クォヴレーVSゼスト
銃神と超神が飛翔する。一瞬でこの擬似空間の天蓋まで加速して登り上がる。
最初に仕掛けたのはゼスト――ほぼ直角に近い方向転換。ゼストのディバイン・アームが振り下ろされる。
液体金属が即座に刃を展開。Z・Oサイズが受け止めた。
だが、ゼストは片手で武器を保持しているのに比べて、ディス・アストラナガンは、両手を使い、受けるのが限界だ。
ゼストが空いた手をディス・アストラナガンに押し当てる。光波が収束、腕を中心に螺旋回転、広がり輝きを増す。
「受けろ……!」
世界の裏側の理論を用いて、思念波を物理現象に変換。爆発的に放出されるエネルギー。
――ラムダ・ドライバ
手から射出される桃色に近い光。滅びよ、と強く願うユーゼスの思念を実体化したもの。
「うぐっ! こちらの裏をかかれたか!」
光に押され、ゼストが遠ざかる。いや、それだけではすまない。
オリジナルのラムダ・ドライバをはるかに超える出力による一撃は、ディス・アストラナガンの四肢を粉砕し、全身に爆発を起こさせる。
即座に、Z・Oサイズごと両手両脚を再生。姿勢を立て直すと、即座にガン・スレイヴを全て射出する。
こちらに接近しようとしていたゼストの前で、17基のガン・スレイヴは壁となる。ディスレヴの影響を受け、活性化したガン・スレイヴ。
弾丸のようにゼストに体当たりを仕掛け、さらにインパクトの瞬間牙を突き立ててる。
虫食いの果物のように、全身に穴が開くゼスト。だが、ゼストは貫通と同時に再生を完了する。
クロスゲート・パラダイム・システムの影響ではない。単純に、ゼストの自己修復力が破壊力を上回っているというだけだ。
空中で姿勢を反転。足を真っ直ぐ伸ばし、下の位置にいるディス・アストラナガンに流星のような蹴りを放つ。
急上昇で回避。同時に翼を展開させる。翼から銃へ。地面にぶつかり、岩盤をはがし、めくり上げるゼストへトリガーを引く。
「数秘予測……! チャージ完了、メス・アッシャー!」
エメト(真理)からメス(死)へ強化された一撃。もはや威力を絞る余裕はない。最低限範囲を定めるだけだ。
大地に一瞬銀河系が生まれ、即座に崩壊圧縮されることによってグレートアトラクターが生成される。
「この程度では無駄だ……」
白い光とともに、ユーゼスに移植されたサイコ・ドライバーとしての力を解放。
さらに光の巨人の力を重ねあわせ、念動力者何百万人分に匹敵する念を放出。超重力の檻を破壊する。
「やはり、やる……!」
「当たり前だ。お前が強ければ強いほど、私はそれを超えるため強くなる。……この永遠を抜け出すためにな」
ゼストの姿が消える。次の瞬間には、ディス・アストラナガンの背後へ。
「ボソン・ジャンプ……!?」
「……正解だ」
頭の上で組んだ拳が打ち付けられる。ディス・アストラナガンは両手を交差させ、どうにか耐える。
が、同時にディス・アストラナガンを背後から切りつける影。それもまたゼスト。
「今のゼストにはあらゆる因果と魂が組み込まれている。それに今の私は完全にゼストと同化している以上、転移にかかる負荷はない」
ボソン・ジャンプは空間移動でもあるが、本質は時間移動。同一平面上の世界でありながら、完全な時間移動を可能とする。
時の流れを一部切り取り、二重に重ね合わせることによって同時に2体のゼストが一時的とはいえ存在していた。
後から出てきたゼストが腕にエネルギーを溜めて、十字に組んだ。
「ゼスト・フラッシュ……!」
黄金の輝きが、ディス・アストラナガンを飲み込む。
ディス・アストラナガンの正面にいたゼストは、2秒前にボソンジャンプ――つまり、後ろを切りつける時間へ。
もう、ディス・アストラナガンの姿はない。確かに、今の一撃は直撃した。
「やはり、この程度では終わらんか」
何もない虚空を見つめ、ユーゼスは息を吸い込む。
まず、光の柱がまた現れ、続いて分解を逆再生する要領でどんどん元に戻っていく。
完全に、消滅したはずのディス・アストラナガンが顕現する。
「前もって時間逆行の措置をとっていたとはな」
「……それはお互い様だ」
そう、クォヴレーは自分が消滅する前に、ディスレヴを起動し、小規模だがインフィニティ・シリンダーを回転させておいたのだ。
本来なら相手にぶつけるはずの時間逆行を、自分の体内で炸裂させる。
結果として、破壊と同時にそのエネルギーに火がつき、時間逆行を開始した。
つまり、破壊の瞬間、時間を逆巻かせ、破壊直前の数秒を吹っ飛ばし、『なかったこと』にしたのだ。
二人がにらみ合う中、世界がはがれ、崩れ落ちていく。
「丈夫に作っていたつもりだが、いつまで持つか分からんな」
だが、ユーゼスの声に蔭りはない。当然だ、もしこの擬似世界が崩壊しても、おそらくゼストには何の問題もない。
時空間転移能力程度なら、標準として搭載しているはずだ。
一方、クォヴレーはそうはいかない。ディス・アストラナガン以外の仲間の機体では時空間転移は厳しい。
崩壊に巻き込まれれば、彼らは消滅する。 それに、これ以上この空間で戦うのも考えようだ。
今はある程度小手調べということでお互い力を抑えているが、全力で戦い始めれば、力の余波が空間の崩壊を促進させかねない。
ゼストがまた消失する。また、ボソン・ジャンプを利用した時間差攻撃を仕掛けるつもりなのだろう。
「同じ手を2度は食わない……!」
胸部装甲を展開。ディス・アストラナガンのインフィニティ・シリンダーが逆回転。そのエネルギーを周囲に放出する。
時が過程を失い、一秒後へ跳躍。空間跳躍によるラグを埋め合わされ、攻撃をする瞬間のゼストが強制的に現界する。
現れた場所は、ディス・アストラナガンの右斜め後方。
「おおおおおおおおッ!」
珍しい、クォヴレーの咆哮。
体ごとディス・アストラナガンがゼストにぶち当たる。ゼストを、ディス・アストラナガンごとある一点へ運び去る。
目指すは、空間の崩壊点。異空間への門が開いている場所だ。
そのまま一気にゼストとディス・アストラナガンは突入する。安定していない次元境界線は、2人をまったく別の宇宙へ運び去る。
全方位、輝く一面の銀河の海。ただし、そのダークマターは真っ赤な血の色をしている。
結晶化した太陽、結晶化した惑星が宇宙を満たし、生命の鼓動は感じられない。それが、ゼストが跳躍した先だった。
「アインスト宇宙か……確かにここは戦うには適しているかも知れんな。だが―――」
ゼストが左を向き、手をかざす。何もない空間に向けて発射されたポジトロン・エネルギーは、空間の限界値を越えて貫通した。
いや、正確に言うと少し違う。そこには、僅かだが空間の歪みがあった。歪んだ空間に無理にエネルギーを与えたため、崩れたのだ。
「そんな行動で倒せると思うな」
鏡に似た空間の破片の向こうにいたのは、空間の狭間に潜み奇襲をかけようとするディス・アストラナガン。
既に、ラアム・ショットガンを構えている。ユーゼスの言葉を無視して発砲。電撃と実弾を同時に発射する超電磁レール・ショットガンの閃光。
薄い光の壁を作り、ゼストはあっさりとそれを阻む。
「わざわざここに転移するのを許したのだ。失望させるな」
「わざわざ、だと……?」
「そうだ。元の世界では全力ではお前は戦えないだろう? 私は全力を持って全力のお前に勝利する。
それで始めて『運命』に勝利したといえるのだ。 ……イングラムの時は同じようにやり敗北したが、今回はそうはさせん」
クォヴレーの脳裏に浮かぶのは、他者の記憶。
かつて、ユーゼスがゼストとなった時のことだ。あの時、ユーゼスはイングラムにこだわった。
さらに、わざとこちらが全力を出せるユートピア・ワールドという擬似宇宙をその力で生み出し、迎え撃ったのだ。
本来なら、あの時クロスゲート・パラダイム・システムの力を最大限利用していれば、容易に勝てたはずなのに、だ。
ゼストの力を用いて、真に怨敵を粉砕すること。
「……それがお前の最期のプライドか?」
「違う。私が私であり続けるために必要なものだ。誇りを曲げるくらいであれば、最初から『アカシックレコード』に屈している」
広い宇宙に、たった2人。
お互い、何の援護もない。純粋に、どちらかが強いかの勝負。
「……行くぞ。 『“闇在れ”と賢者は言った』ッ!!」
ゼストが膨張する。質量だけではない。宇宙における、その存在の占める因果律……『存在の強さ』自体が激増する。
音の伝わらないはずの宇宙に破砕音を響き渡らせ、ゼストは巨大化する。
指先に、小さな球体がぶつかる。それが、惑星だと誰が信じられるだろうか。瞳の前で燃える小さな水晶が、恒星だと誰が理解できるだろうか。
いや、クォヴレーは全て分かっていた。
膨張し、宇宙全てを押しつぶし統合するダークブレイン。
30元多次元宇宙全ての悪たるジュダ。
心も意思もなく、ただそこにあるだけで宇宙を破壊する盲目にして痴愚なる破滅そのものであるペルフェクティオ。
彼らに匹敵し、上回る存在ならばこの程度は何もおかしくなどないのだ。
――『“闇在れ”と賢者は言った』 ダークブレインの無限力の発現。最終的には宇宙を超える膨張による肥大、圧殺。
「偉大なる戦い……勝利するのは私だ。 ……『エルプスユンデ』を再生。施行開始」
銀河の半分ほどまで巨大化したゼストが、周囲の何百という水晶恒星に干渉する。
燃える紅い水晶たちが、血のような濃い赤へ。さらに赤みを増す。その全てが、同時に炸裂した。
蛍のように淡い輝きだが、全てが恒星サイズ。一斉にディス・アストラナガンを狙いにつけて射出される。
「遅い!」
秒速700万AUを超える速度で迫る恒星サイズを次々と回避する。
今のディス・アストラナガンは、デトネイター・オーガンの100倍――秒速900光年――とほぼ同速で宇宙を駆け抜ける。
だが、回避した恒星型エネルギーが背後で集中、一箇所に固まっていく。
圧縮したエネルギーの破壊力は足し算ではない。掛け算式に増すエネルギーが、彼方から降り注ぐ。
――『エルプスユンデ』 シュテルン・ノイレジセイアの無限力の発現。 銀河外から銀河全域を塵も残さず破壊する光。
「くッ……! メス・アッシャー、ゼロシュート!」
銀河の直径は約10万光年。それを超えて炸裂する力では、ディス・アストラナガン言えども回避は不可能。
ならば、あえて受け止める。メス・アッシャーをほぼ眼前で開放。範囲も設定せず、無限大のまま発射する。
たちどころに生成されるグレートアトラクター。
自然に存在するグレートアトラクターを超える重力は、範囲を無限に設定した途端、周囲の銀河を引き寄せる。
十数個の銀河がグレートアトラクターに引かれ、折り重なる。ギリギリのタイミングで、ほぼ全てが重なった銀河に『エルプスユンデ』が直撃する。
光の矛は勢いを失う。銀河の盾は全て消え去る。しかし、息をつく暇はない。
一時的にエネルギーを放出したゼストが元の大きさに戻った。その隙を見逃すわけにはいかない。
「その隙は見逃さない……!」
瞬きする間にゼストに肉迫。Z・Oサイズを一気に、振る。
ゼストが、空間ごと縦に裂ける。さらに追撃でラアム・ショットガンが、2度3度と打ち込まれる。
最期に、空間が戻る反動の爆発で、攻撃のワンアクションが完了。ほんの僅か距離を取り、ゼストを凝視。
「起動。『神雷』……!」
爆発の影から、胸のカラータイマーの輝きが浮かび上がる。ゼストが、あふれる巨大な稲妻の鳳凰をまとった姿で現れた。
凝視する、『見る』ことに集中した間。そのおかげで咄嗟に横に飛んだことで一撃を回避する。
しかし―――
「なに……!?」
回避したはずの攻撃が直撃したようなダメージがディス・アストラナガンに与えられる。
腕の付け根からまとめて右を持って行かれた。
「起動。『ルス・バイラリーナ・バイレ』」
ゼストの1対の翼が離れる。翼がゼストの幻影を纏い、さながら3体のゼストが現れる。
手から光剣を伸ばし、切り刻まんと動く3体のゼストを、的確にディス・アストラナガンは回避する。
確かに回避した。したのだ。
だというのに、左手の手首から下が切断されている。
「まさか――」
「起動。『四神真火八卦陣』……」
八卦炉がディス・アストラナガンの周りに瞬転する。だが、直上は火が吹き出るまでは安全のはずだ。
ディス・アストラナガンは完全に八卦炉が動くよりも早く、全身を中から抜け出させた。
つま先たりとも入っていない。
なぜか、両脚が爛れ燃え落ちる。
「起動。『アイン・ソフ・オウル』!」
「間に合え……! インフィニティシリンダー、クロスゲート・パラダム・システム起動!」
次々と打ち出される、霊帝を倒した四勇者の奥義。トウマ、セレーナ、クスハ……そしてクォヴレー。
あふれる10個の中性子星が今、四肢を失ったディス・アストラナガンを飲み込み―――
いや、中性子星が、ディス・アストラナガンの場所を通過する瞬間だけ、ディス・アストラナガンが歪み、実体を失う。
正常な空間に帰還したディス・アストラナガンには、どこにも傷はない。
「読めたぞ、今のカラクリが。平行世界とこの世界を重ねあわせ、都合の良い結果だけを固定したんだな……?」
通信越しに、ユーゼスは愉悦と驚嘆の混ざった声を上げた。
「もう気付いたか。その通りだ。もっとも、調律者のように世界全体を結ぶことはできないがな」
並行世界同士を重ね合わせることで、運命を捻じ曲げこの因果から脱出する。
――ユーゼスがわざわざ模してラーゼフォンを作っていた理由はそれだ。
結局、何百という複数の平行世界で、もっとも良い結果を固定し世界を生み出すという調律者と同じ力は手にできなかったが。
しかし、局地的に同じ現象を起こすことはできる。
対してクォヴレーは、ディス・アストラナガンに組み込まれているクロスゲート・パラダム・システムを起動させ、因果律をあるべき形に戻したのだ。
元々アストラナガンに組み込まれていたクロスゲート・パラダム・システムは不完全な代物だが、最低限基本状態に戻す程度はできる。
かつてアストラナガンが、地上へ転移してきた異世界の軍勢全てを、インフィニティ・シリンダーとクロスゲート・パラダム・システムで戻りしたときと同じように。
当然、ディス・アストラナガンにもアストラナガンに組み込まれていたクロスゲート・パラダム・システムは引き継がれている。
「それでこそ、私の敵としてふさわしい」
前話
目次
次話