ソウル・ロワイアル「開幕は鐘の音と共に」






 ふっ、と。暗闇が光明で照らされると、人種・国籍も多種多様な数十名の生命体が浮かび上がる。
 とてもじゃないが共通点など見受けられはしないだろう。世界中の人間は七人の縁を辿れば皆が知り合いになると言われているが、この場の全員が何らかの形で関連性を持っているなど、誰にだって思えはするまい。
 しかし彼らを結びつけるキーワードがたった一つだけ存在していた。
 それはあまりにも抽象的で、それでも彼らが特別である理由付けには相応しすぎるもの。
 ――――彼らは皆一様に、『戦う』というさだめを負わされている。
 自ら選び取ったか、他者から押し付けられたかの差こそあれど、誰もが戦いの厳しさを知っている。
 そんな彼らだからこそ、選ばれたのだ。幻想の郷の女神、その退屈凌ぎの娯楽に。

 「ふう、お待たせして御免なさいね。少しばかり、手間を取ってしまったわ」

 集められた人々は、まるで巨大な円卓を囲むような形で座らされていた。
 ちなみに拘束などはされていない。それとも、拘束など無意味な存在でもいるのだろうか。
 円卓めいた座の中央に、一人の麗しい金髪の女性と、それと対照的な胡散臭さを放つ道化師が立ち、マイクの音量を調整する。
 やがて納得がいったのか、こほんとわざとらしく咳払いをして、彼女は改めて集められた者たちへ目を向けた。
 彼女の顔を見て、何人かが声をあげる。それは美貌を賞賛する声ではない。
 更にもう一方の道化師の姿にも声があがった。それは紛れもなく、警戒を含んだ只ならぬ様子のものだった。
 驚き。何故彼女がそんなところにいるのかと、溜まらず驚きの声をあげていた。
 驚き。何故奴がいつもとは違う者を連れているのかと、顔を強ばらせて驚きの声をあげていた。
 その様子に彼女も道化師も答えてはやらない。代わりに、女性が名を名乗る。

 「私は八雲紫。こっちは『ジョーカー』。どちらも、貴方たちを招いた張本人……ってところね」

 犯行声明とも取れる言質を、躊躇うこともなく女性――八雲紫は口にした。
 にわかにざわめきが起こるが、中には一切動じることなく興味深げに、或いは様子見とばかりに観察している者もある。
 流石は、過酷な戦いに鍛えられた者たちというべきか。
 何にせよわざわざ彼らを見繕った紫としては、その覚悟の決まった様子は苦労した甲斐あった、と思わせてくれる。
 にしても、悠長にやっている時間はない。これはあくまでセレモニーに過ぎないのだ、早く終わらせて本題に移るとしよう。

 「お前、いったい何をしようってんだ……?」

 誰がともなく呟いたそんな台詞に、紫はくすりと薄く微笑んでみせた。
 それは悪戯を披露する子供のようでもあり、人々を誑かす魔性の邪悪のようでもある。
 ぞくりと鳥肌の立ちそうな笑顔のまま、彼女は『それ』を口にした。
 全ての引き金となる言葉でもって、集められた彼等を、一瞬にして修羅の地獄へ叩き落とす。

 「簡単な事よ。何も難しくない。子供にだって解る、とても単純なお話」

 誰もが事態を正しくは捉えていなかった。だが彼等は、現実を否定できない宿命を帯びている。
 戦士として戦いを経たことで、夢と現実の区別が付いてしまったのだ。
 ゆえに厭でも彼らは現実を認めるより他ない。
 その悪夢を、吐き気すら催すような修羅を――黙って受け入れるより、ない。

 「最後の一人になるまで、殺し合いをして欲しいのよ」


    ▽    △


 八雲紫が告げた瞬間、座椅子の一つが蹴り飛ばされ、彼女を止めんとする者が立ち上がった。
 当の紫もまた、彼女が立つのは解りきっていたとばかりに口元を歪め、見知った顔の少女を見つめる。
 魔女のような格好をした、箒を携えた少女だ。霧雨魔理沙――幻想郷の人間からの知名度は決して低くない。
 その表情は微笑みを描いていたが、その中に怒りの感情が内包されているのは言うまでもないだろう。
 ずんずんと前へ出ると、真正面から紫を睨みつけて立ち止まった。

 「悪い冗談――ってわけじゃあないみたいだな?」
 「勿論よ」

 即答した紫の頬に平手を見舞おうとする魔理沙だったが、すっと頭を後ろに反らした彼女には届かず空を切る。
 余裕も平静も崩さないままで、紫は悪びれる風もなく嘗ての知り合いを見つめ、口すらも開かない。
 まるで興味などないと言わんばかりの態度に、魔理沙の苛立ちは否応なしに掻き立てられる。
 如何に既知の相手でも……いや、既知の相手だからこそ、黙って見過ごすことはできなかった。
 ここで止める。これ以上間違ってしまう前に、ふん縛ってでも止めさせてやる。
 そんな戦意を感じ取ったのか、紫は来いとばかりに笑顔にその唇を形状変化させた。
 それが始まり。

 「後悔しても、知らねえぜ!!」

   ばちり、と空気が悲鳴をあげる。
 殺しはしないが容赦をしてやるつもりもない。
 この馬鹿には、一度きつく灸を据える必要がある。
 ごめんなさいと謝りたくなるくらいどきついのを一発、ぶちこんでやるぜ――猛る魔理沙と対照的に、彼女は冷ややかだった。

   「後悔するのは貴女よ、魔理沙。これが最後通牒。席に戻りなさい。……知らないわよ?」

   抜かしてろと、返答の代わりに魔理沙は紫に向けて雷光を放つ。
 加減など誰の目から見ても存在しないのは明らかであるし、そう見えている『ごく一部』は真の意味での規格外どもだ。
 そしてこの紫も、そういう存在を知っている。こうして集める過程で、沢山目にしてきた。
 だからその心は冷めている。足りないと言わんばかりに、冷めている。
 魔理沙の一撃が紫を撃ち抜くことはなかった。
 ゆらりと彼女の姿が陽炎のように揺らめき、光線の通過した後には無傷の彼女の姿があった。
 舌打ちをする魔理沙に、「次はこっちの番ね」と前置いて紫は人差し指で彼女を指した。
 しかしその視線はいきり立つ魔理沙には向けられていない。
 彼女たち二人を囲む、他の面々に向けられている。

   「全員よく見ておきなさい? 貴女たちはこの遊戯から逃げられないわ。逃げようとすれば――」

   霧雨魔理沙が身構える。何が来ようとやられてはやらないと視線が告げている。
 だからこそ、彼女には想像もできなかったろう。
 八雲紫の攻撃は、彼女が暢気に眠っている最中から施されていたなんてこと、気付くよしもなかったろう。

   ぐじゃ――――と。何かの潰れるような音が響き、魔理沙の胸元が真っ赤に染まった。

 「あ、れ?」

 拍子抜けな声を漏らし、魔理沙はそのまま倒れ込んだ。
 紫はその屍を掴み上げると、その胸元の外傷を見せつける。
 中で爆弾でも爆発させられたように損壊したそれは、誰がどう見ても助かりようのないそれ。
 防御などできるわけがない。内側から迫る爆発を、爆弾が止められないのと同じように。

   「莫迦ですねぇ。我々が、何の対策もしていないと思っていたのでしょうか」

 ジョーカーが下卑た笑い声をあげるも、彼に憤りと警戒を示していた少女たちですら非難することはできない。
 あまりにも突然だった。命が飛び散る瞬間はあまりにも呆気なく、取り返しの付かない一瞬だった。
 思惑通りとばかりの表情で、紫はそれを告げる。

 「私に逆らったり、殺し合いの打破など目論もうものなら、彼女のようになるので注意。
  補足しておくけれど、自分はそれでは死なない……そんな考えは今すぐに捨てた方が賢明よ。ここでは誰もが平等に死ぬ。弱者も強者も一緒くたになって死ぬの。そうでなければ意味がないものね」

 意味ありげな言い回しで、しかし肝心なところはぼかして紫は語る。
 確かにこの場には、普通の手段では殺せないような存在が幾つか存在している。
 聖遺物の使徒、黄金の獣、悪魔の実の能力者、巨人、伝説の戦士。
 だが彼等も死ぬと紫は語った。皆平等に死ぬ。命はこの場に限り、平面の価値へと戻るのだ。
 その中で頂点に君臨するのは八雲紫。逆らおうものならば、その心臓は無情に弾け飛ぶのみのこと。
 彼女の知り合いですらも、彼女に声をあげる者はもういない。
 臆病云々にあらず、そうすれば散った勇敢な魔法使いの二の舞になるのが見えているからだ。
 勇気と無謀は違う。履き違えれば、待つのは賞賛ではなく無情なる死。愚鈍すらも時には美徳である。

 「殺すといっても、色々あるわ。でも難しいことは要求しない。どんな手段でも、殺害すればそれでいいの」
 「……ふむ。では、規則のようなものはないということかな?」

 質問を投げたのは、柔和な顔立ちをした、だが道化師に負けぬ胡散臭さをはらんだ男であった。
 男の名前は摩多羅夜行。自己愛の道理に生きるだけあってか、殺し合いへの抵抗心は他よりは幾分か薄いように見える。
 彼の質問に、いい質問ねと評価を下した後で、紫は再び語り始めた。

 「確かに規則は、『殺す』という箇所においてなら存在しないわ。誰が誰を殺したってかまわない。それで咎められることはない。けれど、その他の箇所については多くはないけれど、制約を掛けさせて貰う。
  といっても簡単なことよ。ちょっと気を付ければ触れることなんて絶対にないような、つまらないルール。

     一つ、此方で指定した遊戯会場からは外に出ないこと。
  一つ、六時間毎の死者を告げる定時放送で指定される、禁止エリアに15秒以上滞在しないこと。
  そして、定時放送で”死者が呼ばれない”事態を絶対に避けること。
  たったこれだけよ。破れば死ぬけど、簡単なことでしょ?
  ちなみに三つ目は、そうね。破られた瞬間、連帯責任で全員の心臓を爆破するわ。私もそんなのは望んでいないのだから、あまり拍子抜けさせないで頂戴ね?」

 その余りに不遜な態度に、誰もが言葉を返す意欲さえ損なってしまった。
 彼女はこの蛮行を当然のものとばかりに語っている……今更どんな理屈を並べ立てても、止めることはできないだろう。
 質問は以上かしら、との問いに、さしもの夜行でも首肯を返すよりない。
 彼は間抜けではないのだ。もし楯突けば次は我が身であると、紫の怜悧な笑顔が如実に示している。

 「さて……それじゃあ初めて貰おうかしら。命懸けの、デスゲームを」

 駒の数は六十余り、用意した箱庭は小島一個分ほど。
 そう簡単に終わって貰ってはつまらない、それにそれでは意味がない。
 紫が片手を掲げると同時、ジョーカーが手元にあった宝石のようなものを宙へと放る。
 それが目映いばかりの紫光を放って瞬いたかと思えば、光が晴れた時には、もう誰もいなかった。
 転送が完了したのだ。セレモニーは終い。これからは現実を生き抜くために、四苦八苦して貰う。

 「いやあ、見事でしたねぇ」
 「黙りなさい」

 ジョーカーの卑しげな笑いを一蹴すると、八雲紫は唇を強く噛みしめて俯いた。
 彼女が殺した友人の躯は既にそこにはない。
 ジョーカーが全体への転送を行使した時、その躯もまた消えてしまっていた。

   「ごめんなさい……ごめんなさい、魔理沙……ッ!」

   参加者たちの前で見せていた冷徹さからは想像もできないような表情で、紫は後悔を口にする。
 ジョーカーはそんな彼女の後ろ姿を見て、にたにたと、にやにやと笑顔を浮かべている。
 彼女はさだめに抗うことができない。そうしてはいけないことを、しかしジョーカーは知らない。

 「でも、仕方ないのよ……だって――――」


 そして始まる。命懸けのバトルロワイアル。生き抜くのが許されるのは強き者。
 弱者は死に絶え屍を踏み潰される無情の遊戯を――踊り抜くは、いったい誰か。

 ――――午前零時を告げる鐘の音が、やけにけたたましく鳴り響いた。


 【霧雨魔理沙@東方Project  死亡】
【残り64人】



   【遊戯開始】



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