青い絶望、見慣れた希望
真っ白な砂浜、照り付けるような日差し。
眼前に広がる大海原はキラキラと光る宝石のように私を魅了する。
ザクザクと足元から聞こえる砂音のリズムがやけに心地良い。
あと少しだけ、太陽の光が弱ければ良かったのに。でもそんな呑気な思考が出来る以上、自分はまだまだ正常なのだと思う。
そう、これでは光の雨では無く、どう考えても熱波だ。
ダラダラと流れ出る汗が顎のラインから首筋、そして海水で未だ湿っているパーカーに吸い込まれて消える。
ベトベトと肌に絡み付く布地が気持ち悪い。
いっそ上着を脱ぎ捨てて、水着だけになってしまいたくなるがそんな愚かな行為に出るつもりは更々無い。
自分の持ち物は身につけたこれらの衣服と右腕に抱えた"コレ"だけ。どんな些細な物であろうと無駄にする事は出来ない。
だって、なぜなら。自分は遭難したのだから。
■
絶え間なく打ち寄せる波、遥か数十メートルほど先の波頭が太陽の光を反射する。
浜辺にはポツンと佇む女が一人。
表情は険しく、顔色の悪さから彼女の不安な心情が見て取れる。
そんな部分だけ取捨しても、リゾートもしくは傷心旅行にやって来たようにしか見えない。
だけど普通の人間はこんな場所に手ぶらでやって来ないし、一人でやって来る事も無い。
旅行と言うのは大好きな人や大切な人達と一緒に行くからこそ、楽しくて素晴らしい思い出になるものである。
一人旅のように個人の趣味として旅を捉えている人間は別かもしれないが。
いや、確かについ先程までは彼女は友人達と歓喜の輪の中にいた。
彼女にとっての最愛の人であり、その全てと言ってしまっても過言ではない土見稟。
そして学校の仲間達と共に豪華客船で巡る一夏の休暇を満喫していたのだから。
まさかこんな事態に自分が陥るなど、夢にも思わなかっただろう。
――遭難。
彼女の置かれた状況、ここに至った経緯、周りの環境。
それら全てを総合すれば自然とこの結論に辿り着く。
「……嘘、ですよね」
分析などと言う帰納的な思考回路を使わなくても、軽く周りを一瞥すれば馬鹿でも分かる。
自分は突然水着だけを残して消えた稟くんを皆と一緒に探していた。
そして探している最中に立ち寄った甲板で突風に吹かれて――。
気が付けば見知らぬ海岸で小蟹と共に波と戯れていたという結末。
笑えない。あまりにも理不尽な現実に瞳は見開かれ、指先が震える。
何も無い大海原を眺め、口の中の骸骨が勝手に笑い出す。
絶望。黒一色の未来。視界が真っ白になって、意識を失ってしまいそうになる。
グラグラと膝が笑い、全身の力が抜け――。
「……痛ッ」
何かが、足元にぶつかった。硬くて重い、何かだ。
現実的な感覚に震えが収まる。
視線を真下に移す。そこにあったのは彼女にとって非常に馴染み深い道具だった。
「お鍋……?」
鍋。それは紛れも無く鍋だった。
思わず拾い上げる。
ステンレス製の水錆しないタイプ、しかも底に穴なども空いていない立派な代物。
自分の家にある鍋と比べても見劣りしないような最新の調理器具。ソレがどうしてこんな何処の国かも分からないような場所に流れ着いたのだろうか。
だけど不思議な事もあるものだ。
行き先の見えない未来に絶望しかけた彼女にとって、その『鍋』という現実めいた存在が何故か酷く愛おしく見えた。
そして思った。帰りたい、と。稟やプリムラが待つであろう自分達の家に。
それに今頃、船ではいなくなったはずの稟がさすがに見つかっている頃だろう。
逆に自分が消えた事で大騒ぎになっている可能性の方が高い。
ならば一番大切な事は生きる、その一言に尽きる。
この肉焦がし、骨を焼く灼熱の太陽の下で救助を待つ事。それが最良の策。
「稟くん。私は……必ず生きて、お家に帰ります。必ず」
彼女、芙蓉楓はもう一度海の方に視線を送ると、確かな表情で島の方に向けて最初の一歩を踏み出した。
【一日目 / 朝 /】
【芙蓉楓@SHUFFLE!MEMORIES】
[状態]:混乱
[空腹度 / 最終食事時間・内容]: 空腹、乾き / 0日目昼12時に友人と共に食事
[装備]:水着、上着
[道具]:大鍋(ステンレス製30cm)
[情報]:なし
[出展時期]:SHUFFLE!MEMORIES 最終話で稟がいなくなった後。
[思考]:救助が来るまで生き残る。
基本:自分の置かれた状況を確認。
1:周囲の状況確認。
2:食料・飲料水の確保。
3:使える道具の確保。
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