妄想ポケスペロワ






我が子に、一目逢いたい。

全ての始まりは、一人の父親としての願いからだった。
その為に男は己が組織の力を使い、あらゆる手を尽くした。
果てに辿り着いたのは、あらゆる願いを叶える伝説のポケモンの存在。

――――ロケット団、ジラーチの捕獲に成功。

あらゆる願いを叶える力を持つというジラーチは、
彼にとってまさしく希望の星だった。
特殊機械によりジラーチの感覚を狂わせて目覚めの時期を早まらせ、
もうすぐ目を開けんとしている願い星の前にひとり立つ男――
――ロケット団首領のサカキは、一枚の写真を眺めていた。
若き日の自分と稚い愛息子の映った写真。
一度は喪った、幸福の絵図。
(もうすぐ会える)
そう確信し、古びた写真を懐にしまった。
まだ見ぬ成長した息子の顔を思い浮かべ、彼はジラーチと向きあう。
願いを言おうと第三の目と目を合わせた瞬間、濁った赤光を見た気がした。
次に感じたのは、

――――強烈な光と衝撃。



…………。
……。

その後の事は、分からない。
デオキシスの時のように施設が大破し、その事故に巻き込まれたのだろうか。
ここはどこであろう。
明るいか暗いか、上下左右がどちらか、全く判別付かない。
足場も判然としない。
立っているのか、浮いているのか、吊り下げられているのか、横に寝かされているのか、それとも――

(何だ、この空間は……)

反射的に腰のボールホルダーをまさぐった手指が硬直する。
ない。
そこに肌身離さず携帯していた筈のモンスターボールは、一個たりとも指に触れなかった。
その事に不安感を覚えながら、表情には出さず周囲を窺った。

謎の空間には、ポケモンの姿こそ見つからなかったが
サカキ以外にも多くの人間達がいた。
皆、一様に戸惑い、怯え、警戒している。
腰をまさぐったり服の懐を確かめているのは、サカキ同様の
ポケモントレーナーであろう。
その、ポケモントレーナー達の群れの中に、サカキは見つけた。

――――赤髪銀目の少年。

10年前の幼い姿から、大きく成長して尚、面影の在るその姿。
忘れる事のない、探し求めていた家族の姿。
止め様のない叫びが喉から迸った。
(……シルバー!!)

しかし、サカキの声にシルバーを含め誰ひとりとして反応しない。
どうやら、こちらの声は向こうには十分に届かないらしい。
辺りを注意深く見渡す。
シルバーの他にも、サカキの知る顔が幾つもあった。
見える口の動きで叫んでいると分かる者は他にもいたが、
その声もサカキの耳には届かなかった。
駆け寄ろうと手足をばたつかせている者もいたが、
それぞれの距離は一向に縮まらない。
ここがどこであるのか……
何故、このような状況になったのか……何もかも定かではないが、
ここが特殊な空間である事は間違いなさそうだった。

ちかりと目端を刺した反射光に気づき、
近くにいるトレーナーを注視すると、首に細い銀輪が見えた。
見渡してみれば、どの人間の首にも同じものが嵌められている。
サカキは自分の首筋に触れてみた。
やはり、同じように銀の細輪がかっちりと嵌められていた。
このようなものは装着していなかったはずだが……何時の間に。
指で継ぎ目を探ろうとした瞬間、
サカキの頭の中に耳障りな声が降ってきた。


『ジャジャ〜〜ン!!
 ミナサン気分ハドウデスカ?』

見上げると、そこには見慣れた機械があった。
ロケット団の科学力によって生み出された
トレーナータワーのマザーコンピュータ、『r』(アール)。
「r、か」
『ハイ、そーデスヨ?』
神経を逆なでするような下品な口調は敢えて無視し、
サカキは落ち着いて問いかけた。
「ここは何処だ?」
『ココハじらーちノ暴走ニヨッテデキタ特殊空間。
 暴走事故ニ巻キコマレ、理由ハ不明デスガ
 多クノ人間ガココニ閉ジコメラレテシマッタヨウデス。
 残念ナガラ脱出スル方法ハ一ツシカアリマセン……』
「それはどのような方法だ?」
『ソレハ……』


『ミナサンニハ、殺シ合イヲシテモラウコトデス!!』


その一瞬、場がうそ寒いほどに静まり返った。
不意に別の声が頭の中に割り込む。
「オイ、『r』!」
サカキには聞き覚えのある部下の声。
『r』のプログラミングを担当した、チャクラだった。
「殺し合いとかフザケすぎですから!
 さっさと助けろじゃん!
 オマエをつくったのはオレじゃん!?」
『ン〜……』
rは即応せず、勿体ぶるフリをしながら
喚き跳ねるチャクラをゴミでも見るような目つきで睥睨した。
『デキマセンカラ、ソレハ〜……残念!』
自分の口調をそっくり真似たrの反応に、
チャクラは地団太を踏んで苛立ちながら抗議する。
「ななな何ですじゃん!?
 機械のクセに作り主に逆らうとか、ありえませんかr」
rの巨大な目玉が、何かに目くばせするように一回瞬いた。

ぼひゅっ、と間の抜けた軽い爆発音。

チャクラの頭部が真上に飛び上がった。
胴体を下に残して。
その唐突でシュールな光景は、
ハズレの穴に短剣を刺すと人形が飛び出す子供の玩具を連想させた。
爆発の衝撃で飛び上がった生首が、rのモニターに当たり
血痕を垂直に曳きながらごろりと落ちていった。
『キッタネー花火……』
馬鹿馬鹿しいほど大量の鮮血を振りまきながら、
頭がなくなった分さらに小さくなったチャクラの体が
ゆっくりとのけぞり倒れる。
悲鳴とどよめく気配が伝わり、視界内に存在しているトレーナー達が
一様に青ざめたり目や口を押さえている様子が見えた。

『全員ノ首ニ輪ッカガツイテルジャン?
 モシ逆ラオウトシタラ、ソイツヲ爆破シマスカラ!
 ソシタラ、ドンナ強イとれーなーダッテ
 コノちびト同ジクアボーンシチャウヨ!
 ダカラオカシナ事ハシナイ方ガイイヨ! ギャハハハー!』

場が静まり返ったのを確認し、
rは満足そうに目玉を弓張り型にした。

『コレカラ皆ニハ殺シ合イシテモライマスガ……
 ソノ最中モ、ズーット監視シテルカラネ?
 首輪外ソウトカ、殺シ合イ怠ケテずるシヨウトカ、
 r様ニ逆ラオウトカ……シナイ方ガイイデスヨ?
 ギャハハハ、ヒャハハハハーッ!!!』

思わず奥歯を噛みしめると、額を汗が伝った。
チャクラの死を目にして、一つ分かったのは
いま目の前にある『r』が暴走状態にあるという事。
自らの造り主を殺害するという暴挙に至ったのがその証拠。
しかし、眼前で事の主催者のように振舞っている『r』が
全ての元凶とは考えにくい。
空間を作る、人を集め無力化し拘束する、等々―――
ロケット団の力をフルに行使してもそう簡単にできることではない。
単なるプログラムである『r』にはそこまでの力は無い筈だ。
が、思い当たる可能性が一つだけある。
(……改造を施したジラーチが暴走したのか。
 ジラーチ制御には『r』の機能も一部利用していたため、
 その暴走の煽りを喰らって異常をきたしたのだろう)

サカキが頭の片隅で目まぐるしく考察をしている間にも、
rは自分勝手なゲームのルールをベラベラと喋りまくり続ける。

「おい! 俺のポケモンを返しやがれ!」
誰かの声が拾われた。
『ン? イイヨ?
 とれーなー様ハ弱ッチイカラ、ぽけもんガ居ナキャ
 殺シ合イナンカとてもデキナイヨネ? ダカラあげるヨ!』

rの音声と同時に、各人の目の前に三つの物体が現れた。
一つは、ポケギア。
もう一つは、モンスターボール。
そして最後の一つは、トレーナーがよく使用する
ボールや道具類を効率よく収納整理できる多機能バッグ。

『ぽけぎあハ時計ガワリ。
 6時間ゴトニ死ンダアホノ名前ト、禁止えりあヲ発表スルヨ。
 禁止えりあハ、一歩デモ入ッタラ自動的ニ首輪ガぼーん!』

『禁止えりあニウッカリ入ッチャッタラ興醒メデスカラ、
 「マップカード」モおまけシテヤルヨ』
ポケギアの画面が自動的に切り替わり、
見た事もない地形を映し出した。
『MAPノ端ハぐるりト禁止えりあ二ナッテルカラ、
 逃ゲヨウタッテ逃ゲラレマセンカラ! ヒャヒャ!』

『ぼーるハ最初ハ一人一個!
 ドノぽけもんガ当タルカハ運次第!
 モウ一個、r様ガ適当ニ選ンダ道具モばっぐニ入レテオクカラ、
 ウマク使ッテ殺シ合イえんじょいシテネ!』

「待って、殺し合いってどれくらい続くの?
 いつまでここにいなきゃいけないの?
 食糧や水は……」
今度は、女の声が割って入った。
『食糧? 水ゥ? ソンナモノ殺シ合イニ必要ナイデショ?
 自分トぽけもんノ力デ探スカ奪ルカスルンデスネ!
 奪リ合イ殺シ合イガド〜シテモ嫌ナラ、
 飢エテ渇イテ死ヌノモアリだと思イマスカラ。
 ソレガ嫌ナラ……殺セ! 生キ残リタカッタラ殺セ!
 殺シテ、殺シテ、殺シマクレ! ソシテ最後ノ一人ニナレ!
 ……デスカラ〜』
「そんな……」

『ソウシテ、最後ニ一人ダケ残ッタラ……そいつダケ
 コノ空間カラ出シテアゲマスヨ? じらーちノぱわーデネ!』
巨大な塔のようなrのボディの一部が開き――
そこに繋がれたジラーチが姿を現した。
『じらーちノ短冊ハ残リ2枚!
 ツマリ……ココカラ生還サセテモラウ為ノ一枚。
 ソシテ、モウ一枚ハ……優勝者ヘノ御褒美。
 ばとるろわいあるニ勝チ抜イタ人ハ、
 何デモ願イヲ叶エル権利ヲ得ラレル!
 r様ハ自分ノ願イ事ナンテひとつモセズ、
 頑張ッテ生キ残ッタ人ニ権利ヲ丸々アゲルト言ウノデス。
 ドウデス、優シイデショウ!』

「一つ、聞きたい事がある」
重い口を開き、サカキはrを見上げた。
「……何故、このような事をする?」
『何故ッテ? ドウシテこんな事スルノカッテ?
 理由ガ知リタインデスカ〜?』
rの目玉がサカキの方を向いた。
下手に機嫌を損ねれば、チャクラと同じ末路を辿るかもしれない。
だが怯まず、サカキは狂ったコンピュータに話しかける。
「……そうだ。貴様は何のために、このような事をする?
何かの利があるのだろうか。
私はR団首領だ。大抵の望みは叶えてやれる――お前は、何を望んでいる?」
この場にはサカキの息子がいる。
10年、あらゆる手を尽くしてでも逢いたかった大切な子供。
可能ならば、殺し合いになど巻き込みたくはない。
rが少しでも考えを改める可能性に懸け、サカキは説得を試みる。
『r様ノ望ンデイル事……』
半球状のモニタの中で目玉画像がぐるぐると回転する。
まるで迷い、考え込んでいるかのように。
「私にできる事なら協力しよう」
目玉の回転が止まり、サカキの前でぱちんとウインクした。
『ワカリマシタ』
「そうか、では――」


『ダガ断ル!!!』

怒号のような大音量が全員の脳を直撃し揺さぶった。
『コノrノ大好キナコトハ、自分ガ強イト思ッテルとれーなーヲ
 ふるぼっこニシテヤル事ナンデス!』
虹色の光を狂ったように点滅させ、rは嘲笑を振りまいた。
『理由ナンカ全然ナイデスカラ〜〜〜〜!
 シタイカラスル! 殺シ合イガ見タイカラ、ヤラセル!!
 ソレダケデスカラ〜〜!
 ザンネ〜〜〜〜ン!! キャハハハハハ!!!』
「…………そうか」
狂っている、とサカキは心中で毒づいた。
説得もこの様子では暖簾に腕押し、不可能であろう。
となると――――

『ワカッタ? ネエ分カッタ? 今ドンナ気持チ?
 殺シ合イサセラレルト分カッテ、ドンナ気持チ?』

おそらく同じ声を聞いているであろう他のトレーナー達も、
一様に同じ感情を抱いているであろう。
絶望と、反抗心と、死への恐怖と、生への意志。
それらを胸に渦巻かせて、ある者は呆然とし、
ある者は崩れ落ち、ある者はrを睨みつけ、
ある者は早速生き残る算段を考えている風であった。
サカキは――――


『サア! ソレデハ、ばとるろわいあるヲハジメテモライマス!』
rの声が響くと同時に。
全員の意識はブレーカーを落とすように闇に落ちた。



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