俺歴史ロワ(仮)






王は満足していた。
王の眼窩には数多の人間たちが立っている。いずれも例外なく、そこらの凡人どもとはまるで違う特別な人間たち。
一言で言えば天才、ということになるのだろうか。
彼らはいずれも突然拉致されてこの場所に連れてこられたものだ。普通の人間であれば、呆然としたりあわてふためいたりするところだろう。
だが、彼らの様子はまさに王の期待通り――いや、思惑通りであった。
動揺したような顔を見せるものも何人かいるものの、誰一人取り乱す者は無い。
中には、まるでこの状況を楽しんでいるかのように笑みを浮かべる者もいた。
王は口の端に笑みを貼り付けて、玉座から立ち上がった。


「さて、そろそろ始めるとしましょうか、皆様方」
王の声がその場にいる人間たちの注意を惹きつける。
「そろそろ始める、だと?」
シルクハットを被った男が笑みを浮かべながら首をかしげるような仕草をした。
「確かに、何かが始まる、ということは容易に予想できること。だがしかし、いったい何を始めようと言うのかね?」
「左様だな。我らをここに集めた手段はあえて問わぬが、なぜわざわざこんな大掛かりな真似をする必要があったのか……興味は尽きぬ」
学者のような風貌をした男が口を挟んだ。他のものたちも声に出す出さぬを別にして、等しく同意を示す。
それを聞いて、王はやはり満足そうに笑い―――

「これから皆様方には、殺し合いをしていただきます」

そう、簡潔に宣言した。

「すまぬ、見知らぬ不遜なる男よ」
群衆の中から一歩進み出たのは、立派な髭を生やし軍服に身を包んだ以下にも武人然とした男だった。
「今一度確認したいのだが―――先刻、そなたは我らに殺しあえと、そういう意図の言葉を発したのだな?」
「違いない」
王は大仰に頭を下げる。
軍服の男は、ふむ、と顎鬚に手をやる。
「大義のある戦いの中でならばいくらでも我が辣腕を振るおう。しかし、我には今ここで初めて会ったような人々と剣を交える謂れは無い。
大義も必要性も無ければ、そのような戯けた言に従う者など誰もおらぬと思うが、いかがか?」
「ええ、おっしゃるとおりでしょうとも。そこで私は、皆さんに『大義』と『必要性』をお与えしましょう」
王の言葉に、その場の誰もが身構える。
「一つ。これから開始される殺し合いによって、最後まで生き残れる方は皆さんの中のたった一人のみです。
つまり、ご自分が生き残りたければ、他の方を全て殺すより他無いということです」
この告白に、何人かが驚いたように声を漏らした。
「もう一つ。この殺し合いで見事優勝された方には、私の方から一つの商品を進呈いたします。
望みを何でも叶える、という商品をね」
この宣告には、さっきよりももっと多くの者たちが反応を示した。
なぜなら、今ここにいるものは皆程度の差はあれ、胸に何らかの望みを抱いているか、さもなくば過去に敗れた望みを持っていたからだ。
「バカバカしい!!」
堂々と声を上げたのは立派な口髭を蓄えた堀の深い顔の男である。
「何でも望みを叶えるだと? 貴様は神にでもなったつもりか?」
「信じる信じぬは皆様の自由。ただし、殺し合いに参加する以外にこの場から逃れる方法が無いのは紛れも無い事実であります」
男はいぶかしむような顔をして押し黙った。
王が人間業を離れた能力を手にしていることなどは容易に想像がつく。王を殺したところでここから脱出する術などわからない。
「さて、それではもう少し詳細な説明に移りましょう。今、皆様の体に首輪がついていることはお気づきだと思います。
この首輪ですが、中には爆弾が仕掛けられております。それもごく小型のね。
おや、中には爆弾というものをご存じない方もいらっしゃる? 仕方がありませんね、ここは一つ実践と行きましょう」
王はそう言って頭の上に掲げた指を鳴らした。
その途端、乾いた破裂音がした。音のしたほうに目をやると、先ほどまで群衆の中に立っていた男が床に倒れていた。
―――首を失い、胴体の先から鮮血を噴出しながら。

さすがに青ざめて目を背けるもの、怒りに満ちた顔で王を睨み付けるもの、眉一つ動かさないもの、反応は様々だった。
だがしかし、その全員がこの一瞬にして理解していた。この王は本気なのだと。
「さて、これから皆様には私の用意した殺し合い専用の戦場へと移っていただきます。
首輪が爆発する場合は以下の三つ。
私が随時指定する『禁止区域』に足を踏み入れた場合。
六時間の間、一人も死者も出ない場合。ああ、この場合は皆様全員の首輪を爆破させていただきますからね。
最後は、この私に反抗するような素振りを見せた場合。先ほどお見せした通り、皆様の首輪は私の意志で爆発しますので。
なお、皆様には六時間おきにそれまで死んだ方のお名前と次に禁止区域に指定される場所の情報をお伝えしますので、ゆめ聞き逃しませんよう。
さて、他に何かご質問はございますか?」

「一つだけ、聞かせてもらおうかしら?」
手を上げたのは、まだ十歳かそこらの少女だった。この場にいる人間たちの中では一番年少のようだ。
「なんでしょうかお嬢さん? おっと失礼、『閣下』とお呼びするべきでしたね」
「構わぬ。どうせ私の王位など飾りに過ぎないもの。それよりあなた、一体何のためにこんなことをするの?
こんなことをしてあなたに特になることがあるとは思えないけど」
それはもっともな疑問だった。少女の周りにいる大人たちも同意したように頷く。
わざわざこんな大掛かりなことを用意し、実行しなければならない理由がこの王にはあるのだろうか?
しかし、王はもったいぶったように口を開くと
「さあて、何ででしょうね? しかし、人間は時には何の利にもならないことを平気で行う生き物だということは、皆さんご存知ではありませんか?
などと言って薄ら笑いを浮かべた。
「さて、これ以上は時間の無駄というものでしょう。皆様とはしばしの別れを。もっとも、これが今生の別れとなる方もおりましょうがね」
王のその言葉を合図とするかのように、舞台は闇に包まれ、そこにいた人間たちの意識も闇の中へと飲まれていった。



【曹豹  死亡確認】
【残り45人】


【主催者】
【ロムルス】

【参加確認】
【ホレース・ド・ヴェア・コール】
【ミシェル・ネイ】
【フリードリヒ・ニーチェ】
【ヤドヴィガ】



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