妄想少人数ロワ
頭の芯の辺りがぼんやりと熱く、風邪でも引いたときのようにずきずきと痛む。
その偏頭痛のような刺激で目覚めた私は、ふわぁと小さく欠伸をしながら身体を横へ半回転させた。
目覚まし時計のベルがまだ鳴っていないのを確認し、朝食前にもう一眠りせんとばかりに掛け布団を手繰り寄せようとする。
指先を身体の脇へと伸ばした私は、そこで漸くその事実に気付き、ふと不審感を覚えた。
……あれ?
私が伸ばした掌は虚しく空を掴み、そこにあってしかるべきお気に入りの毛布を握ることはいつまで経ってもなかったのだ。
昨日は少し蒸し暑かったから、知らず知らずのうちに蹴飛ばしてしまったのだろうか。
そう思いながら眠い目を擦り、未だ覚束ない起き抜けの足取りでよろよろと立ち上がる。
寝ぼけ半分の腫れぼったい目蓋を持ち上げて周囲を見渡した私は、その状況が理解できず、思わず声を上げていた。
「えっ!? ……ちょ、ちょっと何処よここ!!」
そう口に出してしまってから、思いのほかよく響き渡る己の声に自分自身がびっくりする。
けれど、驚くのも無理はないだろう。
何故って私はいつのまにか、見知らぬ部屋で眠っていたのだから。
……これが、見覚えのないマンションの一室とかなら、もう少し解釈の仕様もあったのかもしれない。
例えば、友達の家に遊びに来て夜遅くなったからそのまま泊まってしまったのをすっかり忘れていた、とか。
でも、今回に限ってはそんなことあるわけもない。
何せ私が今の今まで眠っていた場所と言うのは、古ぼけた学校の一室だったのだ。
誰もが一度は見たことのある、正方形のマス目状に板が嵌めこまれた木製の床。
前と後ろの壁に設置された巨大な黒板。
整然と並べられた四十個近い机と椅子の山に、モップのはみ出した掃除用具入れ。
それらを見て、ここがどこなのか分からない人間はいないだろう。
少なくとも、現代日本に住む真っ当な人間である限りは、一度はお世話になったことのある施設……、小学校だ。
だが、それが分かったところで現在の状況にとってなんらプラスされるものはない。
『何処』なのかが分かるのと、『どうして』なのかが分かるのは全くの別問題なのだから。
「……って、だから一体何でこんなところで寝てるのよ!」
そう叫んだ私が次の瞬間考えたのは、これがこなたやつかさの仕組んだ悪戯ではないかということだった。
昨晩眠った私をどうにかしてこの場所に運び込み、右往左往している姿を影からこっそり覗いて笑っているのかもしれない。
寝ている人間を気付かれずに動かすというのは無理がある気もするが、黒井先生辺りを巻き込めば移動手段はどうにでもなるだろう。
……うん、ありえる。というか、多分これが一番無理のない答えじゃない?
まさか、ぐでぐでに酔っ払ったせいで、窓から小学校の教室に入り込んでしまった、なんてことは無いだろうし……。
私はその思いつきに確信を持つと、どこかで見ているはずのこなた達を探すことに決めた。
何故かパジャマではなく学校の制服を着たままだったので、着替える必要はなさそうだ。
先ほど寝かせられていた簡易式の折りたたみベッドから勢いよく立ち上がり、まずは隣の教室を覗いてみようとドアに手を掛ける。
けれど廊下に出ようとしたところで予想外の事態が起こり、私は思いがけずぴたりと動きを止めた。
キーンコーンカーンコーン、キーンコーンカーンコーン……。
突然鳴り響くその金属音にびくりと肩を上下させてから、けれどそれ以上は気にせず、すぐにまた廊下へと飛び出そうとする。
しかしその行動はまたしても予想していなかった出来事に遮られ、私は再び教室へ戻らざるを得なくなった。
『――――やあ、よく眠れたかな諸君』
スピーカーから響き渡る下品な男の声に眉を顰めながら、私は歩みだしかけていた足を室内へと戻した。
特に理由があったわけではない。
ただ、廊下ではスピーカーの声が少し聞き取りづらいかもしれないと思ったからだ。
教室内へと戻った私は折りたたみベッドの上に軽く腰掛けて、声の続きを待った。
それを見越したかのように丁度いいタイミングで、その声が私へ向けて新たに話しはじめる。
いや、さっき男は『諸君』と言った筈だ。だとするなら、私以外にもこの放送を聞いている人がいるということだろうか。
……ああ、もしかしてこれもこなたの考えた遊びの一貫かもしれない。
そうだとするとこの声は、あのノリのよさそうなこなたのお父さんだったりして……?
『さて、諸君らは今、不思議に思っていることだろう。ここはどこなのか? 自分は何故、この場にいるのか? と。
……だが、余計なことは考えなくていい。 諸君らがこの場ですべきこと、考えねばならないことはたった一つに集約されるからだ』
おじさんったら、ノリノリだな。まるで、本当にラノベに出て来る安っぽい悪役か何かみたい。
私はその声を聞いてそんな風に思いながらも、どうしてか嫌な汗が背中に伝うのを感じていた。
ふつふつと湧き上がる冷たい汗が、セーラー服の襟元をぺったりと肌に貼り付けさせる。
『その一つとは、殺し合い……「バトルロワイアル」だ!!
諸君らには、この建物の中で、蝿のように無残に! 豚のように無様に! 殺しあってもらおう!!!
……生きて帰ることが可能な者は最後に残った一人のみ。 それ以外の者は、皆この中で汚らしい屍となって朽ち果てるのだ!』
ヒーヒャハハハと耳を塞ぎたくなるほど品の無い笑声が、スピーカーから高らかに漏れた。
腹を抱えて大爆笑するようなゲラゲラという声をひとしきりさせたあと、男は再び声を紡ぐ。
『必要な道具は全て揃っている。キサマらの寝ていたベッドの横に、袋が置かれているだろう?
その中に、殺し合いの、騙し合いの、奪い合いのために有用な武器や道具を入れておいてやった。
勿論、それが不服ならば自由にするがいい。
己の身体と技一つで戦うも、他の者の武器を奪うも、この建物の中にある道具を使うも全ては自由だ。
私が望むのはただキサマらが醜く醜く殺しあうこと、唯一つなのだからな!!!』
私は、反射的にのろのろとした動作でベッドの横を探った。
先ほどまでは気付かなかったが、そこには確かに旅行に使うようなデイパックが置かれている。
袋の中身を確かめようと紐に手を掛けたところで、スピーカーの声が再び唐突に口を開いた。
『……おっと、其処のキサマはまだ信じていないようだな?』
どきり、と思わず胸が竦んだ。
その指摘が自分に対するものなのかもしれないと思ったら、急に怖くて仕方なくなったのだ。
けれどどうやら、男が発したその言葉は私に向けてのものではなかったらしい。
加虐的な色を隠そうともしない声で、男はスピーカー越しに告げた。
『だが、人の忠告は最後まで聞いたほうがいいぞ。ほら、そうやってこの敷地から出ようとするのは勝手だがな……』
……出る? 敷地から?
どういうことだろうと奇妙に思いながら、私は何気なく視線を窓の向こうへと移す。
ガラス越しの景色の中で瞳に映った光景は偶然にも、今にも校門を乗り越えようとする男の人の姿だった。
黒いタンクトップを着て帽子を被ったその人は、私の見ている前で鉄柵に両足を掛け――――。
門の向こうへと降り立った瞬間、四散した。
「…………え?」
私は馬鹿みたいな声をあげて、今しがたまで男の人がいた場所を食い入るような目で凝視する。
けれどそこに最早人はいなくて、ただいくつかの部品に分かれた血塗れの身体が散らばっているだけだった。
鈍く光る鉄柵には、現実味のない鮮やかすぎるほどの赤色がべっとりと飛び散っている。
その側でごろりと転がっている西瓜のような形状のものには、先刻見たばかりの帽子が辛うじて引っかかっていた。
現実感が、遠く遠くへ離れていくのを感じる。
まさか本当にそんなことが。
反射的にそう思い、信じたくない私と事実を見据えろと言う私が脳内で戦っていた。
しかし、そんな私の混乱など何処吹く風といった感じで、スピーカー越しの男はおかしそうに告げる。
『……まったく、雄豚の愚鈍な行いのせいで貴重な殺し合いの数が一人分、少なくなってしまったではないか。
ククッ、だがまあいい。これで残りの人間には分かったことだろう。これがただの冗談などではないと言うことがな。
そうそう。先走った阿呆には伝えられなかったが、私に反抗して殺し合いを止めようなどとは思わないことだ。
今、奴が爆死するのを見ていた者も多いだろうが、キサマらの首に嵌められた首輪には高性能の爆弾が仕込まれている。
六時間経っても誰も死ななかった場合は、適当な人間を一人、こちらで選んで爆破してやる。
脱落者の名前は三時間ごとに発表してやる予定だから、もしも一度の放送で誰も呼ばれなかった場合は、急いで近くの者を殺すことだな!!
勿論、この場から逃げ出そうとした者や、愚かにも私に立てつく様な行動を取った者にもすぐさま制裁が下るから、そのつもりでいろ。
尤も、蟻が象に立ち向かうなど、はなから不可能なのだがな!!!! ハハハハハッッッ!!!!!
……それではせいぜい足掻くがいい。私はここで、キサマらが死ぬのをゆっくりと見物させてもらうとしよう。
ハハ、フハハハハハッッッ……、ヒーハハハハハハハハハッッッッッ!!!!!!』
甲高い笑い声が締めくくりの一声であったらしい。
それ以上いくら待っても、頭上のスピーカーからは何一つ流れて来はしなかった。
私は男が最後に告げた警告を反芻しながら、無意識に首筋へと両手を向ける。
金属的なひやりとした感触が指先に当たり、無骨な首輪が確固たる存在を主張していた。
ガラス窓に映った自分の姿を見れば、いつの間に付けられたのか、そこには確かに銀色のリングが嵌められている。
私は最早何も聞こえないスピーカーを見上げ、ふと、先刻男が口にしたある単語を呟いた。
「バトル、ロワイアル……」
【富岳ジロウ@ひぐらしの鳴くころに 死亡】
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