妄想しっぽ取りロワ






 首輪がないなら、しっぽをつければいいじゃない。

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ルール1
参加者には例外なくしっぽが発現する。
初期の長さは体長に比例する。

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「……ん」

 ごうごう、というエンジン音でボクは目を覚ました。
 寝ていたせいで乱れた自慢のツインテールを手で軽くすいて、あーあーと起き抜けの発声練習をする。
 ボクの名前は初音ミク。
 よし大丈夫、ちゃんと言えてる。
 歌は歌える?

「みっくみ〜くにし〜てあげる〜♪」

 うん、問題ない。でもやっぱり少し喉の調子が悪いかな。冷たい床で寝ていたからだ。

 ところでここは何処だろう? ごうごう、という音にはエンジン音だけじゃなく、風も混じっているみたいだ。
 まさか空? 飛行機の中? でも、なんでこんなところに。

「みんな、起きたみたいね」

 戸惑うボクに声をかけたのは女の子だった。
 三つ編みお下げを二つ作った、包帯だらけの女の子。同い年くらいかな。
 女の子の姿を見たあと、ようやくボクは辺りを認識し始める。
 ここはステージ? 会場?
 そのくらいの広さのある灰色の壁のホールだ。
 さっきの包帯だらけの女の子はどんな魔法を使っているのか、
 ボクたちの上の空中にふわふわと浮いてボクたちを見下ろしている。

 ボクたち。そう、ここにはボク以外にも、沢山の人がいた。
 驚いている人。ぼーっとしてる人。怒っている人。知り合いの姿もあった。
 何人いるのだろう。30人? 40人?

「……あれ」

 なんだろう。いや、どうしてだろう、かな?
 色とりどり、服装も髪も違うボクたちは、みんな一つの共通点を持っているようだった。

 でも、さっき浮いていた女の子には無かった。女の子だけが、特別?
 ボクにはついてるだろうか。おしりの辺りを手で探ってみる。……あった。

 しっぽ、だ。
 猫のしっぽみたいな細長いものが、ここにいる全ての人たちについている。
 もふもふな、かと思えばごわごわな、黒いしっぽ。
 誰かが取ろうとしているのが見えるけど、ちょっとやそっとじゃ取れないみたいだ。

「えー、今日皆さんに集まってもらったのは、他でもありません」

 と、ふわふわ浮いている女の子が急にかしこまって、ボクたちの方を指さした。
 その手にも包帯が巻かれていて、痛々しいなとボクが思うと、女の子は静かに笑った。
 その笑顔のまま女の子は言う。
 心の底から、楽しそうに。


「今から皆さんには、しっぽ取りをしてもらいます」

 ボクは英語は苦手だ。だけど、どうしても言いたくなっので言わせてもらうことにする。

「…………ぱーどぅん?」

 今から、何が始まるんだろう?
 少なくとも、ミュージカルでは無さそうだけど。


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ルール2
参加者はしっぽを奪い合わなければならない。
最後に残った一人が勝者となる。

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「しっぽ取り。……普通はチーム戦でやる遊びだけど、バトルロワイアル形式でやれってことよね、これ」

 ――場所と時間は移って、しっぽ取りの舞台。
 どこかも分からない民家の扉に背を預け、SOS団団長・涼宮ハルヒは一枚の紙を見ていた。
 紙にはこのしっぽ取りゲームのルールが書かれている。
 しっぽ取りについての大まかなルールが3つと、放送や禁止エリアについてなどの細かなルールがいくつか。
 宙に浮いた包帯女子高生から一度説明は受けていたが、こういうルールはしっかり確認しておくべきだろう。

 そう思って、閑静な住宅街に飛ばされた涼宮ハルヒは、彼女らしくない慎重な行動に移っていた。

 最も、主の気持ちを代弁するかのように跳ね回る彼女のしっぽを見る限り、
 あまりにわくわくしすぎて逆に冷静になっていると言った方が正しいのかもしれないが。

「でも、“ルール3”がやっぱりよく分からないわね……有希ならすぐ意味を読み取るんだろうけど、居ないみたいだし」

 そう言って涼宮ハルヒは、傍らのバッグからもう1枚紙を取り出す。
 飛ばされてきた時に、そばに落ちていたものだ。きっと参加者全員に支給されているのだろう。
 取り出した紙――参加者名簿には、長門有希の名前はない。

……〇〇〇〇/涼宮ハルヒ/涼宮ハルヒ/
涼宮ハルヒ/朝比奈みくる/キョン/〇〇〇〇……

「それどころかあたしの名前が3つあるし。全く、何考えてんのかしら……」

 知り合いの名前が書いてある箇所を見ながら、涼宮ハルヒはその異常事態に笑みを浮かべる。
 ちなみにそれぞれの涼宮ハルヒという名前の隣には、括弧付きで(普)(消)(中)と書いてある。
 何かの目印だろうか?
 目印を付けるくらいだから、同姓同名の別人では無いと言うことだろうか?

「なんにせよ……楽しそうだわ! よし、そろそろ動くわよ。まずはキョンとみくるちゃんを見付けて――」

 些細な疑問は後回し。楽しむ準備は完了した。
 なんでしっぽが生えているのか。
 なんでしっぽ取りをしなきゃいけないのか。
 どうやってあの飛行機らしき場所から、この島まで飛ばされたのか。
 ルール3はどういう意味なのか。

 そんなことは、自分で考えても分からないようなことは、誰かと一緒に考えればいい。
 涼宮ハルヒはそう決めて、民家の玄関口から立ち上がり。


「ねえ、あなたは食べてもいい人類?」
「え?」

 目の前に突然現れた金髪の少女に、腕を掴まれた。

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ルール3
しっぽを奪われた参加者は、退場する。
しっぽを奪われる以外の方法では、ゲームから退場することはできない。
また、主催はしっぽを強制的に取ることが出来る。

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 噛まれた、という生易しいものではなかった。
 突然現れた金髪の少女に涼宮ハルヒがきょとんとしていると、金髪の少女は返答を待たずに、

「いただきます」
「あ、痛……っ!?」

 涼宮ハルヒの人差し指と中指と薬指を食い千切った。


 手の先から、感覚が喪失する。

「あ、美味しいわ。私、運がいいかも」

 ばりぼりごりぼり。
 自分の3本の指が少女の口の中で嫌な音を立てていた。
 見ると、右手の先からぽたぽたと血が垂れている。

「え……」

 痛い。
 痛い?

「きゃああああぁあ……あれ?」

 痛くない?

 涼宮ハルヒはそこで、金髪の少女の傍らに落ちている箱の存在に気付いた。
 そうだ、そういえばあの包帯の少女は言っていた。ルール説明をした後、自分達を飛ばす前に。

『飛ばされた先にあるバッグの中には、名簿とルールを書いた紙。島の地図。
 食料や水などのサバイバルグッズ……それに、ランダムでゲームに役立つアイテムを入れておいたわ。上手く使ってね』

 いきなり現れたこの金髪の少女は、きっと、何かアイテムを使って隠れていたのだろう。
 だから腕を掴まれるまで気付かなかった――涼宮ハルヒは、ずっと狙われていたのだ。
 それより、何で痛くないのだろう。
 いや、じわじわと刺すような痛みはする。でも、無理矢理我慢できない程じゃない。
 指を食い千切られたにしては、痛みが小さすぎる……!?

「ねえ、もっと食べてもいい?
 ……あれ、なんで私、こんなこと聞いているのかしら。何だろうと普通に食べればいいのに」
「ち、近寄らないで!!」
「嫌だわ。食べ物があるなら、食べなきゃいけないもの」

 金髪の少女は口から血を溢しながらこっちを見ている。
 人間じゃ、ない。化け物だ。
 めちゃくちゃな理論だと自分でも思ったが、とにかく涼宮ハルヒは逃げることにした。
 民家の中に入るのは無理。扉を開ける時間が惜しすぎる。外壁伝いに走って、

「逃がさないよ?」

 しかし、回り込まれた。
 動きが見えなかったどころか、金髪の少女は50センチほど、手を真横に開いて宙に浮いていた。
 涼宮ハルヒが走り出す前に。
 その先に、少女が文字通り“現れた”。

 そんな風にしか見えないくらい、相手は涼宮ハルヒより「速」かった。

「そんな……」
「大丈夫よ。ごちそうさまくらいは言ってあげるわ」
 金髪の少女は食事を前に、楽しそうにしっぽを振っていた。
 しっぽ取りに必要な能力は、攻撃力でも防御力でもなく「素早さ」。
 相手より速ければ速いほど、このゲームでは有利に働く。
 それで負けていたら、勝ち目はあまりにも少ない。
 だから、涼宮ハルヒは、このままでは。

「嫌よ……こんなところで、あたしは脱落しないわ。SOS団の仲間と合流して、あの包帯巻いた子をとっちめて、いきなりこんなとこに連れてきた理由を聞き出して、それで……」
「へえ、そーなのかー。でも食べられてそんなこと出来るの?」

「食べられないから出来るのよ! 人食い妖怪……あんたなんかに食べられるあたしじゃないわ!」

 そう、このままでは、涼宮ハルヒは負ける。ならその前に相手を倒せばいい。 ずっとそうやってきた。だからきっと、大丈夫。
 震えていた足を無理矢理動かして、歯を食いしばり、逃げようとしていた体を前へ。前へ!

 確かに。
 あの包帯女子高生は、「しっぽ取りをする以外の暴力禁止」なんて言っていない。

「でも……脱落した奴が危害を加えてくるのは、さすがにルール違反よね!?」
「わわっ」

 金髪の少女も、まさか食べ物が飛びかかって来るとは思わなかったのだろう。
 少し対応が遅れ、防御用に放った弾幕も少なくなり、空を切る。
 涼宮ハルヒにとっては不可解極まりない現象であるその光球の弾幕は、民家の壁にいくつか当たり小爆発を起こした。

 賑やかな音の中で――涼宮ハルヒは確かに、金髪の少女のしっぽを掴んでいた。
 保証はない。脱落者による参加者への危害がルール違反なんて保証は、どこにもない。
 でもこのまま何も出来ずに死ぬなんて、涼宮ハルヒに許せるはずがなかった。

「もう逃げられないとしても……ゲームは、あんたの負けよ!!」


 そして第二派が来る前に、そのしっぽをするりと引っこ抜く。

 しっぽはゆらりと歪んで消えて。
 異変が、起こった。


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――たしかに、脱落者は参加者に危害を加えられない。
でも、そんなルールが規定されているわけではない。
何故か。それは、規定する必要が無いから。
規定しても、何の意味も無いから。

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 異変が起きたのは、しっぽを引き抜いた後。
 その異変によって涼宮ハルヒは、ようやくルール3について理解した。


「なによ……これ……」


 彼女の視線の先にあるのは、さっきまで戦っていた金髪の少女。
 だったもの、だ。
 地に倒れ伏した少女に人のカタチは無く、身体のいたるところがグチャグチャに潰れ、
 着ていた黒いワンピースと頭に付けていたリボンを残し、全てが赤い肉片と化していた。
 もちろん、武器を持たない涼宮ハルヒにこんなことが出来るはずがない。

 勝手にこうなったのだ。
 しっぽを取った瞬間、崩れるようにして、少女は少女で無くなっていったのだ。

「しっぽを取られたら……脱落する、って……え……?」

 言葉にしなければ耐えきれないような気がして、涼宮ハルヒは少女に呟く。
 答えは返ってこなかった。
 さっきまで生きていた話相手は、もう帰ってこない。

「ひ……うっ」

 少なくない吐き気を覚えて、涼宮ハルヒは口に手をあてる。その手に指が3本ほど無いことを、今更ながら思い出す。
 再び意識したら、痛みも蘇ってきた。痛い。まだ血が流れている。普通なら気絶してしまうくらいに、痛い。
 でも、「気絶出来ない」。

「まさか……そういうこと、なの?」


 しっぽを奪われた参加者は退場する。
 ――“しっぽを取られた参加者は死亡する”。
 しっぽを奪われる以外の方法では、ゲームから退場することはできない。
 ――“しっぽを取られる以外の方法では、死亡はおろか気絶さえできない”。
 “痛覚は少し鈍くなり、相当の重傷でも無理すれば動ける”。

 また、主催はしっぽを強制的に取ることが出来る。
 ――“参加者たちの命は、主催に握られている”。

 これはしっぽ取りなんかじゃない。バトルロワイアルだ。
 最初に集められた飛行機の中で誰かがそう叫んでいたのを、涼宮ハルヒは他人事のように思い出していた。


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さすがは涼宮ハルヒさん。
そう、その通り。
しっぽイコール命そのもの……ここはそういう世界なの。

さあ、始めましょう。命のしっぽ取りを。
紙に書かれていることを鵜呑みにして、罪を負うひとが何人いるか。

私。結構楽しみだわ。

そしてきっと、最高のしっぽを。

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【ルーミア@東方 脱落】

【A-2 住宅街/1日目・朝】

【涼宮ハルヒ(普)@涼宮ハルヒの憂鬱】
【状態】恐怖、右手の指3本喪失
【装備】なし
【持ち物】基本支給品、ランダム支給品0〜?
【思考】
1:どうしよう……
2:なんであたしが3人も?
3:仲間と合流?
【備考】
※参戦時期未定。



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