クォヴレーVSヴァルク・ベン
空の一部がたわみ、ひび割れて剥がれ落ちる。
「まずい……!」
元々この場に存在していた歪んだ因果律が、修正される反動で崩壊を始めている。
急速な『本来あるべきだった』状態への変質する過程にかかる変質圧に、空間がもたないのだ。
川の上流で関が決壊すれば、その影響で下流には土石流が押し寄せる。
今は、まだ奴の運命操作能力がまだどうにかその関を保っている。
が、少しずつ『水』――本来あるべきだった世界――が流れ始めていることは間違いない。
もはや、6時間などと悠長なことを言っている暇はない。
あの6時間はあくまでユーゼスの予測であり、もしかしたらもっと早く崩壊する可能性はある。
ブライガーに背を向け、ディス・アストラナガンが飛び立つ。
力強く翼を羽ばたかせ、最期の戦いのため、力を解き放つ。
「ユーゼス……この世界での決着をつけよう……!」
クォヴレーはこの世界でもユーゼスを倒すため、速度を上げる。
ユーゼスにとってクォヴレーとイングラムが永劫の怨敵であるのと同様に、クォヴレーとイングラムにとってユーゼスは永遠の仇敵なのだ。
平行世界を脅かし、巨大な力を得ようとたくらむユーゼスを、平行世界の秩序を守るため2人が撃破する。
あらゆる世界でユーゼスとイングラム――もしくはクォヴレー――は出会う。一度たりとも覆されたことのない。
ふと、クォヴレーの頭にある考えがよぎった。
相克、という言葉を知っているだろうか?
二極の存在をもった両者がお互いに勝とうとして争うことだ。
決して相容れない両者は苛烈に戦う。だが、どちらかの完全な敗北は天秤の片方の消失を意味する。
それを阻止するかのように結果として、どちらかが優勢にはなっても決着が付かず、なぜか潮の満ち引きのように争いを永遠に繰り返す。
大きな、次元規模での戦いでは往々にしてそうなるようになっている。
まるで、神の手がどちらかの消失を阻むように。
永遠に、光と闇は戦い続ける。
ファイター・ロアにはダークブレインが。
ゲッター線にはラ・グースが。
人の心の光にはペルフェクティオが。
ウルトラマンにはジュダが。
そして……クォヴレーとイングラムにはユーゼスが。
だが、その両者に必ず存在する正義と悪の区別はなんだ? まるで―――まるで、正義のために悪があるような違和感を感じる。
正義という存在を作るためには、悪は必要だ。絶対正義は、絶対悪があってこそ成り立つ。
そう、もしも、 『本当に幸福な世界』 なんてものがあれば、正義は成り立たないのだ。
クォヴレーが平行世界を守る『正義』の番人としてユーゼスを撃破し続ける限り、ユーゼスもまた並行世界を脅かす『悪』として存在するのではないか?
対となる存在を定めるのはいったいなんだ? 正義と悪を定めるのはなんだ? ユーゼスが悪たる理由はなんだ?
ならばそれを定めるのは―――正義のための悪を作るのは――
「……神、か?」
いや、そんなものはない。アカシックレコードはあくまで姿なき力であり、個々に干渉したりはないはずだ。
クヴォレーの小さな呟きも、接近警報の音でかき消された。
「来たか……!」
前を見れば、オレンジに彩られた機体が13機。おそらくは、あれがユーゼス最期の手駒なのだろう。
かつての自分も乗った、バルシェム部隊の支給兵器。ヴァルク・ベンの群がこちらに向かってくる。
人の気配――魂の鼓動は感じられない。人造人間でも僅かに放つものが感じられない以上、あれは無人機か。
「ヴァルク・ベンは有人機のはず……ユーゼス、ここに来て無人機に改修したのか」
僅か30分あまりの時間でそれをやり遂げたのだろう。ユーゼスはそういう男だ。
「だが関係ない、後から来るイキマたちのためにも、全て撃破する」
戦力でもしもの不安が残る仲間のためにも、取りこぼすわけにはいかない。
それに、ユーゼスをとめるのは他でもない自分の役目であり、他者に任せるべきではない。
銃神が黒翼を大きく広げ、空を打つ。舞い上がる機体が、ヴァルク・ベンの進路を阻む。
ヴァルク・ベンのバイザーアイが緑色に発光。目の前のディス・アストラナガンを標的と定め、散開する。
3機は正面から。2機は上から。残りはU字を描くようにフォーメーションを執った。
一糸乱れぬ動きで戦闘機動を開始しようとする。
「遅い」
相手が仕掛けるより早く、クォヴレーが愛機を疾らせた。
両肘部より滑り出した2本の分割ユニットを連結させ、液体金属の刃を精製する。
紫電一閃、次の瞬間には正面にいた3機のうち2機が胴薙ぎに叩き切られていた。
仲間が撃破されたところで、無人機は浮き足立つことはない。残った1機がツイン・ホイール・バスターを即座に射出する。
「悪く思うな……!」
あえてワイヤー・ホイールを回避せず、Z・Oサイズの柄の部分に当てる。
すると、ホイールは機能通りぶつかったものにワイヤーを絡ませ、動きを束縛しようとする。
ディス・アストラナガンが右手に持った鎌を横に大きく振るうと、繋がったワイヤーに引きずられ、逆にヴァルク・ベンが手繰り寄せられた。
体勢を崩し、引き寄せられるヴァルク・ベンの首の付け根に、左手で滑り出させたショットガンを冷静に押し付ける。
「これで3機!」
そのまま発砲。頭部とコクピット直上部を失い、力なく落下していくヴァルク・ベン。
だがまだ9機残っている。5機が牽制をかねてカティフ・キャノンを弾幕のように撃ち始め、残り4機がオウル・ブレードを持ち接近してくる。
大型ナイフとビーム・キャノンが届くより早くディス・アストラナガンはディフィレクトフィールドを展開。
小型の三角形を繋ぎ合わせた半球型の障壁が、光の弾丸を全てそらしきる。
その間に、ナイフを持ったヴァイク・ベンたちが四方から殺到する。
ヴァルク・ベンもまたディフィレクトフィールドを発生させ、ディス・アストラナガンのディフィレクトフィールドを中和しようとする。
だが、ディス・アストラナガンの壁は揺るがない。
量産機4機分総合した障壁のエネルギー量よりも、銃神の障壁のエネルギー量が圧倒的に上回っていたのだ。
銀の煌き。銀の軌跡が横から下へ2周半ほどの螺旋を描き生み出される。
4機のヴァルク・ベンが行動を停止。振り上げたナイフが砕ける。首がずれる。胴がずれる。脚が落ちる。
爆発、爆発、爆発、爆発。吹き荒れる黒煙。その黒煙の中、さらに黒い何かが飛び出した。
「行け、ガン・スレイヴ!」
獰猛な唸りを上げ、牙と銃と翼しか持たない黒い使い魔が踊り狂う。
血のように赤い光が5機のヴァルク・ベンを貫く。胸部装甲をものともせず噛み千切る。
ディフィレクトフィールドを張っても時既に遅し。その内側を飛び回り、ヴァルク・ベンをズタズタにガン・スレイヴは引き裂いた。
内部の回路を破壊され、全身で小爆発を起こすヴァルク・ベンもガン・スレイヴを落とそうともがく。
しかし、指の隙間をするりと抜け、何の苦もなくガン・スレイヴは蹂躙を繰り返す。
結局、5機とも落ちるまで3分とかからなかった。
黒煙をディフィレクトフィールドで吹き飛ばし、無傷のディス・アストラナガンはガン・スレイヴを回収する。
クォヴレーは周囲をもう一度見回し、索敵した。
もう、動くものはない。
想像以上にあっけなかったが、ユーゼスもそれだけ追い詰められているということか。
相手もこんな札を切るしかないほどカードがないのだ。……唯一、奴最強の鬼札を除き。
いまさら、あんな12機でこちらを倒せるなどとはよもや思ってないだろう。
「時間稼ぎと見るべきだな……」
道路以外何もない広大な地平を見やり、クォヴレーが呟く。
十中八九そうだろう。
おそらく奴は言葉通り、この向こうで待ち受けている。全ては切り札を召喚するための時間稼ぎ。
ピシィ―――
またも、空間の崩壊が起こる。先程よりも大きな穴が開いている。
……もう間違いない。6時間もおそらく持たない。既に末期的な崩壊も始まっている以上、せいぜいその半分か……それ以下か。
もう本当に一刻の余裕もない。
ディス・アストラナガンなら次元転移か並行世界移動を行なって回避することも可能だが、イキマたちはそうはいかないだろう。
ディスレヴの出力を一気に上げ、翼部ブースターに回す。
このまま駆け抜けようとするディス・アストラナガン。
しかし、その肩を掴むモノがあった。
「何……!?」
頭部カメラをで肩を掴んだものを確認する。――機動兵器の腕。
緑色のバイザー・アイが無機質な瞳をこちらに向けている。即座に回頭。ヴァルク・ベンに向きなおさせる。
だが、今度は相手が早い。アッパーカット気味の大振りで、ツイン・ホイール・バスターをディス・アストラナガンに叩き込まれる。
「ぐぅッ!」
機体がさらに浮きあがる。
装甲の破損部を回転するコクピットの中咄嗟にチェック。まだ自己修復の範疇内であることだけ確認し、再生を開始する。
割れた腹部を押さえ、ヴァルク・ベンを凝視する。
ヴァルク・ベンの体にはどこにも傷はない。完全な状態だ。しかし空間転移の反応はなかった。
ならばどうして……?
疑問はすぐに氷解する。
足元から上がってくる11機の機動兵器。その全てがヴァルク・ベンだった。もちろん、11機にも傷はない。
抜き打ちで、ラアム・ショットガンを発砲。それを合図にヴァルク・ベンが散開する。
先ほどまで翼に溜めていたエネルギーをそのまま開放。
1秒と経たず、最大戦速まで加速したディス・アストラナガンは、ヴァルク・ベン同士の、最短ラインを鋭角的な動きで飛ぶ。
その手には、Z・Oサイズが握られている。
駆け抜け様に致命的な部分を全機叩き切られ、先ほどと同じように12機のヴァルク・ベンが爆発し、墜落する。
先ほどとまったく同じ。だが、クォヴレーを視線を決してきろうとはしなかった。
ディス・アストラナガンを12機全て視界に入る位置で停止させる。ほぼ、確信している答えが合っているかを確認するために。
ヴァルク・ベンがぶれる。
質の悪い映像のノイズに似た何かが一瞬大破したヴァルク・ベンを覆うと、今度は無傷のヴァルク・ベンが現れる。
「やはりクロスゲート・パラダイム・システムか……!」
無人機に、まして量産機にそこまで複雑な因果律操作をしているとは思えない。
おそらくだが、『機動が停止状態になった場合、製造時の時間軸上の状態に戻る』か何かの簡単な措置がされているのだろう。
存在や数価を変更、消滅させるのにくらべて、条件付きで時間軸をずらすだけなら、CPSなら非常に容易なことだ。
幸い即席のAIを乗せているためか、行動自体はそこまで優秀ではないが、とにもかくにも死なない兵隊。
時間稼ぎのためならこれ以上はないだろう。
やはり、この場を素通りすることはできない。
無限に再生する相手を、イキマたちに任せるわけには行かない。
なぜなら、唯一銃神のみが、目の前の不死者を打ち倒すことができるからだ。
3度目の散開。何も学習しておらず、まったく同じことを繰り返すヴァルク・ベン。
既にクォヴレーはその行動を予測し、真上にディス・アストラナガンを羽ばたかせる。
「ディスレヴ、ディーンレヴ、開放、システムエンゲージ……」
銃神の胸部が開く。翼が回転し、筒状の形態をとる。
数価変化/ゲマトリア修正/時間軸転移∞/ディーンの火起動/ディスの火起動/ダークマター生成完了
モニターに写し出される様々言葉。全並行世界の番人たる証とも言える力を解放する。
『グランゾンとアストラナガンが戦えば宇宙そのものが容易に崩壊する』……その由縁。
追いつこうと迫る3機のヴァイク・ベンに、狙いをつける。
「メス・アッシャー、アイン・ソフ・オウル……ダブル・シュートッ!」
両肩から放たれるダークマターの構成物質アキシオンが、2機のヴァルク・ベンを捉える。
正面にいたヴァルク・ベンを、10個の中性子星が捕まえる。
アキシオンに押され、地面に叩きつけられたヴァルク・ベン。その周囲が黒に包まれる。
生成される巨大重力圏。1Gの空間から一瞬にして無限に等しい重力へ変質し、グレートアトラクターが形成された。
空間すら引き裂き、因果律すらねじり切る暗黒が、ヴァルク・ベンを無に帰す。
本来ならば、何億光年の範囲にある銀河系を引き寄せ、噛み砕くグレートアトラクターの力。
だが、決して無差別の破壊にならない。これも、銃神の前では簡単に制御できる力でしかなく、切り札でもない。
真の切り札、それはもっと救いようのない破滅をもたらす。
太陽の14乗という高密度で生み出された1個数mほどの中性子星は、それだけで地球の何百万倍という質量を持つのだ。
その重力に囚われ、動けないヴァルク・ベンの周囲を、超光速で回転し続ける中性子星。
まず、その高重力による圧壊。次いで、時間逆行による分解。さらに、存在する以前までの時間跳躍による消滅。
そして訪れる、完全な形での因果律からの切り離し。
現代と、無限大の過去とが一瞬つなげられた反動で空間が炸裂し、爆発を起こす。
相手を、最初から生まれなかった時点まで戻し、存在も因果律もまとめて滅却させる。
耐えることは不可能。銀河系規模の存在であろうと引き寄せる力の前には回避も不可能。
これこそが銃神の極技『アイン・ソフ・オウル』。
クロスゲート・パラダイム・システムは、因果律を操作する装置だ。
それは、0%の確率を強制的に100%に変動させているに過ぎない。
だが、因果律そのものから切り離されて存在する銃神の前には確率変動を利用した攻撃は何の意味も成さない。
そして、因果律を切り取り、消滅させる力をもった銃神には確率変動を利用した防御も無意味。それすら打ち抜く。
ユーゼスが、何故ディス・アストラナガンに干渉し、自由に操ることができなかったか。わざわざ封印などの措置をとったか。
その答えがここにある。ユーゼスの力でも、揺るがない存在……ディス・アストラナガン。
ディス・アストラナガンが、絶対の威風をまとってヴァルク・ベンを見下ろす。
「あと9機……!」
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