品一式の入ったバッグ」が落ちています。



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