やり場のない作品1
とある世界の、とある朝。
その喫茶店では、マスターと従業員の少女がせわしなく開店の準備を進めていた。
店内では二人の足音と、テレビから流れるニュースがいびつなハーモニーを奏でている。
「昨日、○○国の国宝である『バラージの青い石』が王ドロボウを名乗る人物に盗まれた事件で……」
淡々と報じられる、いくつものニュース。その中の一つに、マスターは反応を見せる。
「昴、これはショッカーの仕業じゃないのかね?」
「えー、あの辺りの支部は、この前早川さんが潰したはずですよ? あの人、格好は付けますけど嘘はつきません」
昴と呼ばれた少女は、カウンターを丁寧に拭きながらマスターの問いに答える。
「残党はうろちょろしてるかもしれませんけど、大規模な作戦が行える状態じゃないはずです。
それに、王ドロボウなんてショッカーが使うにしてはおしゃれすぎる名前ですよ」
「それもそうだな」
昴の返しに、マスターは笑みを浮かべる。そして止めていた手を動かそうとして……再び止まった。
「臨時ニュースです! 先程太平洋に、謎の巨大生物が確認されました!
巨大生物は日本に向かって進んでおり……このままでは約3時間後に東京湾に上陸します!」
女性キャスターが、しどろもどろになりながら伝えた臨時ニュース。それを聞いたマスターと昴は、共に顔色を青くする。
「おい、昴。こりゃあ……」
「ええ、ショッカーが関わってるとか関わってないとか言ってられませんね……」
昴の顔が、瞬時に引き締まる。そこには、歴戦をくぐり抜けた戦士の顔があった。
「巨大生物が上陸なんてことになったら、たくさんの犠牲が出る……。マスター、ちょっと止めてきます」
「待て、昴。気持ちはわかる。だが今回の相手は、ショッカーの怪人どもとは比べものにならない相手だぞ? いくらお前でも……」
「大丈夫ですよ」
マスターの言葉を、昴が遮る。
「私は、絶対に負けませんから」
微笑を浮かべながら、昴は店のドアを開けて外に出る。そして誰もいないことを確認すると、小さいが力強い声で呟いた。
「変身……!」
その刹那、彼女の姿が光に包まれる。光の中で、昴に白と金の鎧が装着されていく。
常人の感覚では、わずか一瞬。その間に、昴は正義の味方「仮面ライダーネコミミスト」への変身を遂げていた。
(おそらく今のニュースで、幹線道路は混乱した人々でいっぱいになっているはず。
サイクロン号を使うより、走った方が速い!)
迷うことなく決断を下すと、ネコミミストは弾丸のごとき速さで走り出した。
◇ ◇ ◇
「こ、これは……?」
数時間後。東京湾に到着したネコミミストは、信じられない光景を目の当たりにしていた。
そこでは、自分が止めようとしていた巨大生物が無数の肉片となって海上を漂っていたのだ。
(この世界の兵器では、ここまで徹底的な破壊はできないはず。できたとしても、そこまでやる意味がない。
いったい何が起きたっていうんだ?)
目の前の惨状を凝視しつつ、ネコミミストは考える。そこへ、一人の男が近づいてきた。
「仮面ライダー!」
「あっ、一乗寺刑事!」
男の名前は、一乗寺。警視庁の刑事だ。これまでショッカーの関連するいくつかの事件でネコミミストと接触しており、今ではある程度の信頼関係を築いている。
「あの……いったいここで、何があったんですか?」
「ああ、ありのままにさっき起こったことを話そう。俺たちは住人の避難誘導をしてたんだが、そこにあのヒトデを二つくっつけたみたいな化け物が姿を現した。
正直に言って、死を覚悟したよ。だがそこに、突然金色の鎧を着た男が現れたんだ。
後はもう、何が起きたのかわからなかった。その金ぴかが化け物に向かって何かを向けたかと思ったら、そこから光線のようなものが出て……。
気が付いた時には、化け物はバラバラの肉片になっていた。
その後金ぴかは、空中に光る足場を作ってどこかに去っていったよ。
俺もショッカーや君と関わるようになっていろいろ信じられないものを見てきたが……。今回ばかりは別格だ」
一乗寺の解説に、ネコミミストは絶句する。金色の鎧に、巨大生物をあっけなく葬り去る火力。
どう考えても、友の一人がその姿を借りていたあの男としか思えない。
(けど、ここの世界観には合わないよなあ、あの人。なんでいるんだ?)
「どうかしたか、ライダー」
「ああ、いえ。なんでもないです」
「そう言えば、あの鎧のデザインは君の鎧に似ていた気が……。まさか知り合いか?」
「そうですねえ……。その可能性もある、とだけ言っておきましょうか」
「なんだそれは……」
ネコミミストの曖昧な返答に、一乗寺は首をかしげる。
「とにかく、今回は私の出番はなかったようですね。ここにいても仕方ありませんし、帰りますね」
「ああ、車を轢かないよう気を付けろよ」
一乗寺に明るく見送られ、ネコミミストはその場を後にした。
◇ ◇ ◇
帰り道、ネコミミストは考える。
果たして巨大生物を倒した金ぴかの男は、自分が思うとおりの人物なのか。だとしたら、なぜ彼がこの世界にいるのか。
(ひょっとして……)
一つの仮説が、ネコミミストの頭に浮かぶ。自分がロワから生還してこの世界に流れ着いたように、彼もまたロワを脱出してこの世界にやってきたのではないかと。
(だとしたら……。向こうの私は、アニロワ2ndを完結させることができたんだろうか……)
そんな思いを抱くネコミミストだが、それを確認する方法はない。彼女ともう一つの世界をつないでいたダイダルゲートは、もうないのだから。
(考えたってしょうがないか……。今の私は、この世界でやれることをやるしかないんだから……。
さあ、早く帰ろう! マスターにばっかり仕事させるわけにはいかないからね!)
すでにだいぶ高くなった太陽の下、ネコミミストは自分の帰るべき場所に向かって走り続けた。
◇ ◇ ◇
「ペスターがやられたようだな」
「ご心配なく、死神博士。奴などほんの小手調べに過ぎません。この世界にはまだ何十体もの怪獣……すなわち巨大生物がおります。
奴らを操り暴れさせれば、破壊工作に関しては怪人を使うよりよほど効率よく実行できます」
「……まあよい。新参者の貴様の実力、見せてもらおうではないか」
「努力させていただきますよ。全ては、偉大なるショッカー首領のご意志のままに!」
完
しかし戦いはこれからも続く!
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