アニロワ2エピローグ
私の名前は××××と言います。
素敵な恩人の――さんと、その相棒の――――と一緒に「旅人」をやっています。
まだ年若い私が、どうしてと思う人もいるかもしれません。
私が生まれた国では、大人になるには手術が必要でした。
「ロロとミー」という処置です。
そんなボロ雑巾か猫型ロボットになってしまうような(猫にはなりたかったかも)ピンチから、――さんは相棒に乗って助けにきてくれたのです。
華麗に脱出した私たちは、それから何年も旅を続けています。
――さんは、何度か私を幸せな家庭の養子にしようとしてくれました。
どこも裕福で優しい家族でしたが、私は断り続けました。
私は旅を続けていたかったし、何より――さんの助けになりたかったのです。
とはいえ、何も知らない少女である私は足手まといになるばかり。
だから頑張って勉強しました。
武器の扱い方。爆弾の作り方。相棒さんの乗り方。値切り、交渉術。料理はイマイチだけど……
でも、とうとう役に立てたんです。
川辺で休憩していると、バギーに乗った男女の二人組が襲ってきました。
旅人の間では有名な強盗でした。
もやしみたいに貧弱で、しかし頭が良く、誰でも従わせてしまう王さまの国。
筋骨隆々で頭も良く、だけど何をやってもうまくいかない禿頭の王さまの国。
争いを続ける二つの大国に突然現れた二人の強盗は、両国内を縦横無尽に暴れまわりました。
国と民を守るため両国は同盟を結ぶまでに至りました。
それでも悪魔のような二人は止まらず、後に「火の七日間」と呼ばれる悪夢が終わったころには、
両国は跡形もなくなり、残った国民は逃げるように地中で暮らすようになったそうです。
そんな最悪な二人組に出会った私たちは、死んだも同然でした。
ついでに相棒さんの燃料もあまりなく、逃げることは不可能。
まさに泣きっ面にエアとはこのことです。
銃撃戦になりましたが、まるで勝負にはなりません。
なにせ相手は、滅ぼした国から奪ったハドロン砲やらを持っています。
風圧だけで死ねます。
このまま恩も返せず死ぬのか。
そう思った矢先に奇跡は起きました。
元気溢れるブリが、川から飛び出し強盗に体当たりをしたのです。
一瞬生まれた隙をついて、私は愛用のミニミで、女性の強盗を蜂の巣にしたのです。
しかし、やはり相手もただ者ではありません。
「よくもやりましたね、この借りは何十年かけても返しますよ」
死にもせず、世にも恐ろしい捨て台詞を残し、強盗は逃げていきました。
強盗を撃退した私は、――さんにとても褒められました。
お礼に、どんなお願いでも聞いてくれると約束してくれたのです。
私の願いは決まっていました。
そのために、ずっと養子の話を断ってきたのです。
「私は……私は――さんの
「もう、結構です。とても面白かったですよ」
世界は歪み、宇宙は収縮し消えてなくなった。
『―――なるほど。ロージェノムが実験開始前に感想を求めたという螺旋族。
まさか螺旋力の欠片も使わずに多元宇宙迷宮から脱出するとはな』
「まさか。囚われてしまえば逃げることなんてできません。
本当に脱出した人がどこかにいるなんて言われても、信じられませんよ」
アンチスパイラルは、とある世界の旅人を呼び寄せた。
ロージェノムの実験にまったく関わりが無く、しかし実験前に会話した最後の螺旋族。
螺旋力の覚醒などまるで感じない、あくまで普通の人間だった。
『囚われていない? 妙なことを言う。
君があの宇宙をもっとも幸せだと認識したからこそ、あの世界の住人になったというのに』
「ええ、あの世界をボクは認識しました。
ですが、同時にこうも認識しました。
この世界は、ボクらの住む世界とはまったく関係の無い「物語」に過ぎないのだと。
ボクは、その世界を読んでいただけ。そして、読むのをやめたからボクの目の前から消えてしまった」
どういうことなのか、とアンチスパイラルは観測を続ける。
「―――あの世界は、とても綺麗でした。
ボクの願望も、何もかもを叶えてくれる世界でした。
でも、ボクはその美しい世界を……美しいとしか感じないことをおかしいと感じました。
だからこそ、その世界が「ボクが住む」世界だと認識できなかっただけなんです。
もう少し毒のある世界なら、きっと囚われてしまう。――もう一度、試しますか?」
『――その一度さえ、知的生命体にとって奇跡なのだがね。まぁいい。
観測はまたの機会として、今は愚かな王の顛末を語ろう」
――では、もし計画が途中で頓挫しそうになったら……あなたは、どうしますか?
旅人が最後にした質問。帰ってこなかった答え。
実験の放棄という結末を聞いても、旅人は顔色一つ変えなかった。
「そうではないかと、思っていました。彼はあなたを恐れていましたから。
―――おそらくは、他の世界にもいるという螺旋王のだれよりも」
王は、結末を知ってしまった。
天元突破グレンラガン。その物語の全てを読み終えてしまった。
だから誰よりも希望を抱いた。宿敵は倒せるという事実を知ったから。
だから誰よりも絶望を抱いた。自分の世界には、宿敵を倒せる要素が無かったから。
殺し合い。その大小は様々あれど、基本はどれも変わらない。
慎重なのは良い。だが、臆病すぎる者はチャンスも逃し死んでしまう。
大胆であることは良い。だが、無謀すぎるものは命を落とす。
彼は、臆病すぎて、無謀すぎた……ただ、それだけだった。
「彼は、物語に入り込みすぎてしまったんです。
たとえ、そこにどれほど自分と似た存在がいたとしても。
それは、自分とは無関係だと理解すれば良かったんです」
―――分かる必要は無い。ただ、知ればいい。
とある宇宙で、アンチスパイラルは言った。
―――それではあなたは、彼らには勝てないでしょう。
とある宇宙で、ニア・テッペリンは言った。
結果が全てというのなら、正しかったのはニアだった。
実験を繰り返すまでも無い。
「知ってしまっただけ」のロージェノムが、どれほど手を尽そうと。
宿敵と同じ道を歩んだ螺旋王……否、反螺旋王に勝利も栄光も夢も希望も奇跡も届かない。
歩めば歩むほど天元から離れていく王を、止められる者はいなかった。
それだけ王は強かったし、なにより危うくなれば逃げ続けた。
倦怠の海に沈んだ螺旋王は「知っていた」はずなのに。
彼が夢見た世界の螺旋王が、その海を脱出するために必要な最低条件を。
馬鹿は死ななきゃ治らない、と。
天元突破グレンラガンの螺旋王ロージェノムと
その物語を知った螺旋王ロージェノム。
天元突破グレンラガンのアンチスパイラルと
今、旅人の目の前に立つアンチスパイラル。
それを、違うものと認識できなかった螺旋王は、すなわち。
『――多元宇宙迷宮など使わずとも、ロージェノムは囚われていたのだよ。
異なる世界の彼自身が放つ、まばゆいばかりの螺旋力によってね
本当に、螺旋力とは罪深い。そのまばゆさは、それを得られぬ者を腐らせる』
二つの籠があり、それぞれに同じ鳥がいました。
片方の鳥は、潰れ惨めな姿になったため籠から出され、鳴き声だけを求められるようになりました。
そしてもう一つの籠の鳥は、籠の外に出た鳥を羨ましく思い、自分も外に出るため知恵を絞り続けました。
体に傷一つ無い鳥の行いは何も成功せず、疲れ果て、痩せ細り、誰にも必要とされなくなりました。
『君の言うとおり、『我々』アンチスパイラルと『彼ら』アンチスパイラルは別個の存在だ。
我々は自分の宇宙を守ること以外に興味は無い。――とはいえ、そのための情報交換はしている。
ほとんど同じ想いを抱き、螺旋力と進化の可能性を捨てたことに相違は無い。
だが、違う宇宙である以上、『我々』が知らぬ情報を観測している『彼ら』もいるのでね。
それでもまだ、我々でも知らぬ極地もある。
アカシックレコード、ヨグ=ソトース、永遠神剣、etc……
だから我々は観測を続ける。宇宙を守るため、螺旋力の全てを知るために。
同じ結果を求めても、その過程に差があれば、進化を止めた『アンチスパイラル』にすらも差異は出る』
知識を求め続け、しかしその結果として、『彼ら』アンチスパイラルは滅んだ。
『我々は、その結果を知った。螺旋族に支配された宇宙のスパイラルネメシスはもはや防げない。
『彼ら』の行動が性急すぎたのか、どこにミスがあったのか、それもまた知らねばならない』
「だから、ですか? あなた方が、積極的に螺旋族を滅ぼさないのは」
『まだ、『彼ら』を滅ぼした螺旋力について知ることができないのでね。
そして、なにより―――『彼ら』の約束が継続中なのだ』
そう、『彼ら』は言った。
『ならば、この宇宙――必ず守れよ』
『ならば、『我々』もまた、その結果を見届けなければならない。
もちろん、これは『我々』だけの認識であるため、他のアンチスパイラルがどうかは知らない。
スパイラルネメシスの可能性を潰しながら、螺旋族が支配する宇宙の結末を観測する。
様々な世界を、螺旋の全てを統制し、観測しながら待ち続ける。
ロージェノムの実験を生還したモルモットたち。
今もなお、迷宮に囚われた螺旋の戦士。
そして、数多の世界を『理解』するために。
………実に難しい話だ。まぁいい。
『我々』は進化を止めた。
ならば、どれだけ相手を知ろうと毒されることは無い。
創作物を読むとき、それを深く知るには物語の参加者に自分を置き換えると良いとされる。
『イリヤスフィール・フォン・アインツベルンに捧ぐ』を読んだ。
驚いたことに、この本の内容と完全適合する多元宇宙は存在が確認できなかった。
これが、螺旋力なしで世界を創造するということなのだろうか?
しかし、虚構である以上やはり世界も宇宙も存在はしていない。
……まったくもって、螺旋族の言は意味がわからない。』
そのことについて、旅人に尋ねてみる。
「その本、貰えますか? ――ああ、複製品ですか。オリジナルはサンプルとして必要……問題ありません。
ありがとうございます―――ご質問の件ですが、物語はどれだけリアルでも虚構です。
ですが、その『物語』は読んだ人に影響を与えるでしょう。
あの王様が、違う世界の王様の『物語』を読んで、実験を始めたように。
『物語』は世界を創造するんです。それは、本に限らず、実体験でも同じことですけど」
『―――なるほど。『物語』を読み、内容を『知った』時点で世界は枝分かれする。
たしかに、それならば『物語』は読まれれば読まれるほど世界を創造するといえる』
だが、本を読むという行為程度で世界は分岐しない。
夕飯がハンバーグがスパゲッティに変わっても、世界は変わらないように。
しかし例外は必ず存在する。
そう、たとえば。
ハンバーグを食べたかったのが人類最古の英雄王だったならば?
世界はスパゲッティが作られた宇宙と分岐するだろう。
ならば、本もまた同じ。
魔導書などではない、数百〜数千頁の紙とインクによって。
あまりにも影響力のある本は、宇宙を創造するのだ。
そろそろ旅に戻りますと、旅人は言った。
その相棒と共に離れていく背中を、アンチスパイラルは呼び止めてしまった。
『最後の質問をさせてほしい。
―――『我々』は、『彼ら』のように滅びると思うかね?』
あまりにも、弱気な質問だった。
感情など既に捨て去ったアンチスパイラルにも、感情の欠片が見えるときもある。
それが、かつて螺旋族であった名残なのだろう。
その質問に、旅人は静かに語り始めた。
「……あの王様は、かつて戦士だったそうですね」
『質問の答えにはなっていないが、確かにそうだ。
彼は勇敢な戦士だった。螺旋力の果てにある末路を見て、それを認める聡明さもあった』
その割に、どうして失敗ばかり繰り返したんだろうね? と旅人の相棒は軽口を叩く。
「それはね、彼が王になってしまったからだよ」
旅人の相棒とアンチスパイラルは首をかしげる……片方は首など無く、もう片方も怪しいものだが。
「人には、向き不向きがあります。
たとえ知識が備わっていて、どのように挙動すれば完璧にこなせるか知っていても。
どうしても、不得意なことは存在してしまう」
王は、王になるべきではなかった。
一介の戦士が国を統べ、滅ぶ事例など探せばいくらでもある。
たとえ強制された役職でも、王であることを彼は止めなかった。
アンチスパイラルが破れた世界でも、王は破れ命を落としてさえいる。
だが時を経て、戦士に戻った彼は螺旋の極光に消えていった。
「―――旅をすれば、いいと思います。
あなた方の『ルール』を守った上で、何かを見つければいいんです。
王には戦士が相応しかったように。あなた方に相応しい何かを、掴めばよろしいかと」
その言葉を最後に、旅人は旅立った。
それ以降、旅人がアンチスパイラルと再会することは永遠になかった。
結局、特になにかが変わったわけでもない、無意味にも思えた座談会。
旅人は意志を枉げず、自らが望むがのままに、旅を続ける。
旅人は、相棒に乗って旅を続ける。
王と宇宙そのものとの邂逅により、様々な光景を見聞きできた。
それは素晴らしい体験だったが、あくまで誰かの体験談に過ぎない。
そう、旅人の旅はまだまだ続く。
「それにしても、この前も今回もよく分からない人に目を付けられるね」
「どうしてだろうね。まぁボクとしては、今回は戦利品もあってうれしいかな」
アンチスパイラルに貰った一冊の本。
複製品と言っていたが、彼らの技術ならオリジナルと遜色などあるはずもない。
「次の町に着くまでに、どこかでこの本を読むよ」
「それで、対の町で売るんだね?」
「もちろん。――ああ、なるべく前に立ち寄った国のようなら高く売れそうだけど」
そうして、寝る前に旅人は本を読み進めた。
なるほど、これはあの王の実験を元に書かれているらしい。
おそらくは、この本の作者が生還者なのだろう。
何度か寝不足になりながらも、旅人は本を読み終えた。
素晴らしいハッピーエンドだった。
実際の実験は、このようにはいかなかったのだろう。
それでも、この話はとても素晴らしいものだった。
地獄を見てなお、このような物語を書ける人。
「どうだろうか。君たちさえ望むなら、我が実験に――」
あの問いかけに頷いていれば、出会えたのだろうか。
それとも、この手で命を奪っていたのだろうか。
ありもしない結末を思い描き、旅人は眠りに着いた。
旅人は若き日の師匠を撃ち殺した。
そして、そこから何かが壊れていった。
――そんな悪夢を見て、やはり参加しなくてよかったのだと結論付けた。
「ようこそ、旅の方。貴方にも神卵のご加護があらんことを」
たどり着いた町は、噂どおりの宗教国だった。
なんでも神の卵を崇め、神の誕生を待ち続けているのだという。
城よりも大きい神殿にあるそうだが、信者しか入れないとのことで諦めた。
そんなことはどうでも良く、宿を決めると見物がてら、食料や銃弾などを買いに出かけることにした。
銃器店に行くと、愛想の良さそうな店員が会釈をした。
「いらっしゃいませ、旅人さん。どんな武器をお探しで?」
旅人は必要な銃弾などを伝える。
だが、返ってきたのは失笑だった。
「くっはっは! そんなのでいいんですか?
これから大仕事だって言うのに、冗談はやめましょう」
首をかしげる旅人の態度に、店員は笑顔から能面に表情を変える。
「とぼけるのも大概にしろよ。――なぁ、王ドロボウさんよぉ!」
店員が、懐から銃を取り出、す前に旅人は銃を店員の脳天に向ける。
その瞬間、他の従業員が、道行く人が銃口を旅人に突きつけた。
流石に多勢に無勢。旅人は抵抗を諦めた。
「もしかして、誰かと間違っていませんか?」
「間違ってる? それはお前のことだ王ドロボウ! 神の卵を盗もうなどと不届き千万!
とはいえ、正面から乗り込んでくるとは大馬鹿者にもほどがあるなぁ!」
やはり間違えられているようだ。
勘違いであることを伝えるが、怒り、失笑しか飛んでこなかった。
「まだトボけるか! こちらは既に貴様の容姿を掴んでいる!
到着早々神殿の情報を集め! 武器を買い求め! 他人です、で通るかマヌケ!」
まったく聞く耳を持たないようなので、交渉を諦めた。
とはいえ、脱出の手段を持たないため旅人はどうすべきか考える。
目の前の店員を人質にしても、かまわず撃ってくるだろう。
旅人は考えて、考えて――今、間違われている人物に心当たりがあることに気がついた。
「引導を渡してくれる! 総員、撃―――」
リーダーらしき男が、手を上げた。
それとほぼ同時に、爆音が周囲を包んだ。
「お、おおおーーーーー!!!??」
驚愕の表情のリーダーは、周囲の仲間ともども絶叫を上げる。
彼らが崇める神がいる神殿が、消し飛んだのだ。
そして、神殿を吹き飛ばした熱源はまだ収まってはおらず―――
「ぷ、ぎゃ」
周囲の仲間と家屋共々、意識ごと熱源に飲み込まれた。
「……たすかった、のかな?」
旅人は倒壊した家屋から這い出し呟いた。
辺りを見回すと、その風景は一変していた。
中央にそびえる神殿も、立ち並ぶ家々も廃墟と化している。
銃を持って囲んでいた人たちも、誰もが口から泡を吹き、動く人はいない。
否、
「――フン、またもや姿も拝めずか。我の一撃から逃れるとは、つくづく不遜な輩だ」
動くのは、この光景を創造した一味だけだった。
「本当に逃げたの? 消し飛ばした、の間違いじゃない?」
「愚かなことを口にするな。アレで死ぬようであれば、とうの昔に決着はついている」
『Kingがそうと決めた以上、それを否定する要素は無意味です』
黄金の騎士と、その後ろを歩く赤髪の少女。そして喋る宝石。
「む―――そこにいたか王ドロボウ!」
先ほどより、兆倍は危険な存在が旅人に目を向けた。
ガレキから這い出した旅人に近づく金色の災厄。
それに向かって旅人は、
「お初にお目にかかります、王よ。
ボクは――。王ドロボウなどではなく、しがない旅人でしかありません」
跪き、完璧なまでに王への礼を尽した
「ふむ、そうか。我を見誤らせた無礼を許そう」
「うわすっご、死亡フラグ回避した?」
金色の王は、もはや旅人に興味は無いらしく一瞥もしなかった。
「では、ボクはこれで―――?」
立ち去ろうとした旅人は、相棒を探した。
跡形も―――ない。
無理もなかった。
外にあったものは、何もかもが破壊に晒された。
外にいた、旅人の相棒も例外ではないのだ。
「何を呆けている、小娘。盗られて立ち尽くすだけとは、よほど下らぬ物だったようだな」
「えっ―――?」
金色の王を振り返った旅人。
すると、コートのポケットからカサリ、と音がした。
いつの間に入っていたのか、そこには一枚の紙があった。
『"神の卵"改め、"女好きの相棒もどき"頂きました。
HO! HO! HO!
追記:壊される前に、"物言う単車"も頂きました。
働き者の王ドロボウ』
「……これは」
「王ドロボウともあろうものが、行きずりの盗みとはな。
ふ、そんな様子では、我に刑を執行される日も間近か」
「そんなこと、2〜3前の世界でも言ってなかった?」
『……ではKing、追うといたしますか?』
「フ――フフフフフ」
呻くようなか細い笑い声。
もちろん王ではなく、先ほどのリーダー格の男だった。
「お、愚か者め。我らが主であるネーコロ教主様は「ザ・暗黒武官四十五色」の一人!
他のザ・暗黒武官四十五色であるワカメ王子やエルキュー卿が黙ってはいないぞ!
き、貴様らと王ドロボウに安息は訪れない! 四大魔王宇宙に逆らった罪わぎゃら!」
「意味の無い雑種が口を開くな。ふん、この世界にも王や神を名乗る存在がいるのか」
「初耳ですけど」
「ならば雑種の戯言か? 我の前で吐かなければ、妄言と目を瞑ったものを」
「あー、またこのオチ? ふざけんな、このモブ!」
赤髪の少女に蹴られ、モブは動かなくなった。
「―――何をしている貴様ら。我を待たせる気か?」
「はいはい、今行く――んっ貴様「ら」?」
喋る宝石は金色の王自身が所有している。
ならば、ここには「貴様」……赤髪の女性しかいないのだが……
「旅人とやら、王への同行を許す。自らの財を取り戻すが良かろう」
「「えー?」」
なぜだろう、犠牲者が新たに一人。
「なにさ、私だけじゃ不満ってわけ?」
「当然だ、未だ臣下として十全に満たぬ身で何を言うか。
貴様が倉庫番ならば、この雑種は運転手だ。
勝手気ままな王ドロボウを追うならば、思うが侭に飛び回る、旅人なる者の行く先に現れてもなんら不思議は無い」
旅人の意思などどこにもない。
つまり、ここで死ぬか王に従うかしかないのだろう。
「――王の運転手という大命、お引き受けいたします。
ですが、ボクもまた勝手気ままな旅人。王への永遠の忠誠までは誓えません。
ボクの旅のルールを遵守させて頂くこと。相棒を取り戻すまでの忠義であること。
――最悪、相棒を取り戻せずとも、ボクは世界を跨ぎ、追い続けはしないことをお認めください」
「うむ、許そう。貴様は現地徴集の傭兵のようなもの。
我と謁見せぬときにまで、臣下の礼を望むのも酷なことであろうよ」
「あたしも現地解散ってことになんなかったのかなー」
『Lady―――今更です』
諦めたように、赤髪の少女は項垂れる。
「にしてもさぁ、金ピカ。アンタにしてはちょっと優しくない?」
「なに、ほんの気まぐれだ。それに、レプリカとはいえ王の所有する財を後生大事に持つ者を、無下に扱うこともあるまい」
王は旅人を指差す。
その先には、『イリヤスフィール・フォン・アインツベルンに捧ぐ』があった。
そして、王の旅が始まる。
そこからの物語は、それまでの旅人の旅と基本は変わらず―――稀に妙なことがあった。
王と出会いし時に吹き飛ばされた、妙な輩たちの襲撃。
――な、なんだよ。 はぁ!? 石ころに興味は無いだって? フ、フザケ――ガッ!?
――馬鹿な、人型自在戦闘装甲騎を生身で!? あ、あとは任せたぞポンカン―――!!
どう考えても今まで見ないような巨大兵器まで出てきた。
それを事も無げに破壊する王。臣下の少女も四苦八苦しながら破壊できている。
回を重ねるごとに旅人も対応できていくあたり、慣れって怖いなと思うばかりだ。
そして今回も、あと一歩のところで王ドロボウを取り逃がした。
『――予告状
四大魔王宇宙様へ
"魔を滅する拳銃"頂きにまいります。
HO! HO! HO!
気ままな三人旅の王ドロボウ』
相棒返せ。
「ふむ――宇宙に行くぞ」
「「……」」
予告状を見た王は、当然のように言い放った。
「宇宙船ならば用意しよう。下賎ではあるが、どこぞの賞金稼ぎからの献上品がある」
「いや、買い取ったんでしょうが」
ほら、早く出発するぞと言わんばかりに取り出された宇宙船に、旅人も困り果てる。
「申し訳ありませんが、王。宇宙船の操縦は経験がありません」
「そうか。安心せよ、3日の掟まで後2日ある」
ポンと、赤髪の少女が旅人の肩を叩く。
何か言おうとしたようだが、王に呼ばれたため悪態をつきながら旅人から離れていった。
「……やれやれ」
旅人は宇宙船の中に入り、とりあえず運転方法を確認する。
「無理――というわけにはいかないんでしょうね。徹夜でどうにかなるかな」
なんとなく修行時代に似ている今の環境を、旅人は嫌いではなかった。
とはいえ、今の世界が好きかといえば答えはNOだった。
「今更、ではあるんでしょうけどね。「物語」は最低限のオチが必要だと思っています」
独り言―――ではない。明らかに誰かに向けて語りかけるように旅人は言葉を紡ぐ。
「誰しもが、『イリヤスフィール・フォン・アインツベルンに捧ぐ』を書けはしません。
もちろん、練習を重ねれば腕は上達するでしょう。
―――あえて言いましょう。『あなた方』にストーリーテラーの才能はありません」
返答はない。
だが、旅人は続ける。大きく息を吸い込んで。
「この世界から―――どけ!」
旅人らしからぬ大声で、何かを一喝した。
―――彼の激昂を観測できた、という意味では干渉の意味はあったと言えるか。
しかし面白い世界だ。僅かに確立変動を加えるだけでここまで変化があるとはな。
だが、ここまでとしよう。これ以上の干渉は螺旋力の温床になってしまうかもしれない。
あとは、英雄王や王ドロボウの干渉次第で壊れも正常化もしよう。
――だが、痛い言葉だな。世界の進行役としての才能がない、か。
たしかに、螺旋力に覚醒した……もしくは覚醒の恐れがある世界を攻撃し畏怖を与える。
そして、その世界で螺旋族が覚醒しないよう抑圧して統括させる。
それでも螺旋力が突出した瞬間、その母星ごと滅ぼす―――極端であることは否定すまい。
今回は旅人と同一存在がいる多元世界を参考にしてみたのだが、やはり上手くはいかなかった。
作家の世界に干渉したときも失敗したが、やはり違う世界に違う世界の道理をぶつけても物語は成り立たないようだ。
だというのに、あの二人の王は物語を崩壊させながら成り立たせている。
螺旋力ではない。
いったい、何の力が働いているのか。
分解してみれば分かるか―――否、それは既に「彼ら」が失敗した道だ。
焦る必要はない。単一螺旋生命の一生を追う程度の時間はほんの一瞬だ。
我々と、あの二人の違い。
いつか他のモルモットたちも観測対象に相応しい何かを見せてくれるのだろうか。
取るに足らない、何の意味もない螺旋の戦士。
『違ったな。間違っていたよ』
ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア、君の交渉に感謝しよう。
君たちは立派なモルモットだ。あまりにも危険なほどのな。
いつか我々と君たちは敵対するかもしれない。
君たちに連なる螺旋の輝きが生まれることによって。
そのときまでに、我々は観測を続けよう。
螺旋力の全てを知るのが先か、君たちが真の天元突破を果たすのが先か。
―――まあいい。
我々は、我々の目的を果たすために尽力しよう。
―――全力で、な。
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