諦められない一切合切






廃棄されたマネキンのような姿で浜辺に打ち上げられた少年は、ぴくりとも動かず横たわっていた。
波に揉まれよほど体力を消耗させられたのか、その顔は青褪め生気の色は薄い。
小さく動いた唇からは弱弱しい呼吸音が漏れ、指先が瘧の様に震え無意味に砂浜を掻く。
最早限界に近い状態の中、それでも少年は右手に握り締めた品を大事そうに抱えていた。

――――深い海色をした楕円型の宝石。それを、まるで宝物の様に。

     *     *     *

いっそ暴力だと思えるほどの日差しが全身に照りつけ、皮膚の表面をチリチリと焼く。
全身の毛穴からこれでもかというくらいに汗が滲み出し、体内から貴重な水分を着々と奪っていった。
海水塗れの肌を襲うじりじりとした痛みに小さく唸り声を上げた少年は、残っていた力を無理やり集めて上半身を起こす。
じっとりと濡れた全身が気だるい重さを訴え、それ以上に、強い疲労が彼の身体に悲鳴を上げさせた。
顔面に張り付いた砂を手で払い、重い目蓋をゆっくりと開く。
眼前に広がっていたのは、閉口する様な潮の臭いから予想していた通り、何処までも広がる一面の白い砂浜だった。

「……ここは何処だ。俺は、一体どうして」

誰とはなしに呟きかけた言葉が中途で止まり、彼はその問いの答えとなる記憶を鮮明に思い出した。
彼の通う高校でクリスマスイヴに行われた、修学旅行代わりの豪華客船クルージング。
その真っ最中、彼らは敵対するある組織に命を狙われて、船上での激しい戦闘を強いられたのだ。
辛くもその場では勝利を収めたものの、彼は上官と二人海へ投げ出される羽目に陥り、そして――――。

「……そうだ、大佐……、大佐は何処にいる!?」

蘇った記憶にはっとして、大急ぎで周囲へ目を動かした。
しかし、見渡す限りに存在するのはそれこど海と砂くらいのもので、人どころか海鳥一羽見つからない。
絶望的な気分になる。大佐は――彼女は果たして無事でいるのだろうか?
何せ、人並み以上の身体能力はあるであろう自分ですら、これほど体力を消費してなんとか、という状況なのだ。
『あの』彼女が、何の怪我も無しにここへ流れ着いている保証はない。
勿論、仲間達の手によって彼女が助けられている可能性も当然あるのだろう。だが最悪の場合、既に彼女は――。
その想像と共に背中を冷たいものが走ったのを感じ、ぶるぶると頭を乱暴に振るう。
馬鹿げたことを考えてしまった。そんなこと、あるはずが無いというのに。
脳内によぎった映像を強制的に打ち消し、同時に、彼にとって大切な二人の少女の内、もう一人の顔を思い出す。
リボンの似合う長い黒髪の少女。生徒会副会長にして、『恋人にしたくない美少女』校内ナンバーワンの彼女のことを。

昨日、12月24日は、彼女の十七歳の誕生日だった。
彼はそのために、人生で始めて他者へのバースデープレゼントなるものを用意したのだ。
彼女に似合うものを考えに考え抜き、いつ渡そうかと思いながら一日中ずっとこっそりもち歩いていた品。

――――ブルーのラピスラズリ。

彼が今、唯一所持しているのが、皮肉にもその宝石だった。
普段、山と携行している武器銃器の類は、波と格闘する中で流されたのか、何一つ周囲に見当たらない。
サバイバルナイフ一つでもあれば、この状況にも十二分に対応できるというのに、それこそ何も、だ。
防御力と伸縮性に優れた戦闘服のままだったことは幸いだが、それでも不安は残る。

……いや、しかし文句を言っていても仕方が無い。
この場にいるのは恐らく自分だけで、武器や道具として使えそうなものは皆無。
だが、たとえどれほど絶望的な状況であったとしても、自分は生きなければならない。
生きて、生きて、生き延びていれば、いずれ仲間達の救助が来てくれる可能性もある。
だからそのためにも、自分は生き残る努力を放棄してはいけない。
そう。この誕生日プレゼントを、彼女に届けるためにも――――。

少年は、掌の上に乗せられた青色の宝石を見つめ、自身の首を大きく頷かせた。
そうだ。自分は生き延びられる。どんなに過酷な状況でも、どんなに無謀な状況でも。
何せ、自分は――――。

「俺は素人ではない。スペシャリストだ」

不敵な笑みを唇に宿すと、少年は立ち上がり、確かな足取りで歩き出す。
一歩、また一歩と前進する彼の表情には、確固たる自信が並々と漲っていた。

【一日目 / 朝 /】
【相良宗介@フルメタル・パニック!】
[状態]:健康
[空腹度 / 最終食事時間・内容]: 空腹、乾き / 0日目夜7時に友人と共に食事
[装備]:SRT戦闘服
[道具]:ラピスラズリの宝石
[情報]:なし
[出展時期]:ベリー・メリー・クリスマスのラストで、テッサと海に落ちたあと
[思考]:……待っていてくれ、千鳥
 基本:自分の置かれた状況を確認。
 1:周囲の状況確認。
 2:食料・飲料水の確保。
 3:テッサ(大佐)が流れ着いていないか探す



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