妄想ミステリアスロワ1話






モケーレ・ムゲムベは走っていた。
どうして自分がこんな殺し合いの場所などに呼ばれたのかわからない。
どうして憎くも無い相手を殺さなければいけないのかもわからない。
いや―――そもそも自分は、一体どこで生まれ、どこからこの殺し合いの舞台へとやってきたのか?
ほんのついさっきまで、彼の脳裏を占めていたのはそんな形にもならないような疑問だった。
しかし、今現在彼を追い立てているのはただの生存本能だった。
彼を追い立てているのは、あからさまな殺意を放った敵に相違なかったからだ。

「UGAAAAAAAAAAAAA!!」
その敵は、天をも劈くような咆哮を上げながら、モケーレ・ムゲムベなどとても叶うはずのない速さで追ってきていた。
それは一見するとニンゲンに似ている姿をしていたが、違う点が二つある。
全身が長い体毛で覆われていること。そして、そのニンゲンと呼ぶにはあまりに巨大な体躯。
しかし、恐らく知能は人間並みなのだろう。その怪物は、巨体のムゲムベを、その巨体ゆえに身動きの取りにくくなる窪地へと追い立てていたのだ。
(なんで……なんでこんなことしなくちゃいけないんだよ……僕らは……僕らは……!!)
モケーレ・ムゲムベは逃げ続ける。しかし、ついにその足が止まるときが来た。
巨大な動物にとっては、そこに迷い込むことそのものが死を意味する砂で出来た窪地。
故意にここに追い立てられていたのだと気がついたときにはすでに遅かった。
四つの足全てを膝まで砂に埋めながら、ここに来てようやくムゲムベは敵と戦う決意を固める。
長い首をぐるっと回して、顔だけを敵と向き合わせた。
敵は手に巨大な杭のようなものを持っていた。そして、犬歯を見せて笑うとこう呟いた。
「これでお前も終わりだな、モケーレ・ムゲムベ。幻の怪獣よ」
「幻の……?」
ムゲムベは、毛むくじゃらの男の言葉に引っかかりを覚えた。
「どういう意味だい、それ?」
「わかってねえのか? お前はそもそもこんな場所にいるはずが無い、いや、最初から存在なんかするはずがない動物なんだよ!!」
毛むくじゃらの男は、一歩一歩ムゲムベに歩み寄りながら口を開く。
「お前、モケーレ・ムゲムベという未確認生物は、コンゴのテレ湖に潜んでいるというのが通説だな。
だがな、それはありえないことなんだよ。
なぜなら、テレ湖は水深がたったの数メートルしかない浅い湖なんだ。どうしてお前みたいなデカブツがそれっぽちの水深しかない湖に住める?
では、普段は森に住んでいて、時々テレ湖までやってきているのか?
それもありえない。テレ湖は独立した湖で、支流によって大きな川や海と繋がっているわけじゃない。
そして、お前が陸に上がったところを目撃したニンゲンはいない。
つまり、お前の居場所はコンゴのどこにもありはしないんだよ。
これが何を意味しているかわかるか?
……つまり、お前は実在しないんだ。人々の妄想が生んだ、文字通り幻の動物でしかありえないんだよ!!」
「嘘だ!!」
ムゲムベは反駁した。しかし、その胸の奥底では、男の言葉を信じざるを得ないことを悟っていた。
なぜ自分には生まれてから今までの記憶があいまいにしかないのか?
なぜ自分には、コンゴのジャングルで生活していたというその記憶そのものが無いのか?
つまり、それが意味するのはただ一つ。

―――僕はこの世にいるはずがない動物。僕は、生まれてこなかったんだ。

しかし、それを理性でわかっていても、より強い彼の本能がそれを受け入れようとはしなかった。
「だって、だってコンゴの村の人たちと僕はずっと一緒にいた!! ずっと、僕らは付き合ってきた仲間だったんだ!!
そうだ、村の人たちは僕を必要としてくれている!! 僕は、こんな場所で死ぬわけにはいかないんだ!!」
四肢を砂に取られ、身動きすらままならない状態のままムゲムベは叫び続けた。
自分の居場所は、確かにあのテレ湖にあったのだと。
しかし、杭を手にした毛むくじゃらの男はそれを聞いてせせら笑うだけだった。
「なぜ村人がお前を必要としたのか知っているか? それはな、お前が格好の『観光資源』になるからだよ」
「なっ―――」
絶句するムゲムベに、男は更に告げる。
「要するにお前は、客寄せパンダとして作り上げられた妄想の産物でしかないってわけだ。
そして、その何の意味も無い存在そのものも―――」
男は、杭をムゲムベに向かって投げつけた。
「今日で、終わりだ」
杭は、ムゲムベの喉に深々と突き刺さっていた。どす黒い血が喉元から噴出し、ムゲムベの足元の砂を染めていく。
(ああ……そうか。やっぱり僕は、最初からいなかったんだね。
……でも、コンゴのテレ湖に、帰りたかったなあ……陽気な村人たちや、僕を見に来るためにやってくる学者の先生や観光客の人がたくさんいるテレ湖に、生きて帰りたかったなあ……)

恐竜は、砂の上に倒れふすと同時に息絶えた。


「ちっ、ロクなもんが入ってねえな。こりゃあ外れを殺したか」
ムゲムベの命を奪った獣人は、その支給品袋の中身を確認するや否や舌打ちをした。
こんな、変な形をした石や棒切れが何の役に立つ?
「まあいい。何もないよりはマシだ」
そう呟き、それらを全て支給品袋に入れて立ち去ろうとしたその時だった。
「動くな」
明らかな殺意を内包した低い声。急ぎ振り返ると、木陰に弓矢を構え、シカの皮で作ったらしい毛皮を着た男が佇んでいた。
「お前の眉間を狙っている。少しでも動けば撃つ。言っとくが、俺は狙った的を外したことはねえ」
毛むくじゃらの男は、奥歯をかみ締めながらもその場に留まるしかなかった。
弓矢を構えている男は、体格は自分と同じくらいだ。しかし、弓矢のような武器を器用にしようしているところからみて、その知能が自分より高いのは明らかだ。
ここで安直に攻撃に移れば、自分には万に一つも勝ち目は無いだろう。

弓矢を構えた男が口を開く。
「わが部族の名はチュチュナー。シベリアの地よりこの殺し合いの地へ参った。卿の名は?」
「俺はイエティ。ヒマラヤに住んでる雪男だ。名簿の名前に従うならだがな」
その答えを聞いて、弓矢を持った男はどこか愉快そうに微笑んだ。
「ほう、これはまた何たる運命の巡り会わせか。この身が殺し合いなどという、夢幻としか思えぬ舞台に呼び寄せられて、最初に出会ったのが文字通り夢幻であるとはな」
それを聞いて、イエティの顔色が変わった。
自分が、夢幻だと? この獣人は何を言っているのか。自分は古くよりヒマラヤの伝承の中に伝えられる、紛れも無い実在の生物。
ムゲムベやネッシーのような、胡散臭い連中とはワケが違うのだ。
そう反論しようとして、再びチュチュナーの槍先に威圧される。
「動くなと言ったろう。まだ卿を信用したわけではない」
「て、てめえ、いい加減なこといってんじゃねえよ!! この俺が幻なわけないだろ!!」
「ふむ、やはり何も知らぬのか」
チュチュナーの狩人らしい男は、弓を下ろして呆れたようにため息をついた。
まるで、この相手には弓を向ける価値すらないと言わんばかりに。
「そもそもイエティというのは、古くより伝えられる幻獣などではない。確かにヒマラヤの先住民族の言葉の中には『イエティ』という言葉がある」
「そう、そうだよ。それこそ、俺が紛れも無く実在するっていう証拠じゃないか!!」
「しかし、だ」
イエティの言葉を遮ってチュチュナーは続ける。
「彼らの使う『イエティ』という言葉は、単に『クマ』を指すに過ぎんのだ」
「なっ―――」
イエティは絶句する。その間にチュチュナーは言葉を紡ぐ。
「ではなぜ、単なるクマであるイエティが『伝説の雪男』にされてしまったのか?
答えはごく単純にして明快だ。冒険家、登山家というのはいつの時代もスポンサーを必要とする。
自分の冒険の資金を提供してくれる富豪や企業だ。
そして、彼らがこう考えたとしても無理はあるまい。
『単にヒマラヤを探検しに行くと言うよりも、ヒマラヤに住む謎の雪男・イエティを捜索しに行くと言ったほうが多額の金を引き出せる』、とな」
そしてチュチュナーは、まるで哀れむような目でイエティを見た。
「つまり、卿はたんに『金集め』のために捏造された、実在の根拠など一欠けらも無い幻の動物なのだ」
「て、てめえ、いい加減言ってんじゃねえ!!」
「事実だ。このことはウィキペディアにも乗っている。それに、現代では多くの登山家が『イエティの正体はクマだ』と公言している。
もう、卿の実在を信じているものなど、オカルト研究家の中にもほとんどおらんよ」
まるで、世界が自分の目の前で壊れていくかのような錯覚がイエティを襲った。
今まで、自分は未確認動物の中でも特別な存在なのだと信じていた。
世界中の人がロマンを感じ、憧れと畏怖を持ってその名を口ずさむ存在。
それがイエティの誇りであり、存在する意味でもあった。
しかし実際には、自分の存在する意味とは単に「登山費用を集めるためのパンダ」でしかなかったのだ。
「俺は……とんだピエロだな」
砂地にがっくりと膝をつき、大粒の涙を流すイエティ。その姿を、チュチュナーはどこか軽蔑するような目で見下ろしていた。
「笑止だな」
チュチュナーが口を開いたのはしばらく経ってからのことだ。
「我々未確認動物にとって、『実在するかしないのか』だけが存在価値なのか?
違うであろう。われらの地に住む人々、そして遠き見知らぬ地に住む人々に、夢とロマンを与える。それが我々の仕事ではないのか?
卿に興味を持った子供たちの中には、その興味が原動力となって長じて登山家になったものもいるだろう。
動物学者になったものだっているはずだ。SFやホラーを書く小説家になったものもいるかもしれん。
それで十分ではないのか?」
「あんたに……あんたに、何がわかるんだよっ!! 実在する未確認動物であるあんたに!!」
「わかる。なぜなら、この身は、伝説のチュチュナーなどでは無いからだ―――」
「なっ―――!!」

またしてもイエティの目が驚愕に見開かれる。
チュチュナーはシカの皮で作ったフードを外し、その素顔をイエティに晒した。
「この身は、かつては有り触れた家庭に生まれた有り触れた人間だった。
しかし、この身がまだ十歳ばかりの頃に私の国には革命が起きた。沢山の人が血を流した、むごい革命だ。
この身の家族は生活に窮し、母と妹は飢餓で死した。
残った家族を救うには、食い扶持を減らすしかない。この身は、僅かばかりの食物を持ってシベリアの広大なタイガの中に逃げ込んだのだ。
この豊かな森の中でなら、自給自足でもなんとか生き延びていける。
実際、それから数十年間この身は森林で原始人と相違ない生活を送った。
シカの皮で毛皮を作り、木の枝で弓を作り……そうして、もうそろそろ町へ戻ってもいいのではないかと思った。
しかし、町の人々はこの身を見るなり『チュチュナーだ!!』と叫んで逃げ惑った。
森の中で長年一人で暮らしていたこの身は、その時とっさに声を発することすら出来なかった。
全ての人がこの身をチュチュナーだと思い込み、普通に接してくれる人など誰もいなかった。
そしてこの身は決意した。残りの生涯を、私はチュチュナーとして生きようと」
チュチュナーは独白を語り終えると、唖然としているイエティに向かって訥々と語った。
「確かに、イエティという獣人は実在しなかったかもしれない。しかし、人々が信じ、愛し、追い求めた『イエティ』という存在は紛れも無くそこにあった。そういうことだ。
そしてそれがわかるならば、このような地で無駄に命を散らす気も起きぬであろう?」
そうして、チュチュナーは深い髭の下で初めて優しい笑みを浮かべた。
「まずは、そこにある巨大な動物の肉でも焼いて食うとしよう」

【一日目・午前八時/F-5 砂漠地帯】

【チュチュナー@獣人】
[状態]健康
[装備]弓矢
[道具]支給品一式 不明支給品3
[思考]
1、モケーレ・ムゲムベを焼いて食う
2、生きてシベリアに帰る

【イエティ@獣人】
[状態]健康
[装備]杭
[道具]支給品一式×2 不明支給品
水晶どくろ@オーパーツ ダウジング棒@超能力
[思考]
1、モケーレ・ムゲムベを焼いて食う
2、それからどうするかは未定

【モケーレ・ムベムベ@水棲未確認動物  死亡】



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